シャイニングバスター高校の超常的日常 ~ハッピーエンド篇~

かぎろ

~平成108年~

 シャバ高の文芸部室の扉を開けるとそこには惨たらしい事件の痕があった。

 部長が床に伸びており、部員数名が椅子に座ったまま放心状態。

 部屋の奥を見れば、窓際で「ちょ、待っ、嘘でしょ私ファーストキスまだなのよ待って嫌ああああむごっ」という断末魔とともに女子部員が美少女に唇を奪われ、ハートマークをまき散らしながら組み敷かれるところだった。


 私は見なかったことにして扉を閉めた。


 さて、フニャニャペ・ユユユ・スチャマヤムニャモの話をしようと思う。


 何かの呪文ではなく、人の名前だ。フニャニャペちゃんは私の家に居候している女の子で、歳は十五、肌は褐色、髪はウェーブのかかった黒のショート。ゆったりとした民族衣装を着たエキゾチックな美少女……なのだけれど、正直、彼女が来てから疲れっぱなしだ。その理由は三つある。ひとつめ、彼女は他者との距離が近い。ふたつめ、彼女はここの文化に従おうとしない。

 三つめ。

 彼女は独自の文化を持つ、異邦人である。


 フヤフヤアイランドの住人であるフニャニャペちゃんは、十五歳になったら世界の旅人になるというフヤフヤ人の風習に従い、ここジャペァンを訪れたらしい。とにかくそういうことらしくてそれでこのジャペァンにやってきたのが今月。初めてフニャニャペちゃんと出会ったあの日のことは忘れられない。早々に居候宣言をされたのに加えて、およそ初対面とは思えぬ振舞いをしてきたからだ。

 具体的に言うとキスされた。

 ベロチューされた。

 濃厚なディープキスの後で、唇を離し、唾液の糸をぺろりと舐めとりながらフニャニャペちゃんはニッコリと笑った。


『文化の、違い? とかで、驚かせちゃう時もあるだろうケド……これから、よろしくナ!』


 文化違いすぎいいい!!

 私あれがファーストキスだったんだが!? もうお嫁に行けない!!


 あの時のことを思い出してドキドキしていると、たったいま閉めたばかりの文芸部室の扉が開いた。

 開けたのは、床を這ってきた部長だった。


「おい早矢香さやか

「ハナコ部長。私はもう帰りますね」

「フニャニャペとかいうおまえんところのキス魔をどうにかしろっ! 文芸部が壊滅したでしょーが!」

「あっ! サヤカ! ここにいたんだナ!」

「やべ見つかった」


 逃げようとするも部長に足首を掴まれて動けない。私にも同じキス地獄を味わわそうというのだろう。それにしても、同じ女子とは思えぬ強い握力。さすがハナコ部長、その気になれば金属バットを蚊取り線香の形にできると豪語するくらいはある。

 仕方ない。

 私は抜刀し、部長の手首を斬り落とした。


「痛ってぇ!」

「すみませんハナコ部長! あとでかまぼこ奢りますから!」


 素早く納刀し、廊下をダッシュしてその場を離れる。部長はかまぼこゴーレム(かまぼこでできたゴーレム)なので、手首がなくなってもかまぼこを食べれば元に戻るし大丈夫だろう。

 妖刀を腰に佩きながらの全力疾走にも、もう慣れた。夢幻流を継ぐことになって、父様に鍛え上げられたこの俊足。そうそう追いつけるものではない。

 と思っていたら至近距離からフニャニャペちゃんの声。


「サヤカぁ~! 待ってぇ~!」

「うわーーーー!!」


 もう五メートル圏内まで追いつかれている! フヤフヤアイランド人の高スペックを忘れていた。あいつら灼熱の砂漠だろうが極寒の雪山だろうが簡単に適応するし、基礎的身体能力の格が違うんだった。ていうか今背中にちょっとフニャニャペちゃんの手がかすったんだが! 速すぎる!

 追いつかれたらベロチュッチュ地獄だ!


「ま~~~て~~~!!」

「いーーやーーだーー!!」


 全力の中の全力を出して、廊下を走り、階段を駆け上がる。シャバ高の生徒たちとすれ違っていく。サイボーグとすれ違う。ダークエルフとすれ違う。動く人体模型とすれ違う。祟り神とすれ違う。地球外惑星の王子とすれ違う。田中とすれ違う。レタスしゃきしゃき食べ太郎とすれ違う。あなたとすれ違う。たくさんの魑魅魍魎の脇を通り抜け、それでもなお、フニャニャペちゃんは追ってくる。口をεの形にしながら。


 そして遂に追い詰められる。四階の、行き止まり。

 だが、私は走る脚を止めない。

 そのまま壁へ突っ込む!


