第2話果ての果て

塔のあるラブホテル。俺と夏樹は、塔の最上階へ行ける階段近くの部屋でくつろいでいる。


夏樹の14歳のバースデイプレゼントは何にしよう。実は、俺はプレゼント魔なんだよな、男の癖に。何かウィットに富んだプレゼントを。よく考えなければ。


ふと俺は思い出した。

「この前娘がくれた」

「どしたの?」

「ミサンガ」

俺は、クローゼットに置いてあるリュックから、カラフルな色づかいのひもを取り出し、夏樹に見せた。

「色付きの糸で太く編み込むんだよ。それを手首や足首に結えて、切れると願いがかなうなんて言われている。昔流行ったんだ。南米の御守り。上手くちぎれたら好きな女の子がキミの方を振り向くかもしれない」

「ふうん……娘さんからって……大切なものなんじゃないの?」

「いや、たくさんくれたから一本くらい……これやるよ」

俺は、それぞれピンクとイエローの細いひもを編み込んで作られたより太いひもを手に取った。そして、俺は夏樹に向かい合ってひざまずき、それを、上半身裸の夏樹の白くて細い左足首に結んでやった。

「何か落ち着かない」

「まぁ、そう言うなって」

下から夏樹を見上げると、天井のシーリングファンライトが彼の背後にあり、ちょうど逆光になって目がくらむのだった。影になった夏樹の表情は何かを示唆しているようでもある。


夏樹はミサンガがからまった自分の足首を眺めている。

やがて夏樹は半袖の襟付きシャツと栗色のカラーデニムを履いて、帰り支度を始めた。


「お返しにこれあげる」

俺がバスルームで少し熱めの湯舟に浸かっていると、外から夏樹の声がする。

「ミサンガのお返しだよ……じゃあ、僕帰る」

「マスク忘れるなよ」

夏樹が部屋から出て行った。時どき電車の走る音が聞こえる。のどか。俺の昼間のお遊びタイムは終わった。


風呂から上がり、ラブホテルの備品であるパイプ椅子に裸ですわって涼んだ。パイプ椅子は結構いい値段がしそうな代物。そして缶ビールを飲みながらこれからのことを少し考える。


……たちまちスパーク。バカバカしい。情事のあと考え込んでもスランプは抜け出せない。俺は考えるのを止めた。


突然俺は大人気なく裸のままベッドに飛び乗ろうとした。すると枕もとにある封筒に気がついた。

夏樹が置いて行ったものだ。ミサンガのお返し。

俺は封筒を開けてみた。


中から吉野家のクーポン券が3000千円分出てきた。


おお、神よ。あらゆる罪が赦される思い。たちまち俺は救われたような気がした。世界は愛で満ちている。


……なんてな。

「俺、これでも芥川賞作家なんだけどなぁ」

俺はラブホテルの一室で独りごちた。


……何だかなぁ。


帰り、俺は久しぶりに吉野家で牛丼を食べた。特別な特別な、それはそれは特別な味がした。


駅前再開発で塔のあるラブホテルは近いうちに取り壊されるという。

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塔のあるラブホテル Jack-indoorwolf @jun-diabolo-13

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