それはあなたの

瀬川

それはあなたの




 また、いる。

 私は後ろからの気配に、小さく息を吐いた。


 歩きながらカーブミラーを確認すれば、こちらを見ている私の顔と、そのずっと後ろに人の姿が映っている。


「……まただ。気持ち悪い……」


 私は吐き捨てるように呟くと、後ろの人に気づかれないように、視線をずらした。





 学校から帰る道で、誰かが後ろからついてきているのに気が付いたのは、いつからだったかもう覚えていない。

 ある時、本当に何気なく後ろを振り向くと、その人がずっと遠くにいるのが見えた。


 最初はたまたまだと思っていた。

 別に遅い時間でもなく、人通りの全く無い道というわけでもなかった。

 だから気にしないようにしていたのだけど。



「……またいる」


 その人は、次の日も、そのまた次の日も私の後ろを歩いていた。





 何かをされているわけではない。

 話しかけても来ないし、傷つけるわけでもないから、害が無いといえばそれまでだ。

 それでも気味が悪い。


 私はその人影のせいでストレスが溜まり、最近では食事も喉を通らなくなった。

 どんどん痩せてしまい、寝不足のせいで、体もフラフラである。


「大丈夫? 顔色悪いよ」


 そんな私のことを、さすがの友達も心配してきた。

 人影のことを正直に話すか迷ったけど、話さなかったらこの友達は解放してくれないと思い、私は最近の悩みを話す。


「それ、絶対にストーカーじゃん!」


 私の話を聞き終えた友達は、真っ先にそう叫んだ。


「やっぱり、そう思う?」


 もしかしたらそうかもしれないと思っていたので、私も神妙に返す。


「どう考えたってそうでしょ。毎日のように、後ろからついてきているんだから、ストーカー以外のなにものでもないじゃん!」


「そうだよね。でも今のところ害が無いからさ。どうしたらいいのか分からないんだよね」


「それじゃあ駄目だよ! 何かあってからじゃ、遅いんだから!」


 心配して怒ってくれる友達に、頼もしく感じる。

 相談して良かった。

 私はそう思いながら、開いていたノートにシャーペンを走らせた。


「確かにそうかもしれないけどさ、今の状況だったら警察とかも動いてくれないでしょ」


 危害を加えられたわけではない。

 今のところ分かっているのは、下校中についてくるということだけ。

 そんな相談したって、話を聞いて帰らされるはずだ。


「……あー、そうだね。でも、そのままにしておいたら、相手は調子に乗るかもよ?」


「それが怖いんだよね。今まで大丈夫だったからって、これからも大丈夫だとは思えないし。気持ち悪いし。精神的にはきついかも」


「すごい痩せたもんね。眠れていないでしょ? さっきの体育でも、ふらふらだったよ」


「寝ようとすると思い出しちゃうんだよね。休みの日とかでも、気づいたら後ろにいるんじゃないかって怖くなって……」


 私はノートにぐるぐると線を書いていく。

 最初は他愛のない丸だったけど、気づいたらそれは落書きになっていた。


「……もしかして、それが例のストーカー?」


「え? ……ああ、うん。そう……」


 無意識に描いていたのは、ストーカーだったみたいだ。

 指摘されて見てみると、それはそっくりに書けていた。


「まあ、見た目はそこまで気持ち悪いおっさんとかじゃないみたいだけど……でも人は見た目だけじゃ分からないからね。むしろ、こういう何でもない人の方が怖いのかも」


「そう。何考えているのか分からないから怖い。どうにかならないかな……」


「んー、そうだなあ。んー。……あれ? なんかこの服、見たことがあるような……うーん、どこでだろう。うーん……あ、そうだ!」


 私の絵をまじまじと見ていた友達は、急に悩みだすと、いきなり大きな声を出す。


「うわ。びっくりした。急にどうしたの? 大きな声出して」


 至近距離で叫ばれ、耳がキーンとなった私は耳を押さえながら文句を言う。


「ごめんごめん。でも聞いて。この絵が着ている服ってさ、あの高校の制服に似ていない? 駅の近くにある高校」


「うーん。言われて見れば、似ているような? それじゃあ、犯人はもしかして、あそこの高校の人なの?」


「まだ確証はないけどね。その可能性は高いでしょ。よっしゃ、手掛かりは見つかったから、少しは解決の糸口になるかも」


「ありがとう。相談して本当に良かった。気が楽になったよ」


 相談したおかげで、ストーカーに一歩近づけた。

 私は涙目になりながら、何度もお礼を言う。


「高校生って分かったし、今日は私も一緒に帰るよ。そのストーカー野郎をとっちめてあげる」


「え、でも……大丈夫? 危なくない?」


