さよならアドレサンス
遊月奈喩多
第1話 夕焼け色の涙
「なんで何も教えてくれなかったの?」
「…………、」
わたしの言葉に、
緋色と紺が綺麗なグラデーションを描く空の下、わたしは彼女の曖昧に開いた唇に、自分の唇を重ねた。
「ん、――――」
微かな身じろぎも、指を絡み合わせた恋人繋ぎのように手を握ればすぐに止まって。おずおずと絡められた舌は、確かにわたしの知っている雪奈のものなのに、どうしてかよそよそしさが拭いきれなくて。
わたしたちの間の距離が、どんなにキスしても埋まらないようで、もどかしくて、苦しくて。
「ん、ちゅ、ゆきな、ゆ、き……な――、っく、ひ、うぅ、」
気が付くと、名前を呼ぶ声が濡れていた。もうわかってしまっているから、どんなに名前を呼んでも、もう届かない。
きっと、何もかも遅かったんだと思う。
立っていられなくなって、アスファルトに両膝をついてただ泣くことしかできなくなったわたしを、雪奈はただ何も言わずに見つめていた。
遠くから聞こえる車の音だけが、わたしたちの間を流れる時間を無慈悲に告げているようだった。
* * * * * * *
雪奈が妊娠していることを知ったのは、彼女が学校を休むようになってからしばらく経った夏頃のことだった。誰かが、少し大きくなったお腹を気にしながら病院から出てくる雪奈を見たのだという。
「ヤバくない?」
「あんな大人しめな子だったのにね」
「相手は?」
「うーわエッロ」
「オレも頼めばワンチャンあったかな」
「赤ちゃんどっちなんだろうね」
「こないだも歩いてんの見たよ」
もう、休み時間の同級生たちの話題はそればっかりになった。みんな、あと1年以内に控えた高校受験に向けて生活の色々なところを変えたり、部活を引退したり、遊びに行くことも減ったりして、溜まったフラストレーションを発散する場所がほしかったのかもしれない。
いろんな噂が立って、中には明らかに嘘だってわかるような内容のものも出始めて。とうとう1学期の終わりくらいには学年集会で雪奈が妊娠していることが先生たちから知らされて、心ない噂話を流すのをやめるようにとかなり厳しい口調で注意されるほどにもなった。
わたしはそんな中で、どこか他人事のように一連のことを受け止めていた……。
雪奈とは中学校に入ったとき、席が隣同士だったのがきっかけで話すようになった。内気でいっつもおどおどして、けどたまに笑った顔がとても可愛い、そんな女の子だった。
雪奈は絵を描くのが好きな子だった。人と話すよりもひとりで過ごす方が好きで、だけど誰からも構われていないとちょっと寂しそうに見えた。それとイチジクのタルトが大好きで、聴く音楽はゴシックメタル、あと考え事をするときにシャーペン回しをする癖があったり――どうしてだろう、わたしは、今まで周りにいなかったタイプの彼女に会うのを楽しみにしていたし、いつの間にか目で追うようになっていた。
雪奈にもちょっとずつわたしの趣味を共有してもらったり、お互いに新しいことを一緒にしてみたり、そうやって少しずつ友達になっていった。
そうやって、ずっとこの先も隣にいられると思っていた。
それが崩れたのは、去年の冬だった。
* * * * * * *
「あの日と、逆だね」
泣いているわたしを見下ろしながら、雪奈が静かな声で言う。その声にどんな気持ちが込められているのか、わからなかった。
けど、あの日が指している日のことは、わかった。
あの日、わたしは雪奈からのキスを拒んだ。時間帯も、場所もきっと今、この場所と同じだった。
何もかも同じなのに、立ち位置だけが逆で。
「あのね、
投げ掛けられた言葉は、わたしたちの関係を締めようとするにはあまりに短いもので。
「私は、あの頃から今も、ううん、たぶんずっとずっと、この先も私が死ぬまで、冬佳ちゃんのことが好きだと思う。それだけ言いたかった」
黙したまま宵闇に侵される空が、わたしたちの時間を強引に過去へと追いやる。それに逆らおうと腕を伸ばしても、もう歩き出した雪奈には届かなくて。
だから、せめて。
「雪奈っ!!」
止まってくれなくていい、何も言わなくていい、それでも、せめてわたしは。
これで本当に最後なら、言いたいことを全部言ってしまいたいと思った。それが、もうなんの意味もないことだったとしても。
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