お前の話

七条ミル

お前の話

 ふと気が付けば、お前は一面真っ白な荒野に立っている。見渡す果てに樹木の一本も存在せず、ただ、目の前には一本の大きな川が滔々と流れているのみである。川が流れていると言うのに、草木の一つも生えないとは、また不思議なものだと、お前は思うやもしれぬ。

 お前は何も考えずに、川の方へ向かって片方の足を差し出す。足が地面を離れ、再び地面へと、しかし別の地面へと触れる。地面もお前の足も、音など立てず、お前の耳に入るのは兎角滔々と流れる水の音だけである。

 そうしてお前は自らの足音を聞くことも無く、反対側の足を、今差し出した足の前に差し出すだろう。お前は少し前に出る。お前は少し、川に近づく。

 そして今度は、最初に出した足を二番目に出した方の足へと並べてお前は思う。こゝはどこなのだろう、と。

 しかしお前にそれは判らぬ。なぜなら、こゝはお前の知る場所ではないからだ。お前が如何に推量し断定せんとしても、お前の記憶の中にこんな景色など一つも存在しはしない。

 次にお前はこうも思うだろう。これは夢ではないのか、と。

 だが、それは違う。お前は夢を見ているのではない。その証拠に、お前の腕からは血が流れている。自らの腕を見たお前は、腕の痛みを自覚するだろう。そしてお前は、これが夢でないことを確信する。

 それからお前は空を眺める。空も、大地と同じようにお前には白く映る。そして、お前は天と地の境界を見失うだろう。――暫し絶望したのち、お前は再び耳に意識を向け、川のことを思い出す。川ならば、地であろうと、お前はそう思うことだろう。お前は再び足を前に出すのだ。お前は少しずつ、川に近づく。

 やがてお前が川縁に立ったとき、お前は水が無色透明であることを思い出すだろう。きっとお前はまた絶望する。たゞ唯一の道しるべだと思っていた川さえも、お前の目にははっきりと映らぬと知り、お前はきっと絶望する。

 少し時間が経てば、少しはお前も冷静になるであろう。お前は膝を地面に付き幾らか身体を前に倒す。そして両の手を差し出して水に触れるのだ。

 水は冷たいか。

 川の水は、徐々に〳〵お前のに染まっていくことだろう。お前はそして漸く、川の流れを知る。

 川の水に気を取られていたお前は、今になって漸く、地面が土でも草でも、或いは石でも無いことにも気づくだろう。

 その地面はなんだ。

 地面を気にしている間に、とう〳〵川はお前のに染まりきる。お前は川の形を知り、そしてお前は川の果てに、天と地の堺を見出すかもしれない。

 地平線があるらしいその彼方に向かって、お前は歩き出す。お前のそのを目印にして、お前はお前の歩き方で、染まりゆく川沿いを、ただ歩く。どこまででも、歩く。

 いつしかお前は世界の果てを見る。地面はそこで急に途切れ、お前ので染まった川は、見えぬ果てまで落ちてゆく。お前のによってのみ、お前は世界の途切れを認識し、そしてお前は立ち止まるだろう。

 お前が立ち止まるのと同時に、川を染めていたお前のは後ろから流れてきたらしい色のない水に押し流されて無くなる。

 お前は上を見上げる。次に下を見るのか、それとも左右にも目を向けるかもしれない。或いは、後も見るやも。兎に角お前は周りを見回すのだ。

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お前の話 七条ミル @Shichijo_Miru

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