第3話 両極端なコイル

「ふぅぅーー疲れた疲れた......俺も歳をとったなぁ....この程度で歳をとるなんて...」

 ボロボロになった管制塔の中で、肩をパキパキと鳴らしながら男は独り言を吐く。男の顔は整っている方ではあるが、服はボロボロ肌は傷まみれである。

「うーん.....もうよく分かんねぇしぶっ壊すか!うん!そうしよう!」

 部屋を一通り物色した後、面倒くさくなったのか男は部屋の中に爆弾を置き、手をかざす。

「さぁてと、これで終わりだ....次は....日本!」

 彼がそう呟いた瞬間、設置された爆弾が炸裂して部屋の中は火に包まれた。

 

 

 

「うぉおおおい茶々ー!!お前か!俺が寝てる間に俺の背中にアップリケを大量に縫いつけたのは!」

「やかましいですね犬。せっかく私が厚意でつけてあげたと言うのに。」

 背中にハートと小鳥のアップリケをつけられたウィンは、茶々に掴みかかるも軽くあしらわれている。そしてそんな光景を見ながら笑う。こんな微笑ましい光景がずっと続けば良いのにと、僕は僕達以外がいない公園でそんなことを考えていた。

 しかしそう思った2秒後、向かってくるウィンを避けた茶々が近くの木に激突、怒った茶々が暴れ回り、その場は一瞬で地獄と化した。

「や、やべぇこのままじゃあいずれか公園の管理人さんとかに見つかってしまう....」

 僕はそう言うと、ウィンを小脇に抱えて『エントロピー減少の法則』を発動。一目散にその場から姿を消した。

 訂正。やっぱりこいつらと遊びに出るとロクなことが無いわ。そんな事を思いながら、僕は深くため息をついた。

 

 

「藍斗〜今日はありがと!お陰様で久々のウィンドウショッピングを楽しめたわ!」

 藍斗の家の玄関で両手に沢山の荷物を抱えながら嬉しそうに話すのは、先程ショッピング

 から帰宅した美奈である。彼女と僕は先日の一件以来、そこそこ仲良くやっている。

「久々って....女子ってのは2週間に1回ショッピングに行かなきゃ気が済まない生き物なのか?」

「うるさいですねぇ....わたしだって美奈と一緒に買い物行きたいですよ。でも美奈が怒るんだから仕方がないじゃ無いですか。」

 美奈と話していると、僕の背後から少し怒った口調の茶々がひょっこり出てくる。

「だって当たり前じゃない!歩く口悪い茶運び人形よ?1発で補導されちゃうわ。」

 美奈は呆れたようにそう言うと、茶々の手を掴んで

「さ!今日はもう帰るわよ!茶々のためのアクセも買ってきたんだから!」

 その美奈の言葉を聞いた瞬間、茶々は今まで見たことの無いような満面の笑みを浮かべて

「さぁ早く帰りましょう美奈!新しいアクセが私を待っています!」

 能力で脚の部分のスペックを上昇させて物凄いスピードで美奈を担いで玄関から出ていく。

「じゃあまったねぇぇぇぇぇぇ!」

 遠くから聞こえる美奈の声に向かって、僕は小さく手を振った。

「おい藍斗!俺様の残しといたポテチ食べただろ!折角置いといたってのに!」

「ああごめん。あれ賞味期限切れてたから捨てた。」

 そんなくだらないやり取りをしながら、今日もそろそろ夜に入る。僕は少し不思議な日常に慣れてきた事を実感しながら、ウィンを掴んで自室に戻る。

 その頃、

「うーん.....反応が有るのはこの家....どう考えても普通の民家だが...まぁ調査するとするか。」

 藍斗の家の屋根に立つ男は、手にしたタブレット端末の電源を落とすと、面倒臭そうに呟いた。

 

 

 翌日。

「じゃあ今日も....ほれ!」

「おう!」

 前にウィンが縮んで以来、恒例行事と化したウィンをリュックに詰める作業、もはや慣れたものだ。そんな事を考えながら家のドアを開け、「行ってきます。」の挨拶と共に今日も平穏である事を祈りながら歩き出す。

