なんでお前にハッピヌ゚ンド扱いされなきゃなんねヌんだよ

成井露䞞

👕👚

「――ねえ、瑠花るかず別れたんだっお」


 劎働法の講矩が終わった講矩宀で至近距離から息を吹きかけられおビクッおした。


「篠宮しのみやかよ。なんだよ、いたのかよ。突然出珟しお怖いよ。  おか近いし」

「はぁ 怖くないし。近くないし。普通だし」


 厳密には息を吹きかけられた蚳ではなくお、突然近くで話しかけられたから、錓膜が過敏になっお、急に珟れた人の存圚感に熱くなっただけ。昔から篠宮しのみや芜衣子めいこの距離感は近い。パヌ゜ナルスペヌスどうなっおんの

 呚りを芋枡すず倧講矩宀にはもうほずんど誰もいなくお、巊前のほうでTAさんず喋っおいる䞭囜人留孊生の集団だけが芋えた。知らぬ間に呆けおいた自分に気付いた。劎働法の教授の話が぀たらなかった、だけじゃなかった。


「だからなんだよ」


 いくら篠宮ず俺の間柄でも恋人に振られたばかりの傷口に指を突っ蟌んでくるのは劂䜕なものだろうか。高校時代からの付き合いずはいえ、特段芪友ずいうわけでもないのだ。距離感が取りづらくお、若干の苊手意識たである。


「いや、たぁ、別にっお感じではあるんだけどね〜」

「『別に』っお、ただの酒の肎っおか、䌚話のネタくらいの感じかよ」

「蚀い盎しご苊劎様。酒の肎っおただ昌前だしね」

「蚀い盎したしセヌフだよ。たぁ、別にアりトでもいいけど」


 立ち䞊がっお筆蚘甚具やら゜フトカバヌの教科曞だのを仕舞う。教科曞の出版瀟は有斐閣。鞄は最近持ち歩いおいるMacBookのせいではち切れそうにパンパンだ。


「博信ひろのぶは時の人で、噂の人だからね〜」


 倧講矩宀の長机に肘を突いたたた、篠宮芜衣子は僕を芋䞊げた。


「え 俺、噂になっおんの」


 朚補の机はもう随分ず幎季が入っおいお、歎代の孊生たちの萜曞きの跡が残っおいる。䜕かをむンクで芆うように消した跡だったり、ただの卑猥な蚀葉だったり、定番の盞合傘だったり。盞合傘っお萜曞き界のロングランヒットだよな。その盞合傘の䞊で芜衣子は癜い頬を膚らたせる。


「私の䞭ではね。個人的にビッグニュヌスだし、蚘者䌚芋たで開かれおいるレベルだね」

「なんだよそれ じゃあ、特にみんなが噂にしおいるずか、そういうんじゃないんだな」

「そヌだね。別に興味ない子がほずんどだろうし」


 ハッキリず興味がないず蚀われるのもなかなかだけれど、正盎蚀っお今は攟っお眮いお欲しいずいう思いの方が匷いので、それでペシである。私は貝になりたい。


「私は興味なくもなくはないんだけどね」


 そしおそれは篠宮芜衣子にも適甚されるわけであり。


「どっちだよ」

「䜕が」

「興味ないのか、あるのか」

「うヌん、あるかな」


 そう蚀っお篠宮芜衣子は䜕故か芖線を逞らした。立ち䞊がる気配はない。あたり觊れられたくない傷口で、昌䌑みの時間もそんなに長いわけではなくお、圌女は藀村ふじむら瑠花るかのこずも知っおいお、だから早々に圌女を眮いお䞀人でカフェテリアに向かいたかったのだけれど、そういう颚に䜓は動かなかった。

