友人のダンナ
笠井菊哉
第1話
高校時代からの友人であるカスミちゃんの旦那さんが亡くなった。
お勤め先からの帰宅途中、轢き逃げの被害に遭ったらしい。
現場に居合わせた目撃者が救急車を呼んだが間に合わず、カスミちゃんと中学三年生のダイキ君、小学四年生のカエデちゃんに看取られ息を引き取ったと、高校のLINEグループで知った。
私達クラスメートは旦那さんと親しくなかったが、亡くなったのは他でもないカスミちゃんの旦那さんなので夫に許可をもらい、お葬式に顔を出した。
流石、かつての委員長だったカスミちゃんと、その子供達である。
泣きたいだろうに気丈に耐えている。
カスミちゃんの義両親、つまり旦那さんの御両親は泣きじゃくっているのに。
気丈に喪主を務めたカスミちゃんの姿に、我々が泣いた。
そして
「お子さんを抱えてどうするのだろう」
お葬式の帰りに話し合ったが、旦那さんは勤め人だったから、それなりに貯金はあるだろうし、保険金ももらえるから心配いらないだろう、と結論づけた。
ところが、カスミちゃんの手元には一円のお金が入らなかった。
遺産相続の話し合いのに席で、義両親がカスミちゃんに
「遺産を放棄して、家から籍を抜け。そうしないと、おまえと二人の孫、そして実家の親と兄さんを社会的に抹殺するぞ」
と、迫ったらしい。
カスミちゃんのお兄さんが義両親を嗜めても聞き入れず、カスミちゃんは遺産放棄の書類にサインをした。
ダイキ君は、名門私立高校への推薦入学が決まったばかりだ。
どうなってしまうのか、気が気でならなかったが・・・。
数ヶ月後、お洒落なカフェのオープン席ではカスミちゃんの高笑いが響いていた。
「ザマーミロ!銭ゲバ夫婦!!!!」
こんなカスミちゃんを見るのは初めてである。
とてもじゃないが、交通事故で旦那さんを亡くした未亡人とは思えない。
それと言うのも・・・。
旦那さんは、貯金などしていなかった。
それどころか、ギャンブルと女性への貢ぎ物でこさえた借金が数千万円。
とてもじゃないが、会社員がこさえる借金額では、ない。
旦那さんを亡くした直後、カスミちゃんは莫大な借金をどうやって返そうか、それしか頭になかったそうである。
心配のあまり、お葬式で泣けなかった。
そこへ、何も知らない義両親による
「遺産を放棄しろ!」
である。
放棄してしまえば、カスミちゃんは旦那さんの負の遺産とオサラバ出来る。
嬉しくて嬉しくて、サインする手が震えたとカスミちゃんは言った。
しかも旦那さんの浮気相手は女子高生で、妊娠までさせたとかで、当然、女子高生の御両親から慰謝料を要求されて、おまけに事故が発生した日、旦那さんはパワハラでクビをして宣告されてしまった。
カスミちゃんにパワハラ被害者から慰謝料請求が来たらしいが、カスミちゃんが弁護士を通して
「夫の家から籍を抜いたので、事実上他人です」
と、被害者に伝えてもらったので、彼らは旦那さんの御両親に連絡した。
慌てた旦那さんの御両親は、すべて保険金で支払おうとしたが、旦那さんが加入していたのは簡易保険のみ。
雀の涙どころか十姉妹の涙のようなお金しかもらえなかった。
旦那さんの御両親は、カスミちゃんに泣きの連絡をしたが
「私達は他人です。貴方達に言われて籍を抜いた事をお忘れですか?」
冷たくあしらわれ、今、元姑さんはスーパーマーケットのレジ打ちと中華料理店の皿洗いのバイトを掛け持ちし、元舅さんは本職の他に警備員のバイトをし、愚かな息子が残した借金を細々と返済しているとの事である。
それだけでも十分なのに、SNS上で女性アイドルに誹謗中傷を繰り返していた事実が発覚したとかで、こちらも大変な慰謝料を請求されてしまいそうなのだ。
「お馬鹿な銭ゲバ発言をしなければ、相談に乗ってあげたんだけど」
そう言って、カスミちゃんはアイスカフェラテを一口飲んだ。
カスミちゃんといえば、数年前から旦那さんの借金返済を手伝う為にプログラミングの勉強をして、スマホゲームを制作する仕事を在宅で開始した。
そのゲームが最近になって大ブームとなり、カスミちゃんは結婚していた頃には考えれないほどのお金をもらえた。
現在、カスミちゃんは某有名ゲーム制作会社にスカウトされて、プログラマーとして働いている。
ダイキ君は当初の予定日通りすがり志望校に入学し、カエデちゃんは私立中学校受験の準備を始めた。
クズのような旦那さんを支える為に得た技術で、彼女は人生の折り返し地点でとんでもない幸運を手に入れた。
「貴方、アロマテラピーの資格を取ろうかって悩んでたよね?」
カスミちゃんに訊かれたので頷くと、
「取っておきな?人生、いつどうなるか分からないし、あの善良そうな御主人も何か秘密があるかも知れないよ?」
私の夫に限って女子高生を孕ませたり、パワハラしたり、SNS上の誹謗中傷とは無縁だと思うのだけど、
「惚れた弱み」
の可能性もある。
帰りにアロマテラピー教室に申し込んでからスーパーマーケットに夕食の買い物に行こう、と思った。
友人のダンナ 笠井菊哉 @kasai-kikuya715
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