第8話
草木も眠る丑三つ時ーーー
俺たちはまだノールにいた。
ラシェンドがエルフたちと会話をしている中、俺とシャルロットはまだアドラーが死んだ場所に戻ってきていたのだ。
先程、アドラーの亡骸をタウゼント王国に運んできたのだ。
俺とシャルロットとラシェンドは運んだあと、元の場所に戻っていた。
それぞれの想いを抱えて。
シャルロットが呟く。
「叔父上は…リョータ君の為に命を賭けたに違いないと思うんだ…
まだ私たち、会ってからほんの少しだけど、リョータ君は、強くて、優しくて…英雄に相応しい…そんな存在なんだと思う。
だからこそ、叔父上は未来のあるリョータ君に命を賭けるんだよ…」
「……」
「ちょっと!黙らないでよ!
今言ったこと、か、かなり恥ずかしかったんだから!」
シャルロットの頬は夜の闇の中でも解るくらい赤くなっているし、目はグルグルと回っている。
かなり恥ずかしいこと?こっちも聞いて恥ずかしくなったんだけどな…と、思ったが顔には出さないでおく。
「アドラーも…俺の為に…か。
俺、今までどんだけ甘えてきたんだろうな…
ったく、陽菜に笑われちゃうよ。
今頃、あいつは何してるのかな。
無事ならいいんだけどな。
まだ尋問もして無いし、安全なのかも解らないけど、できるだけ安全に過ごしていて欲しいな」
「ねぇ、ヒナって子とこっちに来たんでしょ?救おうとしてるけど…リョータ君はその子のこと好きなの?」
目を輝かせながら、すかさず聞いてきたシャルロット。
宝石ののようにキラキラと輝く瞳に、俺は少し恐怖を感じたのは黙っておこうか。
どの世界でもやはり女は恋バナが好きな生き物のようである。
俺は自分と陽菜の関係ををありのままに伝える。
「俺は、陽菜の事を友達としか見ていない。
いや、友達までしか思っちゃいけないんだ。
俺みたいなクソ野郎と陽菜みたいなカースト上位の子なんて、絶対に釣り合うわけが無い。
そもそも同じ土俵の上にいる相手じゃないからな。
可愛いし、彼女にできたら幸せだと思うよ。
だけど、陽菜には俺よりもっと見合うべき存在がいるんだと思う。だから俺はあいつに幸せになって欲しい。ただそれだけだ」
「ほ、本当に?
私から見たらリョータ君はクソじゃないよ!」
「そ、そうなのか…
ところでシャルロット…あれ、何だろう?」
俺はアドラーの亡骸の周辺に落ちていた紫の宝石のようなものを見つけた。
「〝光輪〟」
魔力を指先に集中させながらそう呟くと、指先から光が出た。
光で照らすと、大きいアメジストの様な宝石がキラリと美しく輝く。
「ん…?あ、なんかあるね」
近くに寄って見てみると、その輝きは一層美しくなった。
(まるで、俺を誘惑しているようだ)
俺の心臓がドクドクと鼓動を打つ。
欲しい、何がなんでもその宝石が欲しい。と思い始めてしまった。
どうやら俺は欲望という感情に支配されてしまったようだ。それを制するのは至難の業であった。
遂に……
俺は手を伸ばしてその宝石に触れたーーー
スッ。
「!?」
触れた瞬間、宝石が一瞬で消えた。
と、思うと俺の体に電流が走ったような強い衝撃が走る。
俺の体は黒霧に包まれ、禍々しい魔力が身体中を駆け巡った。
《確認しました。大林亮太、スキル“
「ぐっ!ぐぁぁぁぁあああ!」
俺は苦痛で叫ぶ。
シャルロットが俺に近づこうとするのを、離れた場所から縮地法で現れたラシェンドが制止する。ラシェンドの顔が歪む。
体が熱い。頭がガンガンする。苦しい。
意識が朦朧とする。
苦しい。苦しい。苦しい。
俺の目が、目の奥底から深紅に光る。
その光は、先程のシュバイスのような強烈な殺気を放っていた。
俺はいつの間にか目の前のラシェンドとシャルロットを睨みつけていた。心の中が負の感情で満たされた感じであった。
奴らが邪魔だ。殺してやる!