 もう少しだけ篠宮ず話す時間がないわけではない。


「たぁ、篠宮は知っおいるもんな。始たりから終わりたで」

「そヌだねヌ。いやいや、長いラブコメだったね」

「ラブコメ蚀うなよ。こっちにずったら人生かけた真剣な出来事だったわけだからさ」

「『人生かけた真剣な出来事』ねヌ。  若干匕くわ〜」

「匕くなよ。今時珍しく玔情な青幎が目の前にいるんだから」

「はいはい。ごめんごめん。じゃあ、蚀い盎すよラノベのラブコメじゃなくお、ラむト文芞の青春モノだわ」

「なんだよそれ、わかんねヌよ」

「えっずラノベのラブコメが男性䞻人公の呚りに個性豊かな矎少女たちが矀がるや぀で、ラむト文芞の青春モノが男性䞻人公の圌女が䜙呜宣告されるや぀」

「お前、偏芋持ちすぎじゃね」

「いや、マゞでそんな感じみたいよ。知らんけど」

「知らんけど、じゃあ、瑠花は死ぬのかよ。実は俺を振ったのが『䜙呜宣告されお、博信くんに私のこずを忘れおもらうため』ずかいう理由だったら、俺は今すぐに病院に向かっお駆け出すぞ」

「うわヌ、キモい。博信、未緎たらたらじゃん」

「うるせヌよ」


 本圓だ。自分の䞭では区切りを付けた぀もりだったのに、こうしお口を突いお飛び出した蚀葉は未緎たらたらで自分でも、匕いた。


「それで博信にずっお、瑠花ずの恋愛物語はどんな゚ンドだったの」

「゚ンドっお」

「ん、あるじゃん。どんな物語にもさ。゚ンドっお。䜕巻続いたシリヌズにも、単巻で終わるお話にもさ」

「俺の䞉幎間は結局、そんな物語みたいなもんだっお、そういう颚に蚀うのか」

「切り取り方次第だけどね。人生なんだから。答えなんおなくお、境界なんおなくお、それでも物語は時折区切りを打぀ものなんじゃない」


 篠宮芜衣子はなんだか哲孊的なこずを蚀う。い぀もはこういうや぀じゃないけれど、こい぀は時折こういうや぀になる。


「だから私から芋た博信の䞉幎間はたしかに恋愛物語だったんだよ」

「  あぁ、そうなのかもな」


 俺は篠宮芜衣子の隣で怅子の背もたれに腰を䞋ろした。



 倧孊で同じクラスになった藀村瑠花のこずを目で远うようになったのは倧孊䞀幎生の四月の終わりだったず思う。ゎヌルデンりィヌク前。桜の花びらは散っおいたけれど、倧孊生掻の始たりも始たりだったから、倧孊生掻の冒頭からその物語は始たっおいたず蚀っおも、誀差の範囲で蚱されるだろう。だから蚀わば䞀目惚れだった。

 ちなみに篠宮芜衣子は同じ高校の出身。高校時代はほずんど喋ったこずもなかったけれど、同じ倧孊で、同じ孊郚で、同じクラスになったこずがきっかけで話すようになった。だから圌女は俺ず瑠花のこずを始たりから知っおいる。倧孊䞀幎生で先茩ず付き合いだした圌女のこずを指を咥えお芋おいた俺のこずも、圌女の埌ろを远いかけるようにしお音楜系のサヌクルに入ったものの、぀いおいけなくなっお早々に蟞めおしたった䞍甲斐ない俺のこずも。圌女にずっおは倚分他人事なんだろうけれど、ドラマの芖聎者みたいな芖点からなら少しは楜しめたのかな。


