第2話 徒花よ、風に舞え

 だんだん、視界が暗くなっていく。

 完全に日が落ちたら何かが変わってしまうような気がして、だからその前に全部言ってしまいたくて、わたしは必死に言葉を紡いだ。

 喉が痛くなっても、震えても、そんなの関係ない、そう思いながら。


雪奈ゆきなからキスされたあの日、本当に怖かった――嫌だったんじゃなくて、嫌じゃない自分が怖かったの。だって雪奈のことは友達だと思ってたし、わたし自身のことも、じゃないって思ってたし……! 雪奈にも話してたよね、わたしが好きなタイプってステイセムみたいな人だって。雪奈からはびっくりされたけど……でさ、ステイセムと雪奈って当たり前だけど全然違うし、だから、雪奈ってより自分のことがっていうか、なんか、もうわからなかったの。

 それに、急にこんなところでキスされたのも、ちょっとびっくりしたから振り払っちゃったし……それに、嫌じゃなかったけど、不安だったんだよ? もしかしたら誰かに見られてるかも知れないって、見られてたら、変な噂とかになったりしたらって……、それで、そんなこと考えちゃってるわたしのことが嫌になって。けど、それってここから逃げ出した言い訳になんかならないよね。だってそれって、雪奈からも逃げたってことと変わらないし――だから、今更何言ったって遅いかもしれないけど……、――っ、」


 喋りながら、息が苦しくなってくる。

 わかってるからだ、わたしが言ってるのは全部、身勝手な言い訳に過ぎない。しかもきっともう手遅れで、今頃言ったってあの頃のことを解決するどころか、逆に雪奈を困らせるに決まってる。

 苦しくて、つらくて、泣く資格なんてないのに、また涙が溢れて。けど、前なら慌ててわたしを慰めたりしてくれていたはずの雪奈がわたしを振り返ることはなかった。


 だけど、止まった足が進み出すこともなくて。

 だからわたしは、言葉を繋いでいられた。


「わたしさ、ずっと気になってたんだよ。どういうことなのか訊きたくて、でも訊く資格なんてないんじゃないかって思ったら何もできなくて……! 何あったの、ほんとに? ちゃんと好きな人なの、それとも無理やり……、もうわかんないよ、いろんなこと考えすぎて怖くなってくる! 雪奈がわたしの知ってる雪奈じゃなくなってくみたいで、どうしようもないの。

 ねぇ、その相手の人はどんな人なの、ちゃんと雪奈のこと好きでいてくれる人なの? 雪奈はその人のこと好きなの? 一緒にいて雪奈はどう感じてるの? 雪奈の趣味とか、雪奈がその人の趣味とか、ちゃんとわかり合える人なの? 何か無理しなきゃいけないこととかあったりとか平気なの? 苦しいの堪えてたりとかしないの? 本当に、わたしより、」


 わたしよりも好きな人なの?

 思わず、そう訊こうとしていたことに気付く。そんなの、さっき雪奈が言ってたじゃないか、雪奈はその先もずっと――――


「……ねぇ、雪奈?」

 雪奈は相変わらず、振り返らない。足を止めてくれてはいるけど、きっとその顔がわたしの方を向くことがないのは、わかってしまう。

「わたしさ、雪奈がわたしにしたことどうこう言えるやつじゃないんだよ、もう。だってさ、雪奈がどういう風にしてるのかな、とか、されたのかな、とか、いつも考えてるんだもん。想像のなかでわたしじゃない人が雪奈と……、苦しいのにね、泣きそうなくらいつらいのに、身体の奥が熱くなって、もう抑えきれなくなりそうで……っ、」

 気持ち悪い、口に出すだけで気持ち悪い。自分がこんなに気持ち悪かったなんて、思いたくない。でも、話をしている間にもどんどん身体の熱は増していく。

 だから、はっきりさせてほしかった。

 本当のところはどうだったのか――妊娠していることについては、大きくなっているお腹が否定させてくれないけど、その経緯くらいは、


「全部わかって、それで何か変わるの?」

「――――、」


 初めて、振り返った。

 その雪奈の顔は…………。


「私と、一緒だね」

 最後に嬉しそうな声で囁いた雪奈は「ばいばい」とわたしに背を向けて、そのまま歩き去っていった。もしかしたら肩を貸すという口実でまだ傍にいられたかもしれない、そう思い付いたのは、その背中がすっかり見えなくなったあとで。


 結局、雪奈は教えてくれなかった。

 わたしが訊いたことにも答えてくれなかったし、わたしと雪奈の何が同じだったのかも、教えてくれなかった。

 すごく苦しいのに、吐き出すことすらできなくて。


 きっとこの重さと痛みが、わたしたちを静かに結びつける絆なんだ。そう思うしか、もはやわたしにできることなんてなくて。

 もう夜道の向こうに見えなくなった雪奈が、わたしの中でもうなくならない鈍い痛みに変わった瞬間だった。


 宵闇が静かに、空を覆っていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

さよならアドレサンス 遊月奈喩多 @vAN1-SHing

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