第3話 昼間人口


連勤明けの待ちに待った休日、わたしは街の中を歩いていた。


リフレッシュがてら、ブラブラ買い物でもと思い街に出てきた。


JRから路面電車に乗り換えようとした時に、修学旅行生だろうか、制服を着た小学生とおぼしき集団にぶつかった。


このご時世なのに、珍しい…とぼうっとしながら考えていると、すれ違い様、1人が私に「こんにちはー」と小学生特有の発することだけに意味がある自動的に訓練された挨拶を投げた。


すると周囲の小学生達も、全然知らない地元の人である私に対して、あいつがしたからとつられてわたしに「こんにちはー」と挨拶する。


ぼーっとしてる時に修学旅行集団に虚礼をかまされるなんて呪いだな、などと下らないことを思いながら市電に乗った。


市電でしばらく揺られていると、不意に「あの…」と声をかけられた。


スーツケースを持った男の人だった。やや遠慮がちに、言葉を続ける。


「この電車って、紙屋町東を通りますか?」


なぜ確証を持たず乗った?と思いながらも、せっかくなので答えてあげる。


「大丈夫ですよ。駅から出てる市電は全部紙屋町東通るんで。そこから各方面に分かれるんですよ」


「ああ、そうなんですね、よかった。出張できてるもんで、この辺に疎くて…。ほら、中の張り紙って行き先しか書いてないじゃないですか。ちょっと不安になって」


張り紙を見るとなるほど本当だ。


男性はやや安らいだ様子でわたしに礼を言って、大きなスーツケースを少し邪魔そうに引きずり、元々座っていた席に戻った。


私は先に目的地に到着したため、市電を降りた。さすがに降りるところまで面倒を見なくてもすっ飛ばすことはないだろう。


買い物の前に寄った新作の看板にまんまとつられて寄ったカフェで列に並びながら、自分の後ろではカップルが「旅先でまで結局ス○バかよ〜」などと、他愛無い会話を繰り広げている。


平和だ。


自分が注文したメニューが目の前で作られている時、生クリーム抜きで注文したのに、多分アルバイトだろう、若い店員が生クリームを乗せようとしていることに気がつき、慌てて指摘した。


「あ、すみません、生クリーム抜きです」


「え?あ、…すみません、本当ですね!」


少しだけ既に乗せてしまっていた生クリームを慌てて削ぎ落とすが、当然、わずかに表面に残っている。


「すみません…作り直しますか?」


「いや、それくらいなら全然大丈夫ですよ」


「いや、すみません、ありがとうございます」


「いえいえ、バイト頑張ってね」


店員は人懐っこそうな笑みを見せた。


「ああいえ、わたし、社員なんですよ。この春入ったんですけど、今店舗研修中で…新人って最初の1ヶ月全国の店舗に回されて研修なんですよ」


店が空いていたのもあってか、カップにフタを付けながら気さくに自分のことを教えてくれた。いい子だな。これから頑張ってください。




あれ?


なんだか急にゾッとして、飲み物を受け取るとすぐに表に出た。


そして、通りを行き交う人々に注視する。


30秒ほど、何人も通り過ぎた中でスーツケースを持っている人。3人。多いが、おかしいほどの割合ではない。


でも、ホテルに荷物を置いて置けばスーツケースは持ち歩かなくていい。


不安に駆られた私は、私同様立ち止まって誰かを待っているらしい人に控えめに尋ねてみた。


「あの…この辺りに住んでいらっしゃ

る方ですか?」


案の定、何のための質問?といった様子で眉を潜められる。


「いえ、違いますよ。今日夜この辺りで予定があって、県外から来てるんです」


予定と県外のどこなのかを教えてくれなかったのは警戒心の現れだろうか。


しかし疑いを止められなくなった私は、1人、また1人と道ゆく人に声をかけた。


最初は控えめに、だがどんどん必死になるに連れて相手がギョッとするほどの剣幕になっていたようだ。


「どこからきましたか?!あなた、どこに住んでます?」


もちろん、私が必死になればなるほど聞かれた人は怪訝な顔をするだけだった。


愛媛。


東京。


大阪。


岡山。


答えてくれる人もいたし、無視する人もいた。けれど、いない。この辺りに、もっと言えば県内に住んでいる人さえ1人もいないのだ。こんなに人がいるのに。


「教えてください!この辺に住んでないんですか!?」


歩いている人はみんなヨソモノ、みんなニセモノなのだ。


いや、ヨソモノだからといってニセモノではない。混乱してきた。いや、ずっとか?


見ている人はみんなよそからきた人で、なんなら通りすがりで、ここははなから空っぽなのだ。ここにはわたししかいない。


「だれか…だれか!」


地元民はいないのか!










いなかった。




もういいや。



喚くことに疲れた私は、ひとりぼっちの街で何事もなかったかのように買い物を始めた。


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