第39話 小物狩りで ???

 残酷な描写があります。


******

「やだ……にーに。飼っちゃ、だめ? 」


 鼻の頭が薄桃色で、長い耳の間に豆粒ほどの水晶角を生やした赤ちゃん雪兎を抱きしめて、こぼれ落ちそうなまん丸な目で、と、口をへの字にしたジーナが、見上げてくる。。


 やばい。。も泣きたい。。


「うっ」と、胸を押さえるベネッセに、宣言してやる。心の中で。。


(食物連鎖を、俺から言い聞かせろなんて、あんたは鬼か! )


******

 辛抱強く獲物を追い、慣れない積雪に転げそうな思いをして、ようやく下った丘の陰には、とんでもない大物二頭が、暴れ回っていた。


 冬眠しない氷熊と、白銀の冬狼。

 二頭とも、見上げるような大きさだ。


 泉の側にあっただろう雪兎の巣穴は、大きく抉れていた。

 戦いの余波で崩れた崖下は、滅茶苦茶に掘り返されている。


 時間をかけて追跡してきた獲物母雪兎は、あっという間に雪に紛れ、影も形も見えなくなった。


「展開! 」


 オーサの号令で「雷神」が戦闘体制フォーメーションに入る。


「ベネッセ、冬狼の足止め。エルジー、抜かれるな! タンザ、子供を下がらせろ。アンリ、妹たちを守れ」


「了解、ですのっ」


「わかった」


 タンザが素早くジーナを抱き上げ、静かに後退する。短剣を引き抜いたアンリも、ユーリカを庇うように後退った。

 今まで闘っていた氷熊と冬狼が、旨そうな人間を見つけて狩りの標的を変える。


「来るぞっ」


 風精霊の力が篭った剣を抜き、駆け出したエルジーに合わせ、ベネッセの周りで精霊陣が飛び交った。


「牽制ですのっ。【炎弾】! 」


 ベネッセの頭上で渦巻いた陣から火龍の精が飛び出し、幾つもの火礫を冬狼に浴びせる。

 器用に火礫を避け、くるりと反転して着地した冬狼に、エルジーの一閃が飛び、前足の付け根を裂いた。


「滑るっ」


 二閃目を毛皮でなされ、エルジーが飛び退く。

 たいしたダメージも無い冬狼が、頭を低くして隙を窺い、ジリジリと距離を縮めた。

 牙の間から白く流れる息は、生々しい血の匂いをさせ、貧欲な獣眼がアンリやユーリカを捉える。


「下がれ」


 タンザが小さく囁いた。魔獣は弱い者から屠りにくる。


 標的を変えた冬狼と睨み合い、アンリは左手に火焔刃かえんじんを呼び出した。

 ベネッセの攻撃で、ほんの僅か冬狼が炎に反応したのを見た。

 恐れてはいなくても、苦手だろう。


「相手は わたしだ! よそ見するなっ」


 抜かれまいと剣を薙ぐエルジー。

 横合いから切りつけた切先を、冬狼はするりとかわして跳躍。ベネッセの火礫も、空中で身を捩ってすり抜けた。


 短剣を突き出したタンザの背中を踏み台に、アンリ目掛けて牙を剥く。

 蹴り飛ばされたタンザが、雪原に叩きつけられた。


「くらえ! 【火炎刃かえんじん】」 


 落ちてくる冬狼の口を目掛け、アンリは発動した炎塊を突き出す。

 至近距離で放たれた炎の刃が、冬狼の口腔から顎を砕いて爆散。弾かれた冬狼は、もんどり打って雪を削りながら転がった。


「うっわ」


 至近距離は、えげつなかった。

 咄嗟に身を捻り、飛散する血肉から飛び退る。


「アンリ、下がれ! 」


 起きあがろうとする冬狼の顎を、エルジーの剣が貫き、ベネッセの炎環が首を切り飛ばして絶命させる。


「あ、ユーリカ、ジーナ。大丈夫か? 」


 振り向いた先で、ユーリカがジーナの目を塞ぎ、顔を背けて目を瞑っていた。雪まみれのタンザは肩を押さえて、ふたりの盾になっている。どうやら深い傷はないみたいだ。

 ほっと胸を撫で下ろしたアンリの頭を、エルジーが撫でる。


「よくやった。下がってろ」


 エルジーに背中を押されて、タンザの側に後退するのと、ユーリカが飛びついてくるのが同時だった。


「アンリ、アンリ」


「にーに! 」


 小刻みに震える肩を抱きしめる。遅れて腰にしがみつくジーナも、なんとか抱え込んだ。


「ごめん、びっくりさせたね。大丈夫だから」


 庇うように前へ出たタンザは、蹴飛ばされても離さなかった短剣を構えている。

 オーサが足止めする氷熊に、ベネッセとエルジーも加わって対峙した。


「【炎環輪舞】」


 ベネッセの手から炎を撒き散らし、次々と円環が飛翔する。

 肥大する炎の輪が、群れをつくって目まぐるしく氷熊の体毛を焼いた。


「効いてない ですの? 」


 煙を上げる分厚い毛皮は、焦げ目すらない。

 腕を振り上げ、立ち上がった体高は、小山ほどある。その胸に、弧を描く黒の朔月が見えた。


「 ! 変異種っ。全員 下がれ! 」


 オーサの号令で、数歩後退する。

 慎重に腕を下ろす氷熊は、標的を決めよと目の前の人間を眺め回した。


「わたしが足止めする。エルジー、ベネッセ、極大攻撃。タンザ、子供を連れて逃げろ」


 拳に炎を纏ったオーサ。険しい声に、アンリは不味い状況だと悟った。


 このまま逃げても、ダメな気がする。なら、どうする? 戦う気満々になった途端、アンリの中で何かが動いた。


(やれる。俺なら)


 収納鞄ウエストバックから、大剣を引っ張り出した。白猫マダムが、亜空間収納を付与してくれた鞄だ。


 大剣を構えたアンリの身体から、闘気オリジンが溢れ出る。

 再び腕を振り上げた氷熊が、咆哮して爪を振り下ろした。


「アンリっ! 」


 構えるオーサの前に踏み込み、打ちつける前足を受け止める。

 巨大な爪と刃がぶつかって、耳障りな金属音が、雪原に響き渡った。

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