第4話 怖い話


私は何らかの事情で山道を歩いていた。なんの事情だったかわからないが、キャンプ中にはぐれたとか、そんな気楽な理由だった気がする。


夕刻の山の中は少し差し込む光が弱まってややひんやりし初めていたから、早くここを出た方がいいなと早足で山道を歩いた。


狭かったが道がないわけではなかった。大きな道に出られれば大丈夫なはずだった。


ペースよく山道を下っていたが、突然、ぎょっとして足を止めないわけにはいかなかった。


行く先、山の中にあったのは人の背中だった。


自分も人のことは言えないが、こんな時間に山の中にいる人は怖く、本当なら遠くから様子を伺いたかったけれど木が茂っていて人がいることに気がつかなかった。


顔は見えないが中年ぐらいの男性に見える後ろ姿が、ガサガサ、ガサガサと何かをばら撒いているようにみえた。その行動に何か異様さを感じて、軽く挨拶して通り過ぎることも、足早にその場を去ることもできなくなってしまった。


ところが男はとっくにこちらに気付いていたらしく、自分の子供の友達にでも話しかけるように普通に話しかけてきた。


「やあ」


意外にも服装も髪や髭の整え方も、いわゆる「ヤバい人」といった感じではなかったが、何となく気味悪く感じるのは拭えなかった。


「君今さ、怖いって思ってるでしょ。そりゃそうだよね。こんなところで何してるんだって。仕方ないよ。わかるわかる」


答えられない。けれど、男は構わず続ける。


「でもさ、考えてみて?考えたことある?怖いって何に起因しているのか、考えてみてよ」


急に何を言っている?


「どうして怖いって、それはさ、知らない、理解できないからなんだよ。怖いのは、知らないことに起因しているの。だってさ、幽霊って怖いでしょ。でもあれって、実は霊という存在が怖いんじゃないんだ。知らない人で、どういう存在なのかも分からなくて、何を考えてるかも、自分に何をしてくるかわからないから怖いんだよ。それは人間でも幽霊でも同じなの。夜中に部屋に知らない人がいたら、人間だって怖いでしょ?幽霊だって優しかった自分の知人だったら怖くない。そういうことなんだよ。君さ、日常でライオンに恐怖を感じたことある?ないでしょ?それはライオンが幽霊より弱い存在だからじゃない。ライオンは鋭い爪と牙を持ってるけど、市街地に現れたりすることはないし、動物園で会ったって、檻を破ることはできないって、君は知ってるからなんだよ。まあ僕は幽霊も怖くないけどね。僕は幽霊ってプラズマで出来てると思ってるから」


私はまだ身体が固まって動けない。初めて会った相手に急にこんな話をしてくるなんてまともではない。


だが、確かにとどこかで納得している自分もいた。



よく知らないことが、恐怖の根源…。



「僕は、〇〇市に住んでる49歳」


男は突然自分のことを語り始めた。フルネームと詳細な住所、仕事、出身校まで言われたと思う。


「それで今はね、飴を捨ててるの。月に2箱、通販でヴェ○タースオ○ジナルを買うんだけど、結局、5個ぐらいしか食べずに終わっちゃうの。けど、翌月が来る前にああまた2箱買わなきゃと思って買っちゃうんだよ。だから、月末になるとああもう次のが届いてしまう、来る前に捨てなきゃと思ってこうして捨ててるの。毎月」



よくみると男の足元に落ちているのは大量の小包装の飴だった。全て同じ種類の。


いや…。


それを見て頭の中で何かがブツンとなって叫んだ。



「詳しくわかっても怖い!!」








自分の叫びで飛び起きた。怖い夢だった。


部屋はまだ暗く、見知らぬ透けた女がいたので幽霊かと思われたが、なんだかもうどうでも良くなって二度寝した。






おわり

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見てない悪夢 @arukukyn

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