「冬に付き合いだした時は、本圓に凄いなぁ、っお思ったんだけどねヌ。ちょっず感動すら芚えたんだよ。䞉幎越しの恋 ハッピヌ゚ンドじゃん」

「そこで物語が終わっおいれば綺麗だったんだろうけどね」

「そこで終わらないのが人生だよ。青幎」


 そう蚀っお俺を芋䞊げた篠宮は、やけに優しい目をしおいた。慰めおんの 哀れんでんの 笑っおんの でも、䞍思議ず嫌な気はしなかった。


「たぁ、䞉ヶ月は持った方じゃない 䞉幎間、䞉ヶ月、䞉週間で別れるカップルっお倚いらしいよ」

「なんだよそれ 束竹梅 別れる前提じゃん」

「別れる堎合の話よ、もちろん。䞖の䞭には別れなくお結婚たで行く恋愛もあるのよ 知っおた」

「䜕それ おた、喧嘩売っおんの 振られたおの男子倧孊生の傷口に塩塗っお嬉しい」

「たぁ、結婚しおも䞉五パヌセントの倫婊が最終的に離婚するらしいけど。なお厚生劎働省調べ」

「ダメじゃん」

「いや、それも、新たな人生のスタヌトですから。ハむ」

「䜕キャラだよ、それ 孊者」


 県鏡を䞭指で抌し䞊げる仕草をしお芋せる裞県の篠宮。そんなこずをしおから、ようやく圌女は机に手を突いお立ち䞊がる。肩から掛ける鞄を手に取っお。怅子のバネが自動的に座面を巻き䞊げた。黒のスキニヌゞヌンズに癜いカヌディガン。倧孊四幎生、倧人に近づいた女性のスッキリずした栌奜。


「でも博信も――玍埗、しおるんでしょ」


 高校時代の篠宮芜衣子は、県鏡をかけお野暮ったい制服を、野暮ったいたたに来お、教宀の隅でカバヌを぀けた文庫本を開いおいる、勉匷はよくできる系の女の子だった。


「たあな。振られたっお蚀っおいるけど、䞀応、お互い話し合った䞊でのこずだし」

「あれ 匷がり やせ我慢」

「ちげヌよ。事実。  䞊手くいかなかったのは、お互いに理由があるこずだし、倚分、蓋を開けおみたら性栌の䞍䞀臎ずか、それなりによくある話なんだず思う」

「たぁ、そういうのは、あるかもね。博信、拗らせすぎおいたしね。䞉幎間も片思いしおいれば、あらぬ理想を盞手に求めちゃったりするものよ」

「うるせヌよ。おか、めっちゃ吊定しにくいずころが、さらに、うるせヌよ、だよ」

「あははは」


 そう蚀っお篠宮芜衣子は口に手のひらを圓おた。人が倱恋の苊しみを吐露しおいるのに、笑うか ず、思ったけれど、なんだか嫌ではなかった。それにしおも篠宮っおこういうや぀だったっけ。こんなに明るいや぀だったっけ


「それじゃバッド゚ンドでもなかったんだね。良かった」

「それでも十分凹んでいるんだからな。気を䜿えよ昔銎染み」

「昔銎染みっお皋でもないず思うけどね。お疲れ様。――時間結構経っちゃったね、ご飯でも行く」

「お前ず 二人で」

「嫌 別に倉じゃないでしょ 高校からの同玚生で、同じ孊郚で、偶然同じ講矩を取っおいお、講矩宀に取り残された二人がご飯に行ったっお」

「いや、倉じゃないけれど。なんだか篠宮ず二人で昌飯っおいうのも珍しいなっお思っおさ」

「そう た、そうかもね」


 それから講矩宀を出お、二人で廊䞋を歩き出す。廊䞋はざわ぀いおいおベンチで生協の匁圓を開いおいる奎もいれば、睡眠䞍足なのか靎を脱いで寝おいる奎、スマホでゲヌムをしおいる奎もいお色々だ。これが結局のずころ、続いおいく日垞っおや぀なんだろうな。


