第41話 またかっ!

「タンザ! どうしよう。メリルがどこにも居ないんだよっ」


 ざわつく門を入り、ギルドで獲物を卸した「雷神」と一緒に宿へ帰ると、女将が慌てて迎えに出てきた。


「メリルが居ない? いつからだ、おばさん」


 顔色をなくしたタンザが、女将に詰め寄った。


「昼食の時、接客を手伝うように言ったんだよ。いつまでも兄さんタンザのお荷物になっていないで、自立しなさいって……余計なことだったかねぇ。ごめんよ、タンザ。居ないと気づいたのは、小半刻前だよ」


 掻き入れ時で忙しいだろうに、探し回っていたのだろう。汗まみれの女将の額に、後れ毛おくれげが張り付いていた。


「わかった、探してみる。おばさんは仕事して下さい。大丈夫です」


「壁の外には出ていないだろうけど……ごめんよタンザ。ごめんよ」


 人の良い女将にまで迷惑をかけるメリル。呆れ返った女だと、アンリは思った。心底、悪感情しかない。


「いや。いつまでも我が儘なアイツが悪い。言い聞かせられない俺が、いちばん悪いんだ。すまない、おばさん」


 タンザの言い様に、違うだろとアンリは思う。我が儘気ままを通すメリルが、いちばん悪い。


「手分けしよう。タンザは心当たりがある場所。私たちは門へ行ってみる。門前の騒ぎが気になるからな。アンリ、ユーリカ、ジーナは、ベネッセと宿で待機。エルジーは私と来てくれ。アンリ、妹たちを守れ」


「  わかった」


 オーサの采配で、皆が動き出した。


「今は騒いでも、仕方ないですの。子うさぎちゃんを洗ったら、先に食事にしますの」


 桶に湯をもらい、クロスの掛かったテーブルの陰で、きれいに泥を落とすと、子兎は真っ白になった。

 ベネッセが用意した籠に厚布を敷き、そっと寝かせて暖炉の脇へ置く。


「今夜は、ご一緒しますの」 


 さっさと同じテーブルに着くベネッセ。

 ユーリカもジーナも当たり前のように座り、アンリもマダムを専用の台に置いて席に着いた。


 いつものように熱々のシチューと野菜の酢漬け、ふかふかパンを美味しくいただく。

 食後にベネッセはホットワイン。アンリたちはホットミルクで、まったりと時間を過ごした。


「さぁさ、良い子はお休みの時間ですの」


 ベネッセに言われるがまま、子兎のカゴを持って部屋に帰る。

 マダムは子兎にベッタリくっついて、毛繕い? しているのか? 。


「ジーナ。この子のお名前は決めたの? 」


 部屋に入るなり、ユーリカとジーナはベッドに置いた籠を覗き込んで、向き合った。

 食事の時にコソコソ話し合っていたのは、子兎の名付けかと納得する。話しかけても返事をしてもらえず、ちょっと凹んでいたアンリだ。


「きめたよ。この子は、ポル! 」

 

 ジーナにポルと名付けられた途端、子兎は薔薇色に輝いて水晶角も赤く染まった。


『テイムできましたか。やはりジーナは騎竜の民だったのですね。出会った時点で、騎竜の民の気配を感じたのです』


 マダムが言うには、竜を操る民は容易く魔獣を従えるテイムするらしい。


「なんか、いろいろと聞いてない事が、多いよね。なんでかなぁ? 」


『さ、そろそろふたりユーリカとジーナを休ませましょう』


 フイッと顔を背けて立ち上がったマダムに、ため息しかない。こうなったら、どれだけアンリが粘っても話しは打ち切りだ。


 皆の帰りを待ちくたびれて、眠そうなジーナとユーリカに横になるよう言い聞かせ、昼間に動き回ったアンリも眠気に負けてベッドに潜り込む。

 

『ゆっくり休んでください。ポルは、わたくしがお世話いたしますので、ご心配なく』


 トロトロと微睡むアンリに、マダムの声が聞こえた。


******

「これは、賊の足跡か」


 門前で、領兵の一部隊と合流したオーサとエルジー。

 行方不明の女性を探していると申告している場へ、巡回に出ていた兵士が報告に戻ってきた。


 ホータンの門に近い街壁の外で、踏み荒らされた足跡があると言う。

 争って引きずった跡が、森まで伸びているらしい。

 高ランクで顔馴染みの「雷神」に、その場で捜索の依頼が出た。すぐにエルジーがベネッセを迎えに行き、領兵とともに街門を出発する。


 ちょうど門からは湾曲して見通せない場所に、幾つもの足跡と、雪を削って何かを引きずった幅広の跡がある。

 森まで至る足跡から、複数人五、六人ではと思われた。


「傭兵崩れかもしれないな。兵長、我々「雷神」は先行する。斥候も兼ねるから、巣穴アジトを確認次第、伝令を出したい。兵を貸してくれ」


 ホータンの兵士は少ないが、領主が公正なので質も規律も良い。

 裏切りも寝返りもないのを見越して、オーサは伝令役を依頼した。

 

「待ってくれ。俺も先行させてほしい」


 追いかけてきたタンザが、肩で息をつく。


「メリルが外に出た。狩に出た俺たちを、追いかけたそうだ」


 わがまま気ままな娘は、またもや厄介事に巻き込まれたらしい。。

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