「大丈夫だって。私、護身術習っているから、ちょっとした人なら簡単に倒せるよ。だから二度と近づかないように、脅せばいいじゃない」


「……うん。私のためにありがと」


 まさかストーカー退治にまで付き合ってくれるなんて、なんていい友達だろうか。

 持つべきものは友達だ。

 助けてくれるというので、私は遠慮なく今日の護衛を頼むことにした。





 今まで怖かった帰り道が、友達のおかげで怖くない。

 逆に心強い気持ちになりながら、私はいつもの道を一緒に歩いていた。


「今のところは、誰もいないみたい」


「……いつも、あと少ししたら後ろに現れるの」


 2人で顔を近づけて、こそこそと話をする。


「私がいたら出てこない可能性もあるから、もし今日出てこなかったら、明日は隠れてついていくね」


「うん。本当にごめんね。こんなことに付き合わせて」


「いいんだよ。親友のためだもん。喜んで付き合うよ……ちょっと待って。カーブミラーを見て」


 こんなことに巻き込んでしまった謝罪をすれば、いきなりカーブミラーを見るように言われた。

 私はにわかに緊張して、恐る恐るカーブミラーを見れば、そこにはいつも見慣れた姿が映っている。


「……あの人だ。今日もいるなんて」


 友達が今日は一緒にいるから、もしかしたら今日は現れないかと思っていた。

 それなのに、今日もいるなんて。

 そこまで私に対して、強い感情を抱いているのだろうか。


 私は更なる恐怖を感じて、知らず知らずのうちに友達の服の裾を握った。


「ちょっと私行ってくる!」


「あ、ちょっと待って!」


 何かに火がついてしまったのか、友達はいきなり振り返ると、そのまま走っていってしまった。

 止めようとしたが、全く私の声を聞いていない。

 勢いのまま走った友達は、物凄い速さで走っていって、数秒でストーカーの元に辿り着いた。


 私はその後を友達よりも遅いスピードで走ると、遅れて2人の元に着いた。

 完全に言い争いを始めていて、友達がストーカーに詰め寄っている。


「あんた! 分かっているの!」


「はあ……?」


 間近で見るストーカーは、普通の高校生だった。

 特に格好いいというわけでもないし、特に変な人というわけでもない。

 どこにでもいるような人。


 この人が、私を毎日付け回していたストーカーか。

 こうして見ると怖さを感じないけど、それでも何を考えているか分からない。


 私は友達の後ろに隠れて、そっと様子を窺う。

 ストーカーに怒鳴る友達と、困惑した表情でこちらをみているストーカー。

 私はどう間に入ったらいいか分からず、やり取りを見守るしかなかった。


「な、なんですか。急に」


「とぼけるんじゃないわよ! あんた、この子のことを毎日付け回しているんでしょ! そういうのを、ストーカーって言うのよ!」


「はあ?」


 ストーカーという言葉に驚いた表情を浮かべる。

 それに対して、友達はさらに詰め寄った。


「この子、あんたが毎日ついてくるから、ストレスでこんなにボロボロになっているのよ! だからつきまとうのは止めてちょうだい!」


 私のためにここまで怒ってくれる。

 後ろで見ていることしか出来ないけど、何かあったら助けになろうと私も覚悟を決めた。


「は? さっきから何を言っているんですか? ストーカー? 俺、この人のこと知りませんけど」


「え?」


 でも、困惑した表情を浮かべたストーカーは、そんなことを言ってきた。


「この子を付きまとっているんじゃ?」


「いや別に。俺の家が、この先だから帰っているだけですけど」


「そうなんですか? え、嘘。勘違い? ……ごめんなさい!」


 私が間に入ることなく話が勝手に進んでいき、顔を青ざめさせた友達が何度も謝罪をする。

 ただ見ていることしか出来ず、気が付けばこの場には友達しか残っていなかった。


「なーんだ。勘違いだったみたいだね。ストーカーじゃなくて良かった良かった」


 安心したように笑う友達に、私は。


「何言っているの。あの人はストーカーだよ。だって、ずっと後ろからついてきていたもん。おかしいでしょ。家が先にあるなんて、嘘ついているんだよ。絶対に嘘。なんで逃がしちゃうの。もっと言っておかなきゃ。私がどうなってもいいの?」


「……あんた……」


 何故か私のことを怯えた顔で見てくる友達の手を掴む。


「助けてくれるんでしょ? 私達、親友なんだからさ」


 震える手を強く握って笑いかければ、何故か悲鳴を上げられた。


 おかしいの。

 私が言っていることが正しいのに。




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