第43話 追いついた陰

 警戒が高まる夜のホータン街に、四人の旅人がたどり着いた。

 男ふたりに女がふたり。

 女王の気配指輪に反応する主人あるじを探せと、魔石具のペンダントを持たされた集団だ。


 背丈を越える篝火が、門の両脇で火の粉を散らす。

 揺らめく灯りに浮き上がった者たちは、冒険者のパーティーと思われる装備だが、身分証カードを提示せずに入街料金を払った。


「徒歩でここまで? おいおい、無事でよかったな。ホータンは何も無い所だが、雪に閉ざされても命が危うくなる事もない。まぁ、ゆっくり休んでくれ」


 対応した門兵に、黒髪黒目の男が軽く頭を下げた。


「感謝する」


「ぁ ぁあ。困ったことがあれば、詰所に相談に来れば、力になろう。それと、傭兵崩れの襲撃があるかもしれない。宿に入ったら、警戒令が解除されるまで、外には出ないでくれ」


「ありがとうございます。親切な門兵さん」


 堅苦しい返事を返され目を白黒させていた兵士に、一見すると美麗な男が笑いかける。

 音域の柔らかさは女性で、今度は違った意味の反応を返した門兵は頬を染めた。


「いくぞ。シルクス」


 キョロキョロと挙動不審な男を、黒髪黒目の男が嗜める。

 松明の光に照らされた顔は若く、嗜めた男とよく似てはいるものの、子供の膨れっ面をしていた。 


「夜分のお勤め、ご苦労様です」


 最後尾で門を潜った年長の女性は、軽くフードを持ち上げて微笑んだ。

 篝火に照らされた白髪が、目を引くほど艶やかで、受ける印象より若いと思われる。


「おぅ。ありがとよ」


 しっかりと顔を覚えた門兵が、出入者記録に人数と特徴を書き込む。どこか浮かれて筆跡も跳ね気味だ。


「この冬は、かもな。クフッ」




 捜索隊が派遣され、街の住民に外出禁止令が出てから、かなり時間が経った。

 解除されるまで住民は屋内に籠り、屋外から人が消えている。


 冒険者ギルドの要請で、夕食を終えたべネッセも、オーサたちと合流すると出て行った。


 人通りも絶えたその夜。

 アンリは竜鱗の皮鎧を着たまま横になり、大剣を抱え込む。もしもに備えた装備だが、寝心地は悪くない。


 とろとろ微睡むアンリに、マダムは休むよう勧めた。

 昼間の狩りで疲れたユーリカとジーナは、すでに夢の中だ。


『何やら不穏な気配がしますね』


 のんびり毛繕いしながら、マダムは独り言を呟いた。

 ピリピリと空気が尖り、ヒゲの座り心地が悪い。


『お前たち、こっそりと見回りをなさい。不審な者がいたら、陰堕ち異空間転移させて捕らえるように。処分はわたくしが決めます』


 マダムの呼びかけに、突然、六種類の光が天井付近に灯った。


『畏まりました! うふふ、の時間ですわぁ』


 他より少し大きな黄金色の光が、くるりと宙返りして歓声を上げる。


『久しぶりに、楽しい楽しい悪戯お仕事の時間ですぅ』


 濃い紺碧の光が、黄金色の光に続いた。


『丁寧にしなくちゃ。ククッ、燃えるー』


 緋色の光が、ワクワクと揺らめく。


『吹き飛ばして、コロコロさせても良いの? 』


 新緑の光が、ヒュルっと移動した。


『コロコロ? わたしのお部屋異空間に落とすの? 』


 漆黒の奇妙な光が、収縮と膨張を繰り返しながら尋ねる。


『マダムのお願いなの? 張り切って、お手伝いする』


 白色の無垢な光が、ふんわりふんわり漂う様に心が凪いだ。


『みなのモノ。しっかりとお相手生捕りするように。よろしいですね』


 マダムの命令に、揺らめいたり宙返りしていた六色の光が、嬉しそうな奇声をあげて弾け飛び、締め切った窓をすり抜けて行った。


『まぁこれでも、強者つわものは、居ますでしょう』


 うつらうつらしているアンリが、うっすらと瞼を開けた。


「なに? 敵 」


『いいえ、大丈夫です。何かあるなら、深夜でしょうから』


 子兎の毛繕いを始めながら、おっとり応えるマダム。


「わかった。その時は起こして  」


『承知しました。安心して、お休みくださいな』


「ぅ ん 」


 円を描くマダムの尻尾から薄闇の輪っかが浮かび上がり、アンリの額に吸い込まれていった。


対人戦殺人の経験は、今のアンリにとって酷でしょう。わたくしに任せて、お休みください』


 


『……ろ 』


 何かに呼ばれて、アンリの意識が揺れる。


『ア ンリ ……きろ 』


 鏡面のごとく静止した意識へ、ポツリと言葉が落ちて、波紋を広げる。


『起きろ アンリ』


 覚醒しきらない意識より、身体の方が反応した。

 抱いたまま寝ていた大剣の柄を握る。指が留を弾いて、鞘が滑り落ちた。

 脇から背後へ大剣の切先が滑り、うつ伏せたアンリの側を、固い物が掠って、床に突き刺さったような音を立てる。


「こいつ、起きていやがるっ? 」


 アンリを押さえつけていた重たい物がずれて行き、床に落ちた。

 息を引いた幾つかの気配が、眠るアンリから間合いをとる。


『困りました。すみません、アンリ。大丈夫ですか? 』


(眠い  だめ だ  ねむ )


『承知した。ヌシは眠っておれ』


『は?  まさか  オ リジ ン? そんな 』


 誰かとマダムが、アンリの頭の中で喋っている。

 睡魔に呑まれたアンリが朧に覚えているのは、ここまでだった。

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婚約破棄で、北へ行く 桜泉 @ousenn

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