第42話 傭兵崩れ

 薄暗く凍える洞窟の奥。

 メリルは大勢の囚われ人と一緒に、檻に閉じ込められていた。

 攫われる時に酷く顔を殴られ、腫れ上がった左目は塞がり、口の中も切れて、鉄錆びた血の味がした。


「助けて おにぃちゃん……怖いよ」


 届く筈もない呟きが、後悔をい交ぜて、次から次へとこぼれ落ちる。


 小物狩りへ出かけるタンザに、足手纏いだと置いて行かれた。

 無性に腹が立って、見せしめに家出してやると宿を飛び出し、街の中央まで来た時、外へ行くタンザと憧れのパーティー「雷神」に囲まれ、嬉しそうに笑う大嫌いなアンリを見つけた。


 一行の中には、生意気な態度でメリルを避けるふたりユーリカ・ジーナがいて、どうして自分だけ連れて行ってくれないのかと、怒鳴りそうになった。

 はらわたが煮え繰り返って、頭が破裂するくらい憎いと思った。


 黙って跡をつけ、こっそりと門を出た所で、横合いから知らない男に引きずり倒された。

 抗う術もなく殴られ、怖くて声が凍った。頭が真っ白になって、雪の上を引きずられるのに、身体が抗えない。

 

「まだガキだが、数合わせには良いだろう」


 ホータン街の側に広がる森に入ったところで、肩に担ぎ上げられる。そうして、はじめて我に返った。が、すでに助けを求めるには遅すぎた。


 汚い布で口を塞がれ、担がれたまま森の奥に分け入り、目立たない洞窟に連れ込まれて、今に至る。


 檻の中にはメリルと同じくらいの年齢から、赤子に近い幼女までが入れられていた。

 向かいの檻には年頃な女たちが座り込んで、深く首を垂れている。

 中には望洋と虚空を見つめ、時折発作を起こして叫んでは、周りの女に押さえ込まれる者もいた。


「おにぃちゃん 」


「うるさいよ! 黙んなっ」


 隣りに座る少女が、乱暴にメリルを小突いて怒鳴った。

 腕にはクッタリした幼子を抱いており、真っ赤に泣き腫らした目をしているが、自分の事しか見えていないメリルには、嫌悪感しかない。

 文句を言い返そうと睨んだ少女に、見覚えがあった。


「あんた、わたしの村に押しかけて来たよね」


 痩せ衰えて骸骨みたいな少女に、メリルは意地悪く嗤う。


「よくも私の村を巻き込んだわね。兄さんに大怪我もさせて。この盗人!」


 傭兵崩れに村を襲撃された時、隣り村の住人が押しかけて揉めていた。

 ただでさえ少ない食料をたかりに来て、傭兵崩れまで連れて来たと、村長が喚いていた。

 メリルはタンザに庇われて脱出したが、隣り村の住人に、恨みと怒りを持っている。


 同じように攫われた事も忘れ、勝ち誇って叫んだメリルに、少女は歪んだ嗤い声をたてた。


「うるさい! 何度頼んでも、食料をくれなかったくせに。業突く張りごうつくばりの罰が当たって、皆殺しになったのよ! 」


「黙れ! 貧乏人がっ。あぁ臭い。物乞いの方が、よっぽどましな身形みなりをしてるわ」


 危機感も何もない。考え無しで頓珍漢なメリルに、少女は大笑いした。

 ひび割れた掠れ声は、咽び泣く嗚咽にも聞こえる。


「お前も売られるんだ。綺麗な服を着てたって、わたしとどこが違うのよ。何も分からないお前って、ほんと、哀れだわ。すぐに思い知って、泣けばいい。そん時には、ザマァ見ろって笑ってやるわ」


 カッとなって怒鳴り返そうとしたメリルは、思い切り突き飛ばされて檻の鉄柱に背中を打ち付けた。

 倒れた身体を、幾つもの小さな足が蹴る。


「やめなさいよっ、いや、やめて! 」


 庇った腕に、ぽかぽかと幼い拳が叩きつけられる。腹が立って振り払おうとして、メリルは硬直した。

 周りから突き刺さる視線が、怖い。底知れず、恐ろしい。


「ねぇちゃんを、いじめるなっ」


 両手を握りしめ、叫ぶ子供らに気押されて、メリルは後退った。


「うるさい……うるさい うるさいっ うるさいっ! 」


 何も考えられないメリルが叫んだ時、鉄の檻が甲高い音を立てて激しく揺れる。


「黙れっ クソガキ! ぶっ殺すぞっ」


 鉄槌でガンガン檻を殴る男が、茶色い歯を剥き出しに怒鳴った。

 盛り上がった筋肉で、上着がはち切れそうな大男だ。


「おい、数合わせでも商品だ。そのくらいにしておけ」


 止めに入った男も、毛皮から覗く首が、巌のようにゴツい。


「クソガキ、今度騒いだら、殺してくれと言うまで、嬲るからな」


 鉄槌を振り上げ、喉を膨らせて笑う男に、メリルは震えあがた。


「こらこら商品は殺すな。傷つけるな。奴隷商に値切られたら、堪らん」


 止めに入った男の言いように、恐怖と絶望を突きつけられる。


「う そ  いや いやよ。おにぃちゃん 」


 へたり込んで泣くメリルの横で、幼子を抱き抱えた少女が虚に笑った。

 どう足掻いても助からない。

 囚われて数日のうちに、何もかも諦めた少女の頬にも、涙が伝う。


 どんよりと沈む洞窟に慌ただしい声が響き、幾人かの賊が帰ってくる。

 騒つく者をかき分けて前へ出た男は、乱杭歯を剥き出し不敵に笑った。

 

首領かしら、捜索隊が出た。見つかったらやばい。どうする」


 首領かしらと呼ばれたのは、毛皮を纏った男だ。


「捜索に出た兵は何人だ」


「六人編成で三隊だった」


 毛皮で擦れる顎を撫で、首領かしらはニマリと口を歪める。


「って事は四分の一程度か。ククッ、運が向いて来やがった。ホータンを襲撃して揺動する。どさくさに紛れて、ガッポリと食料もいただこう」


 厳つい男ふたりで拳をぶつけ合い、蹂躙の興奮で快哉を上げた。


「二隊に分けるぞ。お前は配下を連れて、こいつらを馬橇ばそりに積み込め。いつもの取引場所だ。あとは俺について来い。たっぷり暴れさせてやる」

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