「夢幻流抜刀術、絶技ノ弐! 〝死離滅裂〟ッッ!!」


 一度の抜刀で八十八回乱れ斬る、夢幻流の絶技。私は目の前の学校の壁をバラバラに斬り裂いて、そのままそこへとタックルした。

 壁を壊して飛び出した先は空中。

 当然だ。ここは校舎の四階なのだから。

 外の風が頬を撫でる。重力が私を引っ張る。

 しかし私は落下死する気はさらさらない。

 極限の集中の中で、私は、活路を見出す――――






 ――――半世紀以上も前、インドにとある隕石が落下した。

 その隕石は未知の物質で構成されており、ちょうど小学校の運動会で転がす大玉のような大きさをしていた。地表への落下時点でその大きさだ。にもかかわらず、驚くべきことに、物理的には何の被害ももたらさなかった。

 しかし、その隕石が落ちた時から世界が変わってしまったことは確かだ。

 その隕石は物理的な実体を持たない。一方で人間は隕石を何故か知覚できた。まるで、意味はあるのに手で触れられはしない、概念のように。

 〝概念隕石〟と命名されたそれがインドに、ひいては地球に衝突した時の勢いで、世界は、ズレた。世界の在り方が基準から大きく外れてしまったのだ。

 その結果。

 街には幽霊だのスケルトンだの宇宙人だの妖精だのが平然と出歩くようになり、普通だった人間たちも半分以上が何らかの超常の力に目覚めた。世界の法則は乱れたし、ありえないはずのことが日常的に起きるようになった。

 そして現在、西暦2096年。ジャペァンの元号に直せば平成108年。

 超常な日常の中で、私は、ジャペァ立シャイニングバスター高等学校の最強科に通っている――――






 ――――私は校舎の四階から壁を砕いて飛び出していた。

 何もしなければそのまま落ちていくだろう。しかし私は空中に飛散した壁の破片を蹴ると、上へと跳び上がり、屋上に着地した。

 ふふふ。いくらフィジカルおばけでも、訓練もなしにこんなアニメみたいな芸当はできまい。

 予想通り、フニャニャペちゃんは私を見失ったようだ。だがあの子は鼻がいい。発見されるのも時間の問題。


「でも、とりあえずこれで、どう対処すべきか数十秒間は考えられる……」


 そもそもなぜあの子がキス大好きっ子なのかというと、キスをした相手の反応が面白いから、らしい。

 加えて、フヤフヤアイランドにおいてはなにかとマウス・トゥ・マウスのキスをするし、それが当たり前。これはフヤフヤ人が情熱的で、かつ治癒の女神の加護を受けているとかなんとかで性病のリスクがないことに由来する文化なのだそうだ。

 とにかく、フニャニャペちゃんに「キスはダメだぞ」と教えても無駄だ。そんなんで直るならこうはなっていない。


 キス魔状態のフニャニャペちゃんは、満足するまでキスをしまくれば普段通りに戻るはずだ。普段もウザいくらいにめちゃくちゃ明るいのだけど。

 そう考えると……対処法はひとつしかないようにも思える。


「となれば……」


 私は知り合いの忍者にスマホで電話をかけた。


『もしもしでござる』

「ああ、スリケン。実はあんたに頼みたいことがあるんだけどさ」

『何でござるか?』

「影分身の術で増えてもらって、フニャニャペちゃんのキスの嵐をその影で全部受け止めてもらいたいんだけど」


 切られた。はい。次いこう次。今度は知り合いのメシャリンチャ星人に電話をする。


『ぼしぼし』

「ああ、ボボ子。ボボ子ってさ、口がたくさん付いてるじゃん? そのたくさんの口でフニャニャペちゃんのキスの嵐を受け止めきってほしいんだけどさ、協力してくれたら、なんか奢るよ」

