第37話 美丈夫で、愉快な仲間たち

 クシャりと手紙を握り潰したオーサは、そのまま受付嬢シャーリンの手に握らせる。まるで、プレゼントを渡すように。。


「な なな 何やってんですかぁー! もうぉぉ! 私が本部に叱られるんですよぉ!! 責任取れやっ」


 猫被りが吹っ飛んで、素の地声が爆発した。

 見かけに寄らず逞しい手が、オーサの胸ぐらを掴んで揺さぶっている。


「落ち着きなさーい、ですのっ。オーサを殺す気ですの? 」


「いや、このくらいで死ぬわけない! 大丈夫っ」


 一応だが抗議するベネッセと、胸倉を掴まれて振り回されながら遠い目をするオーサ。

 別に止める必要はなさそうだと、ゆっくり見学するアンリ。

 ユーリカもジーナも、キョトンとして見上げている。


 バシッとシャーリンの後頭を叩き、ヒョロリとした老人が吐き捨てた。


「いい加減にせんか! 」


「痛いじゃないですかぁ、ギルマスぅ」


 反省の色が全くないシャーリンに、ギルマスのこめかみが引き攣る。


「指名依頼を受けるも断るも「雷神」の勝手だ。ギルドに強制力は無いぞ。さっさと断りの返信をしろっ」


 青筋を浮かべて怒鳴った後、一転して好々爺の笑みがアンリたちに向けられた。


「まだ幼いと言うのに冒険者を目指すか。関心関心。精進しなさい」


 奥に引っ込む受付嬢シャーリンは涙目だ。「本部にぃ、叱られるぅ」と、恨めしげな様子だが、誰も相手にしなかった。


「いつものように、地下の訓練場を借りたい」


 カウンターにもたれたオーサが、爽やかに言い放つ。

 冬の間は訓練と狩りが「雷神」のライフワークだと、エルジー精霊剣士が教えてくれた。


「オーサ。雪が収まったら、ギルドからの依頼を受けてくれ。少々心許ない」


 ギルマス直々の依頼は、ホータンの食料不足の解消だった。

 今の時期なら、雪兎か氷熊だそうな。。


「了解。雪が途切れたら、すぐに出る」


 片手を上げて、カウンターを離れるオーサの後を追う。

 さっそく稽古をつけてくれるようだ。


 少々湿気てカビ臭い階段は、ずいぶん長い。降り切って潜った扉の向こうは、天井が高い闘技場の装いだった。

 魔道具の明かりが、階段状にくだる観覧席を照らしている。

 奥底は、砂を敷き詰めた闘技場の広場だ。


「よーし。まずは体力作りに走ってこい」


 簡単に言い渡すオーサを、アンリは唖然と見上げた。


「まずは体力。次に体力。さらに体力。それができたら、訓練な」


(脳筋か )


 ぐずぐず言っても、こう言う手合いには通じない。諦めたアンリが走り出し、ユーリカとジーナも後に続く。

 若干ジーナが遊び半分なのは、年齢か。とにかく、楽しそうで何より。


「走れるだけ走れ。頑張れよ」


「がんばれですのぉ」


 無責任に聞こえる声援を受けて、少々うんざりした。


(倒れるまで走れってこと? はぁ)


 訓練場の柵に沿い、ゆるく走るアンリ。

 ユーリカやジーナを心配したが、とても元気だ。

 両手を振り回して駆けるジーナは、何が面白いのか満面の笑顔。


 中央で素振りするエルジーの剣が、心地良い風切り音を立てている。

 少し離れたオーサの拳闘は、見惚れるくらい綺麗な舞いだ。

 端然と佇むベネッセの周りに、拳大の輝く精霊陣が、幾つも飛び交い始めた。


「すごい」


 思わず立ち止まり、しばし魅入る。


「おーい。走れー」


 笑いながら指差すエルジーに、ハッと我に返った。


「走ろう」


 再び足を踏み出す。ひたすら走るアンリとユーリカの周りを、ジーナはジグザグに駆けてはしゃいだ。

 子供の体力を見せつけられて、かなり凹むアンリ。何周か過ぎた辺りで気づいた時、ジーナはオーサのマントに包まれて眠っていた。

 

「よーし、休憩だ」


 午前中いっぱい身体を動かし、昼食後はのんびりと昼寝。子供じゃないと言いたいが、心地よい疲れでコトリと寝落ちした。

 目覚めた後は、冒険者ギルドの二階で、ホータン周辺の魔物について学習する。

 手書きの細密画ミニアチュールが綺麗で、夢中になった。


「そろそろ夕飯だな。帰るか」


 一気に陰る夕暮れ刻を雪蛍亭まで走り、凍えた身体にホットワインを流し込む。アルコール度の高くない葡萄酒は、水かお茶の代わりだ。


 熱々のシチューと、みっちりしたパンで夕食を済ませる頃には、瞼が落ちてくる。

 ぐっすり眠って朝がくれば、また同じサイクルで続く毎日。

 穏やかで、少し退屈で、こころ安らかな日々が始まっていた。

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