第38話 小物狩り
吹雪の間は単調な日々が続き、訓練も座学も、そろそろ飽きてきた。
そんなある日。
待ち望んだ快晴に恵まれ、ホータンの街の外へ行くかと「雷神」に誘われた。
食糧事情もあり、何組かの冒険者も門に集まっている。
一緒に行こうと誘ったのだが、寒さに弱いマダムは、宿の暖炉脇で留守番をすると、きっぱり断った。
どう考えても、猫だな。。
「今日は、よろしくお願いします」
簡単な防具に分厚いマントを羽織ったタンザが、声をかけてきた。
「よろしく頼む。弟子たちに雪の狩りを、教えてやってくれ」
応えるオーサは、満面の笑みだ。
今日はタンザが教師役で、雪原での小物狩りを教えてくれる。
ホータンから王都方面へ緩く降る平原は、厚く積もった雪景色が地平線まで見渡せる。
ポツポツ散らばる林や、雪の間からたくましく盛り上がった茂みは、すっかり雪化粧して、凍った枝が陽の光に煌めいていた。
初めて目にする壮大な景色に魅せられ、ポカンと口を開けていたアンリの頭に、皮の帽子が被された。
雪の照り返しは目に悪いと、帽子に
出会った頃に注文していた装備だと、渡された。
色付きの硝子が嵌ったゴーグル越しに、くっきりと景色が見えるし、耳当て付きの暖かさは嬉しい。
「すげぇ、綺麗に見える。でも、貰っていいの? 」
竜鱗の防具の上に、
初めての実習に大剣や小太刀は出さず、鞘付きの短剣を剣帯に差している。
「可愛い弟子の装備ですもの、当然ですの」
はしゃぐジーナとユーリカの帽子には、ツンと尖った獣耳が付いていた。これはベネッセの趣味だろうか。。
そっと自分の帽子に触り、獣耳の有無を確認する。付いていたら、さすがに恥ずかしい。
「さて、今日は雪兎の狩りをする。
オーサの一声で、タンザを含めた「雷神」一行が動き出した。
「踏み潰すように、歩くですの。はい、やってみる、ですの」
アンリの膝下まで積もる雪を、輪っかの付いた靴で踏みしめる。
「ほわぁぁ。にーに、これ、面白いー」
新雪の上にポコポコ穴が開く。完璧に遊び始めたジーナは有頂天だ。
靴の周りに丸枠の分だけ空間ができ、埋もれないのは面白い。
高く膝を上げる歩き方で最初は苦労するが、慣れてくれば足が埋もれる事は無く、引き抜くのに余計な力は要らなかった。
「だいぶん慣れたな。じゃぁ、そろそろ行くよ。ここからは、慎重に歩かないと、獲物の足跡が消えるからな」
林に近づいた場所でタンザが立ち止まり、前方を指さした。
林の際に、点々と続く線がある。
不思議なのは、雪原の只中に突然現れた足跡だった。
「どうしてあんな風に、雪原のど真ん中から、足跡が付いているのか判るか? 」
突然空中に現れて、落下したような跡だ。
「んーんとね。あっちから、ぴょーんってきたの? 」
ジーナの答えに、ちょっと吹いた。うん。それは無い。 よね?
「後ろ向きに、歩いてきた? 」
ユーリカの答えは、ちょっと惜しい。
「向こうから来て、足跡の上を帰って行った? 」
なんとなく何処かで見たような映像が、アンリの頭を掠める。
「そうだ。林から来て、ここで折り返している。もう少し行けば、右や左に足跡があって、それが途切れているのが見える」
ゆっくり歩きながら、タンザがひとつひとつ指差して、重なった足跡と一方向へ向かう足跡の見分け方を説明して行った。
「もうすぐ、雪兎に追いつく。短い角を向けて攻撃してくるが、一直線でしか仕掛けてこない。横に避けられないなら、盾を腰あたりに構えて進めば良い」
さっとベネッセが出してきた木の盾を、ジーナとユーリカが構えた。
特別製らしい木の盾は、子供用の大きさで可愛らしい。
花と小鳥の彫刻は、無駄に凝ったデザインで、可愛らしい。
ははっ、三つお揃いかぁ。。
「居た。判るか、アンリ」
低い体勢のタンザに倣って、アンリも可愛い盾を構え、腰を落とす。
点々と続く足跡の途中、林に向かった辺りが小さく跳ねた。
「居た」
眩く照り返す雪原に、真っ白な雪兎が跳ねる。時折チラと反射するのは、冬にだけ結晶化する短い角だ。
「慌てない。気づかれないよう、追跡しよう。じっくり観察するんだ」
雪原に溶け込む雪兎。身体を低くして追いかける。
行っては戻り、右に左に飛んでは違う方向へと駆ける。なんの脈絡もない出鱈目な行動が、だんだんと方向を示唆しているような気がして。。
「 向かってる方向って、あの林かな? 」
左右に跳ねて行きつ戻りつしながらも、確実に向かっているだろう方向が見えた。と思いたい。
下っていた平原の先に、盛り上がる丘と小さな森がある。大抵は、泉を抱えた雑木林。
「よし、正解だ」
帽子越しにポンポンと軽く頭を叩かれる。少々乱暴だが、褒められるのが嬉しい。
こそっと振り返った肩越しに、
胸がくすぐったい程、可愛いじゃないか。
「もうすぐ巣穴に帰る。捕まえるぞ」
タンザの仕草を真似て、アンリもそろりと足を運んだ。
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