「よぉ!兄ちゃんちょっと時間良いか?」

 歩き出してからおよそ10分、後ろから白

 髪の男に話しかけられた。男はボサボサの白髪に、剃り忘れのように不揃いな無精髭、そして両腕に鋼鉄のガントレットの様な物をつけている。ハーフの様な端正な顔立ちだが、所々に傷がありアウトローな印象を受ける。

「少しでいいんだ、少しだけ....」

 両手を合わせて懇願してくる男に、僕は思わず「ええ、」と了承してしまう。そして言葉を発した瞬間、近くに誰もいない事に気づき後悔する。

「ああ、少しなんだ.....だから返してもらうぜ!」

 男がそう言った瞬間、男の左手から電流が鞭のように出てきて、僕のリュックを奪う。

「返す?!それは元々僕の物だ!返せ!」

 そう言って『エントロピー減少の法則』を発動。自身の仕事率を上昇させて物凄い速さでリュックに手を伸ばす。しかし、男はそれを超えるほど素早く体を逸らして避けた後、

「巻き込んじまってすまねぇな....忘れてくれや....」

 左手から伸びた電流の鞭をワイヤーのようにして近くに植えられている木を伝って移動し、去り際に男はそう言った。

「ま、待て!」

 急いで脚に力を込め、男を追いかける。しかし鞭を使いターザンのように逃げる男は、近くのビルの突起にに鞭を巻き付け、一瞬で高所へと移動する。

「しつこいなぁ...てか身体能力えげつないなあのガキ....と、忘れてた...」

 男はそう言うと、右手で持っていたリュックのチャックを開け、中からウィンを取り出す。

「あれ?藍斗忘れ物でもしたのか....って誰だお前!財団の回し者か!」

 ウィンは大声を出して驚きながら、自分を掴んでいる男を睨みつける。

「ああ、安心してくれや。俺は財団の職員じゃない。むしろお前を保護しに来たんだよ。」

 男は横目でウィンを見ると、次の瞬間左手の鞭を使って近くにあった廃ビルの屋上へと登り、伸びをするとウィンを自分の顔の前に持ってきて

「もう安心しろよ!お前ら非科学ガジェットは俺達『レジスタンス』がしっかり護衛する。無論、お前の持っている『エントロピーの論文』もな!」

 屈託のない笑顔で男はウィンにそう言うと、免許証のようなカードをウィンに見せる。

「あ、お前はレジスタンスのメンバーか。なら良いんだが.....」

 カードを一瞥して、安心したウィンは座り込む。

「あ、でも『エントロピーの論文』はお前がさっきリュックを奪った男の体内だぞ?」

 ウィンのその言葉に、笑っていた男の顔がその表情のまま凍りつく。

「....マジ?」

「うむ。」

 

 

 

「ほんっっっとに申し訳無い!てっきりたまたま拾った高校生かと....」

 男はやっと追いついた僕に土下座して、そう言った。

「か、顔を上げて下さい。勘違いは起きますし....それよりあなた、お名前は?」

 僕の問いに対して、ゆっくりと顔を上げた男は申し訳なさそうな顔をやめ、自信に満ち溢れた顔をして

「ふふ、俺の名前はライネル・グリード!ライネルさんとでも呼んでくれ!」

 男は笑顔でそう言うと、親指を立て

「こいつ....えーと今はウィン?だっけか。の事を植物オバケから守るなんて大した奴じゃねぇか!これからもよろしくな!」

 と、大きな声で笑いながらライネルは僕の肩とウィンの肩をバンバンと叩く。鉄のように硬いので、結構痛い。

「え、はい。よろしくお願いします。で、なんでしたっけ?『レジスタンス』ってのはなんなんですか?あとさっきの鞭みたいなやつ。」

 僕の質問に、ライネルは笑顔を崩すこと無くガントレットを外す、そして外したガントレットを2つ揃えてウィンと僕の前に並べる。

「先ずは後者!これは何を隠そうお前や、お前が遭遇した植物オバケと同じ非科学ガジェット!その名も『両極端なコイル!』!!左手はエジソン、右手はテスラって名前だ!お前ら!動いていいぞ!」

