第2話 カイコウ

「全く、ついてないな」

 現状を振り返り思わず呟く。今日は2月14日、忌むべき日だ。中学一年ということもあるのか、カップルの数は2、3組と少ないながらも少々イラっとする。

 そんなめでたい日に俺はというと、入院中受けられなかったテストの再試がある。もはや、先生とデートと思わなければやってられない。先生は男ですけど。

 ものすごく悲しくて叫びたい気分ですわぁ。ガギャギャァッ!!


 放課後、先生に呼び出された教室に足を運ぶ。

「教科書見ても大丈夫だからな。」

 そういってプリントを渡される。

「はい?」

 思わず、聞き返す。え、なにそれ聞いてないよ。いや、聞こうとしてなかっただけか。

「いや、分からなかったら教科書見て調べても大丈夫だから。」

「はい、ありがとうございます。」

 言葉だけの返答を返す。施しは受けない。最初から、やることは決まっている。


 今の俺は、そんな、生温い手は使わない。


 全ての教科の再試が終わった。何とか7割近くの点数は取れているだろう。

「お疲れ。出来はどうだった?」

「多分大丈夫です。」

「そうか、良かった。」

「これで終わりですよね?」

「ええ、これで終わりです。」

「ありがとうございました。」

 そういって鞄に手をかける。

「ああ、これで6割を超えていれば、本試で3割とった扱いになるからね。」

 先生がそう告げて、教室を後にする。

 俺は、その場から動けなかった。

 なんで?俺、教科書見てないよ。


 気がつけば、辺りはすっかり暗くなっていた。

「そうだ。教科書、教室に置きにいかないと。」

 必死にそう呟く。全身の力が抜けていく。心だけでも、強くなければ。


 状況を思い起こす。俺は本試を受けられなかったから、今のは追試。

 ああ、そうか。結果だけ見ればいいんだ。

 大丈夫。大丈夫。


 教室に戻るとそこでは、茶道部の女子生徒がたむろしていた。

 一番会いたくなかったな。そう思い、自分の席に教科書を入れる。

「ねえ、茶道部でお菓子作って余っちゃったから、いらない?」

 わざわざ下を向いている俺の視界に入ってきて、そう告げる。

 そいつの名は朝賀 彩夏(あさが さいか)。髪は黒髪のショート、ガキみたいに大袈裟にはしゃぐ奴だ。相変わらず、耳障りな声だ。

 今は、そんな気分じゃないんだ。施しは受けない。過程はもういい。

「いらない。」

 そう返答し、その場を後にする。

 取り巻きの子は「彩夏がせっかくいったのに!」と怒りをあらわにしていた。

 知ったことか。


 昇降口に着くと、他校の女生徒が包みを持って待っていた。

 ふと目が合うがすぐに逸らす。

 ...わざわざ他校から持ってきてもらう奴がいるなんて羨ましいな。

 ふいに涙が出る。

 逃げるように、その場を後にし、帰路に着いた。


 自分でも、最低な選択をしたと思ってる。

 それでも、俺にはそれしかなかった。


 結果だけが残る。

 自分の夢を思い起こす。

 誰かを救う?馬鹿馬鹿しい。先程人を傷つけておいて、力になるのはおこがましい。


 いや、待てよ。『金を稼ぐ』ってことは、誰かの力になった結果だ。

 そうか、結果が全てだ。

 誰からも愛されず、誰からも悼まれず、唯両親に今まで育ててくれた分の金を叩き返して自殺する。

 その結果なら俺が生まれて無かったのと変わりないな。


 ―だって、誰も見舞いに来なかったんだから。

 周りを切り離してからは驚くほど簡単だった。

 何を言われても平気だった。何をやっても平気だった。


 その晩夢をみた。無様に泣きじゃくる自分、それに対する家族の反応。


********************


「僕、こんな傷、嫌だよ。」

「何言うとる。その傷は、お前の勲章や。」

「そんなのやだぁ。」

 徐々に視界がかすれていく。

 こんなんじゃ、見捨てられちゃう。

 こんなんじゃ、嫌われちゃう。


 みんなはいいなぁ。

 運動もできて、かっこいいって言われて。

 僕だって、運動が出来たら、一生懸命練習するのに。


 夢の中だけでも、健康で、いたいなぁ。


「何寝とる。あんたは運動なんて出来やんのやから、さっさと勉強しい。」

「ほっとけ。そいつが将来稼げなくて、野垂れ死にしても、俺は知らん。」

「...分かった。勉強するよ。」


 夢は、この時に、すでに芽生えていたのかもしれない。


********************


 そして、月日は流れ、クラスは変わる。

 新しい環境でもやることは変わらない。適度な距離感を持って人に接する。

 休日は病院であることをごまかして過ごす。

 ただのそれだけ。

 そうやって、半年の月日が流れる。

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幸福のための必要最小限の犠牲を 古日達 奏 @kanade_kohitachi

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