第18話 17.カマドネココセキノハイモマヂリケリ

ワード17.『戸籍』。

 これこそまさに、寺山修司さんのワードだ。前に挙げた『異母』は雰囲気だけだったが、『戸籍』は確実に作があるはず。『戸籍』は「住民票」とは違う重みがある。『エクレア』はどちらかというと「住民票」に似ている気がする。では、『戸籍』は、と考えると「ミルフィーユ」? いやもっと重たい、冷蔵庫とか、墓石とか、コンテナ船とか、そういうイメージ、それは結局「棺」なのかもしれないと、ふと思う。

 短い期間に両親を続けて亡くした僕にとって、『戸籍』はひじょうに身近に感じられる。父の『除籍全部謄本』を取り寄せた際の、精緻な筆文字で記された曽祖父の記録などを、歴史の教材ででもあるかのように読みふけり、いつしか父の死も、同じ歴史の一部へ後退してしまったかのように感じたことを、思い出す。葬儀の後の、さまざまの会員権や返済関係を整理に奔走した半年の間に、僕は、生前の父の記憶の実感を、その重みや湿度を、すべて失っていることに気づいた。父は戸籍の×印においてのみ、歴史上の事実であった。


 そして俳句を作るのだが、結論としては、『戸籍』から『戸籍』性を剥奪することはできなかった。わたしは『戸籍』に許されるフィクションである「本籍地」を手がかりに歳時記をよみ、「動物」「植物」に、解放を託した。そして、「炎」である。


 文月の戸籍抄本炎上す

 いわし雲戸籍にのこす本籍地

 すかんぽをおもひ戸籍を複写せむ

 秋灯の窓に戸籍の余りある

 燈火親し己が戸籍を持ち寄りて

 緑陰や戸籍ばかりの本籍地

 ×多き戸籍役場の辛夷古り

 蟻這う戸籍が時のさかのぼる

 雪柳戸籍に×のまた一つ

 ダアリアの切花包む戸籍かな

 藤下がるベンチに戸籍忘れをり

 冬菫戸籍配達人の靴

 竹の秋午後は戸籍をとりにゆく

 チューリップポストに厚き戸籍くる

 百日紅戸籍の内に婉然と

 冬鷗戸籍の示す地図の果て

 末黒野に戸籍本籍焼け残る

 戸籍にはバナナの文字の見当たらず

 パリ祭に出力されし戸籍かな

 空蝉のごとく×ある戸籍かな


 戸籍は重い。本人のあずかり知らぬところで戸籍は太っていく。


表題句


カマドネココセキノハイモマヂリケリ


これを、墨のきれっぱしで崩れかけた白土壁に、折れ釘流で書き殴りたいと思った。今回はこれで。 

 

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