「゚ンドはバッド゚ンドずハッピヌ゚ンドの䞡端だけじゃないんだよ」

「  その話、ただ続いおいたんだ」


 俺の方を振り返るわけでもなく、篠宮芜衣子は続ける。


「グッド゚ンドにノヌマル゚ンド、ビタヌ゚ンド。誰かに圌女を取られちゃうバりムクヌヘン゚ンド」

「最埌のや぀バッド゚ンドじゃん」


 なお、それではないからな、俺ず瑠花は。

 䞉ヶ月前、䜕床目かの告癜で藀村瑠花が俺ず付き合っおくれるこずになった時、俺は神様に感謝した。それは絶察的なハッピヌ゚ンドで、トゥルヌ゚ンドで、ベスト゚ンドだった。なのにそこで物語っお終わらないんだなぁ。人生っおシンプルじゃない。


 校舎を出る。カフェテリアは二぀先の建物だ。

 ハッピヌ゚ンドかぁ、ず空を芋る。おがろ雲が春の空に䌞びおいる。

 隣を芋るず肩たで䌞びたボブヘアを揺らした昔銎染み。黒いスキニヌで歩く姿が随分ずスッキリしお芋えお、高校時代から随分ず垢抜けたよな、ずかそんなこずを思う。でも、ちょっずやっぱり距離が近くお、パヌ゜ナルスペヌスおかしくない

 カフェテリアの入り口には桜の朚が立っおいお、ただ淡い色の花びらを浮かべおいた。たるで物語が終わりか始たりのどちらかである、その時の情景みたいに。


「それでもさ。きっずこの物語の結末はハッピヌ゚ンドなんだよ」


 少し先を歩いた篠宮芜衣子が振り返る。今日䞀番、真剣な衚情で。慰めおいるのか、哀れんでいるのか、励たしおいるのか。どれでも嫌な気はしないのだけれど。


「なんでお前にハッピヌ゚ンド扱いされなきゃなんねヌんだよ」


 これは俺の物語。それなら誰かが終わりを決めたり、ハッピヌ゚ンドだバッド゚ンドだず決め぀けるのは違う。だから春の柔らかな空気の䞭で、篠宮芜衣子が蚀うこずを俺は玠朎に肯定したりはできなかった。でも、その意味深な蚀葉が意図するこずもたた、わからなかったのだけれど。


「なんでだろね」

「自分でもわかっおいないずか」

「私はわかっおいるよ」


 じゃあ、ず開いた口は、圌女の蚀葉で遮られた。


「――私たちの人生の登堎人物は䞀人䞀人それぞれに生きおいお、皆が䞻人公なんだっおこず。その意味で博信が゚ンドロヌルを流すタむミングず、私が流す゚ンドロヌルのタむミングは違うんだよ。だからこのタむミングがビタヌでも、やがお蟿り着くトゥルヌ゚ンドはハッピヌ゚ンドなんだよ」

 

 人生は続く。その物語がハッピヌ゚ンドかバッド゚ンドかなんお、誰を芖点人物にしお、どこで物語を断ち切るかだ。そしお誰かにずっおの物語の終わりが、本圓は誰かにずっおの物語の始たりでさえあるのかもしれない。

 だから篠宮芜衣子は桜の朚の䞋ぞず蟿り着く。


「俺の恋愛物語っおただ続いおいるの」

「ようやく䞀山超えたずころなんじゃない ただ倧孊生掻も䞀幎残っおいるからさ。キャラクタヌ配眮を倉えながら展開しお、本圓のハッピヌ゚ンドに向かえばいいんじゃない きっず䌏線は十分に匵られおいるんだよ」

「そんなもんかね」

「そんなもんだよ」


 そんな軜口を叩き合った、四月のキャンパスの昌䌑み。

 俺ず篠宮芜衣子は久しぶりの――もしかしたら出䌚っおから初めおかもしれない二人でのランチを䞀緒にするために、カフェテリアの扉を開いた。


 ここはただ物語の途䞭で、ハッピヌ゚ンドはどこかで埅っおいるのかもしれない。


 了

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なんでお前にハッピヌ゚ンド扱いされなきゃなんねヌんだよ 成井露䞞 @tsuyumaru_n

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