「「「お前らが…邪魔だ!!!!」」」
(な、何言ってんだ俺?ラシェンドたちは仲間なのに…)
俺の意識は闇に呑まれるように…消えていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「り、リョータ君…?」
「不味いのう…
まさか奴があんな事をするとはな…」
「えっと、どういう意味ですか?」
「あれは亮太のフリをしたシュバイスのようなもんじゃな。何らかの方法で亮太に奴の力が入り込んだのじゃ」
「さ、さっきその人は死んだんじゃないんですか…?」
「死んだがの…奴は最後に自分の力を結晶化させて、亮太に能力を引き継がせようとしたのじゃろう。
能力を引き継いだ者が暴走し、破壊を尽くす事に賭けてな」
「……」
「奴はただ死ぬのはつまらんと思って、面白い
本当にはた迷惑な奴じゃ。
シャルロットや、儂と共に亮太を戻すのを手伝ってはくれんか?」
「は、はい!結界を張りますね!」
「ありがとうの。皆の者よ!今から戦闘が始まるのじゃ!すぐに立ち退け!」
ラシェンドと亮太の戦闘によってまた災害が起きる可能性がある。
結界を張れば何とかそれを結界内だけで抑えることが出来るのだ。
シャルロットは状況を理解出来ていなかったようであったが、ラシェンドの様子から自分のすべきことを察したようである。
シャルロットの周りに精霊が現れた。
「〝大地の結界〟!!」
シャルロットは
エレメンタラーは、精霊と心を通わせることで魔法よりも強い技を出すことも出来る、魔術系の上位職である。
土属性の精霊がシャルロットの周りを飛びながらピカリと光り輝いた。
と、同時に亮太とラシェンドを囲った半径100メートルの結界が貼られた。
その結界の中を悠々と歩くラシェンド。
長く結んだ白髪混じりの髮が風に靡く。
一方、無言で立ち尽くす亮太。
不可抗力とはいえ、シュバイスの力を全て取り込んでしまった為、おぞましい程の殺気を放ち、目は夜闇でも解るように紅く光っている。狂気に満ちた姿で亮太は剣を抜き、縮地法を使って駆け出した。
剣には既に“
「ぬっ?早くなっとるのぅ」
亮太は右手でラシェンドの首筋を断ち切ろうとする、と同時に剣を逆手に持った左手はラシェンドの心臓を穿つが如く突き刺した。
シュタッと軽く回避するラシェンド。
「回避するのは解ってたさ。なら、これはどうだ?
〝朧翔斬〟!!」
狂気に飲み込まれながらも自身の技を発動させる亮太。
対してラシェンドは“竜の怒り”を発動させる。
もちろん魔力増幅出力は100%である。
亮太を凌駕する莫大な魔力を放出したラシェンドは、亮太の剣を全て見切りながらヒラリヒラリと次々と避けていく。
亮太の剣が次々と誰もいない空間を切り裂いていく。
(ちと不味いのう。剣が触れた瞬間に間違いなく魔力を吸ってくる…
本当は
そうラシェンドが心の中で言った瞬間。
キン。
先程まで避けていただけのラシェンドが、遂に剣を抜いて防御をした。
夥しい数の魔力がラシェンドから亮太へ流れていくが、ラシェンドは顔一つ変えずにそれを受け入れた。
ギリギリと力を込める亮太。
剣を当てる時間が長ければ長いほど、吸収する魔力はどんどん増えるのだ。
この術を駆使したシュバイスは、一瞬でごっそりと魔力を奪うことが可能であったが、未経験者の亮太とでは格が違う。亮太は未経験の故に魔力吸収効率がシュバイスの半分程度であった。
しかし亮太も全力で吸収していった。
3秒ほど剣が交わって、ラシェンドは翼を広げると、後方へバサリと羽ばたいた。
既にラシェンドの魔力は半分以下に減っている。
「ほう。吸収においては劣化版シュバイスと言うところじゃな」
と、呟いた。
「亮太、今すぐに開放してやるぞ。待っておれ」
そう言うと、ラシェンドは剣の形を変形させる。
ラシェンドが使う剣は、魔剣グラムと呼ばれる武器である。
この武器はシュバイスの魔剣レーヴァティンと同じく、【神器級】の武器であった。
紅の光を発した魔剣グラムは、形状を変えると槍に変化した。
“
穂先から静かに蒼炎があがる。その美しさに目を奪われるシャルロット。
周りで戦闘を見ていた作業員達が息を呑んだ。
「亮太よ、少し眠っててくれ。 」
グングニルを投げるシュバイス。当たったら微塵にもならないであろう一撃であった。
しかしラシェンドは確信していた。
「くっ!」
歯を食い縛りながら、ギリギリでグングニルを躱す亮太。
背後を凄まじい熱気が襲う。
グングニルはそのまま地面に突き刺さ……らなかった。
地面にぶつかる前に上に急上昇して旋回するグングニル。速度は先程の倍以上であった。
ゴォォォォと次第に近づいてくるグングニルに、異世界に転生してきて初めて亮太は「恐怖」を覚えた。
グングニルを目で追おうとするが、早すぎて見きれない。
ラシェンドを睨みながら慌てて剣を水平方向に構える。
「「「〝
跳ね返す力を利用し、魔力を奪おうとする亮太に、グングニルが蒼き炎を噴いた。
閃光。
そしてゴォォォォォと鳴り響く轟音。
煙が晴れた。
亮太のいた所には、真っ二つに折れた双剣が落ちていた。
ズザザザザザと跳ね飛ばされた亮太は、吐血していた。
意識を失ってはいたが、亮太が呼吸をしていたのを確認したラシェンドとシャルロットは安堵する。
シャルロットが結界を消すと、涼太に近づこうとした。
それを必死に止めるラシェンド。
上空から降りてくると、亮太の額に触れた。
刹那、亮太を覆っていた黒霧や狂気、殺気が晴れたもとの亮太が現れた。
恐ろしい力は抜けたらしい、そうシャルロットは判断する。
「シャルロットよ、亮太がいつ暴走するか解らんから、儂はタウゼントに戻るとしよう」
ラシェンドが亮太をそっと担ぐ。
「亮太、お疲れ様じゃ。ここまで強くなるとは儂も驚かされたぞ。災厄だらけで可哀想じゃ。さぁ、ゆっくり休みなさい」
優しく声をかけると、ラシェンドは西の方向、タウゼント王国へ飛び立った。
既に太陽の光が山から差し込んでいた。
間も無く夜明けに違いない。
こうして、半日ほどのアイナノア王国の災禍は、魔王アドラーとその師ラシェンドによって収束したのであった。
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