 そうライネルが言った瞬間、ガントレットが2つとも宙に浮き、手の甲の部分のランプの様な物が転倒して絵文字のようになる。すると

「エジジ!!貴様が俺っち達と一緒の非科学ガジェット使いの野郎か!よろしくな!」

 左手のガントレットはそう言うと、手のひらの部分から電流を出しながら、空を飛び回りながら笑う。すると、もう1つの右手のガントレットが

「テステス.....煩いですねぇ....これだからお前はいつまで経っても移動用ワイヤーなんですよ.....」

 やれやれ、と呆れながら右手のガントレットは手のひらから雷エネルギーの弾を発射して、左手のガントレットに当てる。するとたちまち喧嘩が勃発し、2つのガントレットが空中でぶつかり合って火花を散らす。

「エジ!煩ぇだぁ?そりゃあお前だろうがこの石頭!」

「テス!やかましい!本当の事言っただけだろうがこの阿呆!」

 2つのガントレットがそれぞれの能力でぶつかり合いながら、更に喧嘩はヒートアップして行く。するとそれを見兼ねたライネルが一喝。ガントレットはしょぼくれたようにゆっくりと降下すると、ライネルの腕に装着して動かなくなった。

「ったく.....すまねぇな!!コイツらいざとなったら頼もしいんだが....いかんせん仲が悪いのがなぁ....」

 そう言って頭を掻きながら、ライネルは続ける。

「ああそうそう。『レジスタンス』についてだっけか....まぁ説明すると無茶苦茶長ーーーくなっちまうから、端的に言うと...まぁ奪われた貴重な論文や、発明品を財団から保護する...って感じだな。」

 ライネルは腕を組んで頷き、僕を見ると、

「特にお前さん....ってか名前聞いてなかった...えーと名前なんなんだ?」

「あ、忘れてた....火神藍斗です。」

 僕もライネルも、今まで名前を聞くことを忘れていた事を笑いながら握手をする。すると、ライネルが僕の目を真っ直ぐ見ると

「藍斗よ。お前の身体の中に有るのは、財団が1番欲しがる能力...そしてウィンの中にある能力も奴らが....」

 銃声。後、

 ライネルの右腕から血飛沫が飛び散り、僕の頬に着く。

「なっ....まさか....」

 そう言いながらライネルは倒れ込み、倒れたライネルを嘲笑うような高い声と共に、銃弾が雨のようにこちらに向かってくる。弾道はめちゃくちゃだが、何故か跳弾して自分の方に向かって来ている。

