04 final & prologue.

「あ」


「起きたか?」


 跳ね起きようとするのを、抑えつけて止めた。


「へへ。月が綺麗ですね」


「月?」


「月。月が綺麗ですよ。ほら、あそこ」


 上を指差している。


「月じゃない。病院の天井だ。あれは電灯」


「うそ。蛍光灯には見えないなあ」


「血を失いすぎて、視界がぼやけてるんだろう。血が戻ってくれば治る」


「そうですか」


 顔色が、どんどん白くなっていく。


「傷は、どこですか。おれ。全然。命令通りに言えなかったような」


 本当のことを言うべきか。束の間。迷った。


「傷は背中だ。大きいが、なんとかなった。血さえ戻れば、なんとかなる」


「それだけじゃ、ない、でしょ」


 こいつの前では。嘘がつけない。


「何隠してるんですか。言ってくださいよ」


 白くなっていく顔。


 耐えられそうにない。


「お前は」


 覚悟が。


 決まらなかった。


 指令や命令なら簡単に出せるのに。目の前の人間に対して。こいつに対して。なんと言葉をかければいいのか。分からない。


「おまえは」


 冷静ではいられない。


 それでも、そのまま、伝えることにした。


「おまえは。ブリーチとEMPでぼろぼろになって。運ばれてからずっと」


「はい」


「俺のことを呼んでいた」


「総監のことを?」


「ああ。ずっと、うわ言のように」


「まさか」


「俺のことを、好きだと。会えてよかったと。ずっとだぞ」


 白い顔が。どんどん、朱くなっていく。


「どうしてくれる。管区の人間が、聞いてたんだぞ。しかも全員」


「うわあ。おれ、もう管区にいられない」


 こいつの想いに。


 自分は。


「いろよ。ここに」


「いやですよ。だって同性好きなんて、総監の求める組織像には当てはまらない」


「おまえは。ずっとここにいろ。俺の。隣に」


「え?」


「このままひとりで帰ると、部下全員に、俺はころされる。組織の長が、一人の部下も幸せにしてやれず、何が総監だってな。脅された」


「あいつら。仕方が」


 顔。


 背けられる。


「おい」


 泣いていた。


「へへ。仕方ないなあ。どいつもこいつも」


 そして、笑っていた。


「傷が治ったら、俺の家に来い」


「いきなり同棲はデリカシーがないです総監」


「すまん」


「いま何時ですか?」


「午後22時ちょうど」


「月が見たいです」


「だめだ。おまえの病棟は廊下側。傷口が開くといけないから、一ミリも動かさん」


「無念です」


「治ってから、見に行けばいい。俺と見に行きたいんだろ?」


「あ、それも言っちゃってたか」


「もう寝ろ。はやく治せ」


「はい。おやすみなさい」


 ばかみたいに早く寝た。血を失いすぎた反動で、身体が眠りを求めているらしい。


 寝顔。


「いい気なもんだ」


 寝ながら、わらっている。


 しばらくは起きないだろう。朱さが残る顔。血色が戻っている。大丈夫。


 病院を出た。


 綺麗な月が、出ている。

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見えない心、傷負う背中 春嵐 @aiot3110

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