塔のあるラブホテル

Jack-indoorwolf

第1話夏の白昼夢

「そうか、キミ、今月誕生日かぁ……で、いくつになるんだ?」

「14」

「へぇ、俺も歳取ったなぁ、改めて気づかされる」


平日昼間から繁華街の裏通りにあるラブホテルにいる。せまい近道を駆使すれば駅にも5分で行ける場所。何かの宗教施設のような塔があるので街では有名な建物。客室内はワザとらしい上品さに満ちている。休憩時間を過ごすには十分だが。


「暇なとき何してるの?」

「YouTube 見てる」

「どんなの見てる?」

「昨日は勉強終わってからずっとフライトシュミレーションのゲーム実況見てた。外国人ゲーマーがニュージーランド航空のエアバス機を操縦してウェリントンからオークランドまで飛ぶんだよ。あのコックピットはほぼ実写だよね。最初の離陸で海に突っ込んで二度目でやっと空を飛んた。世界中の野次馬がチャットでツッコミ入れる。そして外国人ゲーマーは英語で放送禁止用語をつぶやいたり、ため息つきながらバーチャルなフライトを楽しむわけ」

「リアルで飛行機に乗って海外旅行へ行きたいかね?」

「コロナでしばらく無理だね」


もうすぐ14になる夏樹はシャワーを浴びて肌がピンクに火照っている。俺はもう一度かぶりつきたくなる衝動を無理やり抑えた。


「バースデイプレゼントはいいものやるよ」

「うん、楽しみにしてる」


高い天井にあるシーリングファンライトの羽が回る。はだけたベッドカバーが毛布の端っこに引っかかっている。そのベッドカバーは赤とオレンジの合成ウールで編まれたチェック柄で、独特の雰囲気がある。

俺は壁際のテーブル席でスマホを右手に投稿サイトのホラー小説を読んでいた。シロウトが書いた話だ。罪の意識が刺激されるようなやつ。結構面白くて困る。

夏樹はブリーフパンツ一枚で直接床に腰を下ろし、備え付けのドライヤーで濡れた髪の毛を乾かしていた。ドライヤーの音がうるさい。


昔、このラブホテルの塔の最上階で、老いたパンクミュージシャンが自殺した。


当時、小さな展望室として、宿泊客に無料開放されていた、塔の最上階。ただれた関係の男女も、夜空の星々を見上げてうっとりとロマンティックな気分を、取り戻していたそうだ。


ある夜、老いたパンクミュージシャンがそこで首をくくった。老いたパンクミュージシャンの同伴者は、商社に勤める夫がいる女。女は終始冷静だったそうだ。

老いたパンクミュージシャンは若いころ「金なんてクソ」と唄っていたのに、東京都内の高級住宅街に豪邸を建てた。ヒット曲を連発させたからだ。

自己矛盾に苦しんだ老いたパンクミュージシャンはやむを得ず自死した。


サブスクが主流になる遥か昔の話。


今現在は、展望室のドアは大きな南京錠で閉鎖されている。

ちなみに、女の夫は小さな商社で、東南アジアからコンドームを輸入する仕事に携わっていたらしい。そのコンドームは塔のあるラブホテルの各部屋に……。


さて、その塔のあるラブホテルで束の間の時間を過ごしている俺と夏樹は、外の酷暑も気にせず、楽しんでいた。


「夏樹には好きな女の子とかいないの?」

「この前、同じクラスの女子に告白したよ……でもさ、彼女つき合ってる男がいるんだ。彼女 YouTube でチャンネル持ってて彼氏とじゃれ合ってる動画をアップしやがるんだよ」

デカくてスマートではないドライヤーから騒音が止んだ。夏樹はバスルームへ向かい、洗面台の所定の場所にドライヤーを戻した。

「その動画を見て僕はグッサリ傷つくわけ」

「切ないな」

「まぁね」


バラ色の人生には少しばかりの悪運も必要。品行方正だからといって女にモテるとは限らない。愛する女に好かれるには、悪に手を染めても、なに食わぬ顔で女にキスできるような男でなくては。


今度夏樹と、展望室の前まで塔を上ってみるか。そして死んだ老いたパンクミュージシャンに自ら進んで呪われよう。俺も夏樹も悪運が強くなるに違いない。

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