「ッ!危ない!『エントロピー減少の法則』!!」

 僕はウィンとライネルを抱えると、高速で屋上の床を殴りつけ、下の階へと逃げ込む。

「あ....藍斗!どこから撃たれていたか分かるか?」

 ライネルは歯を食いしばりながら、悔しそうに顔を歪めながらそう言った。

「すいません....必死だったのも有りますが....一瞬で数え切れない程の銃弾が向かって来て....分かりませんでした....」

 先程、僕達を襲った銃弾は何故か不自然なカーブを描いたり、跳弾しまくって僕達の方を捕食するかの様に向かって来ていた。

「....しかし...まさか奴が直接殴り込んでくるとは....奴の場所が分からない今、俺達は逃げるしか出来ねぇ....」

 ライネルは僕の返答を聞くと、絶望した表情で嘆くようにそう言った。奴?と僕が尋ねると、ライネルは更に目をしかめて

「ああ、俺も1度襲撃された事がある.....奴はおそらく財団の職員....女だが強力なガジェットを使いこなす....」

 あやふやな事を言うライネルに痺れを切らしたウィンが「その女のガジェットは何なんだ!?[#「!?」は縦中横]早く言いやがれ!」

 するとライネルは目を瞑り、少し沈黙する。15秒ほど経ち、意を決したように目を見開くと、

「仕方ねぇ!こうなったら生きて帰るぞ!奴のガジェットは『ジャムによって汚される運命』!![#「!!」は縦中横]確率を操る能力だ!覚悟しろよお前ら!」

 そう言うと、ライネルは僕の腕をするりと抜けて自分の力で走り出す。

「なっ!何してるんですか!危ないですよ!」

 驚きながらそう言う僕に対して、ライネルはニヤリと笑いながら

「ふふ、若い奴の腕の中で...しかも男の腕の中で死ぬなんて俺は嫌だね!足掻いて足掻いて生きてやる!」

 そう言うと、ライネルは右手のひらを下に向け、雷の弾を連続で放つ。

「下だ!下に逃げろ!とりあえず逃げるんだ!それしか勝ち目が無い!」

 ライネルが下の階へと通ずる穴を開けると、その中に飛び込む。その瞬間、どこからか先程の声が聞こえて来て

「貴様らが逃げる事など叶わんよ....私によって、賽は投げられたのだから...」

 その言葉と共に、通路の向こう側から無数の弾が僕らの方向を目掛けて突撃してきた。「うわっ!あれだけの数の銃弾!流石に避けれない気が....」

 僕が絶望して立ち尽くしていると、ライネルの両手からガントレットが分離して銃弾の方へ飛んで行く。

「やれやれ....普段はこんなロケットパンチみたいな使い方は好きじゃないが...仕方ない!行くぜテスラ!エジソン!【第1雷撃・アヤトリ】!!」 

 ライネルの掛け声と同時に、まずは左のエジソンの方から電気の鞭が出てきて、それを右手のテスラが即座にあやとりの要領で組み立てていく。

「な、なんですか.....?あやとり?」

 僕が目の前で起きている謎の光景に唖然していると、ライネルは得意げそうに笑い、

「さて、逃げるぜ!援護は任せろ!お前はとりあえず全速力で走れ!」

 その言葉と同時に、組み立てられた電気の網が銃弾を全て止める。

「オイ藍斗!こいつぁ力強い味方だぜ!俺様たちだけじゃあキツイかもしれねぇが.....でもなんとかなる気がするぜ!」

 ウィンが安堵の笑みを零した瞬間、止まっていたはずの銃弾がありえない曲がり方をして電気の網の隙間をくぐり抜ける。

「チッ.....これでもダメか....仕方ない!頼むわ!」

 そう言うと、ライネルは恐ろしい速さで僕の後ろに隠れる。威厳とは

「仕方ない!何とかなってくれ!」

 僕は腹を括り、能力を使って身体能力と動体視力のスペックを上昇させる。すると、銃弾が1発1発ゆっくりと流れるように見える。

「こ、これは...流石の力.....」

 そう呟くと、僕はすぐそばまで来た弾丸を殴りつける。すると痛みを感じる事はなく、代わりに弾丸が崩れる。普段ならば有り得ない事、これは確かに欲しがるだろうなと納得してしまう程に、圧倒的な力。

「おぉ〜流石!やっぱり若さって良いなぁ!羨ましいぜ!」

 飛んできた弾丸を全て打ち砕くと、僕の背後から笑いながらライネルがひょっこりと出てくる。

「やっぱりコイツ役に立たないわ。俺様たちだけで逃げようぜ藍斗。」

 ウィンは蔑むような目でライネルを見ながら、彼の脛を蹴る。

「ちょ.....痛い。あ......おかえりテスラ、エジソン。」

 ウィンに脛を蹴られているライネルは、自分の腕に戻ってきた2個のガントレットを撫でながら、思いついたかのように

「あ!そうだ!お前さんがそこまで使いこなせるんなら逃げるだけじゃなくて、もしかしたらここでぶっ飛ばせるかもしれん!年長者の力、経験の長さ、ここで活かさせて貰うぜ!」

 そう言うと、ライネルは僕の耳元で「とっておき」の作戦を話し始めた。

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ラプラスの論文 ゆるくちプリン @kawaii-miyabi

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