『なるほどぼ。スペースパルフェのギャラクシーパフェで手を打とうぼ』

「あ、高いやつは無理」


 切られた。どいつもこいつも。てか、フニャニャペちゃんは美少女だぞ。美少女に枯れるほどベロチューされるとか、ご褒美だとは思わんのか? 私はあまり思わない。


 というか、まずいな。結局「他人を生け贄に捧げる」という解決法がうまくいかなそうなんだけど。

 そう思ってあたふたしていると、屋上の床の一部がバゴンと砕け散った。

 できた穴から、褐色肌の細腕が、にょきりと生えて床に手をつく。


「ホラーかよ!」

「サ~ヤ~カ~~」


 フニャニャペちゃんが這い上がってくる。その両眼は、胡乱な光を湛えていた。


「なんかさっきよりやばそうな雰囲気!」

「サヤカ、なんで逃げるナ? フニャはサヤカとチューしたいだけだナ」

「それが嫌なんだっての! じゃあなっ!」


 私は跳躍して屋上のフェンスを飛び越え、そのまま夢幻流の絶技を放つ。


「絶技ノ拾参〝狂狂独楽〟ッッ!!」


 居合斬りの勢いのままコマのように回転することで、なんかタケコプターの原理で落下スピードを抑え、私は地面に無事着陸した。

 フニャニャペちゃんはすぐに追ってくるはずだ。

 屋上を見やる。


 ……追ってきていない。

 フニャニャペちゃんは屋上に佇み、こちらを見ている。

 私は鍛錬の末に培った抜群の視力で彼女の顔を視認した。


 彼女は涙と鼻水を流していた。


「フニャは……フニャは……」


 鼻声で訴える。


「フニャはサヤカとチューしたいナ。だってフニャ、サヤカと出会った時、一目惚れしちゃったのナ……」

「は……はああ!?」


 私は周囲を見回す。この屋上での恥ずかしい告白を聞いている奴がいたら、口封じに夢幻流抜刀術の奥義を使うこともやぶさかではないと思ったからだ。

 しかし今更遅かった。

 人間も、人外も、人間の姿をした人外も、けっこうな人数が屋上を見上げて、「何だ何だ?」「百合? 百合なの?」「なんかわからんけどツイッターで拡散しとこ」などとやんややんやしている。

 これだけの数をどうにかすることは不可能だ。


「フニャはナ! サヤカのどこがスキかって聞かれたらまず、顔って答えるナ! だってサヤカ、かわいいモン! ツリ目で、瞳が小さめで三白眼になりやすいケド、笑うととっても優しく目尻が下がるところトカ! フニャにはない色白でプルンプルンなお肌トカ! ポニーテールも、フニャと違って癖っ毛じゃないから清楚だナ!」

「言われてますよ~」「あら~、純愛じゃな~い」「結婚! 結婚!」

「野次馬ども後で絶対殺すからな」

「でもサヤカと付き合っていくうち、性格もステキだってわかったヨ! 剣の練習をすっごくマジメにやってる姿、カッコイイと思ったナ! 自分なりにおしゃれに気を遣ってるところもイイ! おしゃれしようとした結果、なぜかダサTシャツを着ることになってるところが、カワイイナ!」

「あらま~」「結婚式には呼んでくれよな」「と、父さんは許さんぞ~」

「殺す」

「だから……だから、フニャは……!」


 そして、叫ぶ。


「フニャはサヤカとチューしなきゃ満足できないナ――――――ッッ!!」


 フニャニャペちゃんが、屋上から飛び降りる。


「……えっ!?」


 いくら強靱なフィジカルを持つフヤフヤ人でも、着地に失敗すれば大怪我をする高さだ。

 しかしフニャニャペちゃんは、無防備で、受け身をとろうとすらしていない。

 アホなのか?

 いや、そうではあるがそれだけではない。

 信じているのだろう。

 必ず助けてくれる人がいることを。


「ああくそっ!」


 私は跳躍し、壁を蹴ってまた跳び上がる。

 落下してくるフニャニャペちゃんの身体を、がしりと受け止めた。

 そして着地。

 お姫様抱っこ状態の私たちが、野次馬な生徒たちの集団のど真ん中に降臨した。


 スマホカメラのシャッター音が記者会見並みに鳴り響いたので、とりあえず私は抜刀術でそいつらのスマホを刃が届く範囲だけでも斬り飛ばしてやった。

 オレノスマホガー! ワタシノアイフォンー! と嘆く生徒たちをよそに、私は、恐る恐るフニャニャペちゃんの方を見る。

 異国の美少女は、にこにこと幸せそうだった。


「サ・ヤ・カぁ~~!!」


 完全な射程圏内。

 予想通り両手を広げて飛びかかってくる。

 ああ、こりゃだめだ。

 私は諦め、瞼を閉じた。


 ぶちゅうううううううううううううううううううううううううううう


 ちゅっぱちゅっぱちゅっぱちゅっぱちゅっぱ


 れろれろれろれろれろ


 ぶちゅぶちゅぶちゅちゅちゅちゅぴちゅぱ


 ちゅっちゅっちゅっ


 ちゅぱちゅるちゅるっぱ


「ぷはっ! オエッ! やりすぎだろっっ!!」

「んへへ~、サヤカ顔まっかっか~!」

「うるせえ!!」


 フニャニャペちゃんくらいの美少女にキスされれば女でも揺らぐわ! 色気皆無の貪るようなチューだけどな! 周囲の野次馬たちはスマホを破壊されたことも忘れ、顔を赤らめてこちらの様子を見守っている。おい助けろよ野次馬。おい野次馬、宣伝すんな! これ以上人を呼ぶな!


「サヤカ好き~!」

「う……ううう……!」


 我ながら情けない泣きそうな声で「ころすぞ!」と叫ぼうとするがまた唇を塞がれたので「ころふご」になった。なぜか拍手が聞こえてくる。手首を既に再生させたハナコ部長が「百合……」と呟きながら目に涙を溜めて拍手していた。いや意味わからんが!? 他の野次馬や通行人たちも手を叩き始め、万雷の拍手が湧きおこる。祝福すんな!

 おい吹奏楽部を呼んだの誰だ! 祝福組曲を演奏すんな!

 おい体育祭応援団! 恋の健闘を祈ってエールを送るな!

 美術部は私たちをデッサンすんな! 新聞部は号外を出すな! 演劇部は私の周りでミュージカル始めんな!


 こいつら……


 殺す!!

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