第40話 子うさぎは獲物?

 爪の間に大剣が食い込み、咆哮する氷熊。ギチギチと押し込まれ、刃を伝って血が滴った。

 こんな傷では、堪えていない。並の刀剣なら折れているだろう圧力に、アンリの身体が沈む。


「舐めんな。これくらいっ、止めてやる」


 放たれる覇気オリジンと共に、ぐらつく体幹がしっかりと重心を掴み、熊の圧力を受け止めた。


 動きを封じられた氷熊の横面に、炎を纏ったオーサの拳がめり込む。

 突き上げる勢いに大きく仰け反った獣眼を、エルジーの切先が貫く。たまらず後退った氷熊に、ベネッセの【円環輪舞】が追い打ちをかける。


 タタラを踏む氷熊は、雄叫びと共に、両腕を振り上げた。


『貫け! 』


 耳元の声に、自然と身体が駆け出した。

 懐に走り込み、腰だめに構えた大剣を鋭く突き上げる。

 喉を裂かれた氷熊は、派手に血飛沫を吹き上げた。


「【爆浸】! 」


 滑り込んだオーサが、熊の胸板に掌底を打ち付ける。すると一瞬、毛皮に包まれた身体が振動し、熊の口腔から血が噴き出した。


「下がれ! 」


 オーサの号令に、大剣を引き抜いて飛び退る。


 開けた射線に、振り切ったエルジーの剣先から半透明な刃が飛翔し、アンリが貫いた傷をさらに抉る。


 一、二歩踏み出し、片腕を振り上げて静止した氷熊が、膝を折って倒れ込んだ。衝撃で、積もった雪が四方に跳ねる。

 雪原に広がる赤を、アンリは唇を噛み締めて睨みつけていた。


「  ったか? 気を抜くなよ」


 オーサの言葉に、動かなくなった氷熊を、ベネッセが杖の先で突つく。


「 終わったみたい、ですの」


 示し合わせたように、安堵の長い息が重なった。


 改めて見回せば、雪原のあちこちは掘り返され、地面が剥き出しになっている。

 泉の一部は土塊で埋まり、崖下も崩れた土で山になっていた。


「あー。なんか居る」


 崖下に駆け寄ったジーナが、可愛い盾で土を掘り始め、すぐに泥まみれの塊を抱き上げた。


「野良猫 じゃなかった。野良 うさぎ? 」


「可愛いぃ。アンリ、可愛い」


 声を弾ませるユーリカに、アンリはこめかみを押さえた。


 いやいや、アンリが可愛いのじゃなくて、が可愛いのは分かる。それよりも、剣呑な表情でアンリを睨み、顎をしゃくるベネッセが怖い。


「ダメですの、アンリ。あれは獲物だって、アンリが責任を持って、言い聞かせなさい。お兄ちゃんの役目、ですの! 」


「そんなぁ」


 ガックリと肩を落としたアンリに、ジーナの瞳がロックオンした。

 周りの雰囲気で、ダメだと判断したジーナの目に、透明な膜が張る。

 クリッとした大きな目に、溢れそうに盛り上がる涙を見て、アンリの胸が痛んだ。


「イヤ。にーに、飼っちゃ、だめ? 」


 必殺の角度で、こてんと首を傾げるジーナ。。


(誰が教えた、あざとかわいいっ! )


 キュンっと胸を押さえるベネッセの仕草に、あんたでは似合わんわっ、と言ってやりたい。


(お兄ちゃんも、泣きたい)


 頭を抱えるアンリを放ったらかし、ユーリカも「飼っちゃだめ? 」戦線に参加した。

 子兎をジーナごと抱きしめ、ぷっくりと頬を膨らませたユーリカに、またもやベネッセが胸を押さえる。


「もぅ〜。こんなに可愛い妹たちに、アンリってば、酷いですの」


 泣く子には、ベネッセも負ける。てか、冤罪をかけてない? 


「ん〜〜〜 可愛いですのぉ」


(オィ、食物連鎖、どこ行った )


 乙女ちっくなベネッセに、反抗の言葉が出ない。


「はぁ……宿の女将さんに、聞いてからだよ? 」


 ぱぁぁぁっと、音が聞こえそうなジーナとユーリカの笑顔。。

 きっと女将さんも頷くんだろうなぁと、アンリは脱力した。


 手分けして、仕留めた大物氷熊・冬狼の始末をする。

 本格的な解体は、ギルドに帰ってからだ。


 大雑把に長さを揃えて太めの枝を切り、扇状にロープで編んだ簡易なそりをふたつ作る。

 ベネッセの精霊術で重さ軽減された獲物は、オーサとタンザで軽々と移動した。


「帰るぞ。ベネッセとエルジーは警戒。アンリは責任を持ってユーリカとジーナの保護。ユーリカとジーナは、アンリから離れるな……っと、アンリ。ジーナの子うさぎを預かってやれ」


「 分かった」


 オーサに言われ、抱きしめていた子兎を差し出すジーナ。

 泥まみれのを、広げた手拭いに受け取る。


「帰ったら、洗ってやるからな」


 少し早い時間だが、復路は魔獣の気配も無く順調に過ぎた。

 子兎が気になるジーナとユーリカは、弱音も吐かずに黙々と歩く。

 手拭いで包んだとはいえ、クッタリしている様子にアンリも心配だ。


「ん? 」


 ようやくホータンの街門が見えてきた辺りで、先頭を行くオーサが足を止める。

 朝は閑散としていた門番詰所の前で、小隊を組む領兵の姿が見えた。


「こんな時間に……何があった? 」

 

 ポツンと呟いたオーサに、アンリは嫌な予感で顔を顰めた。

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