第13話 12.薄氷の融けきるときの楕円かな
ワード12.楕円。
楕円も僕にとっては重要な概念だ。固定した二点と移動する一点による三角形の周長が常に一定である移動する点の軌道、という作図的特徴にひかれるのである。無論、円は美しい。だがそれは、いかなる円であっても相似形としてしか存在できず、いかに運動しようとも変化しない。円は熱死している。美が永遠に変わらぬものであるとすれば、まさに円はその条件を満たすであろう。それはだが、生命をもたないと思う。僕はバロック的楕円に生命、躍動、多様性を感じる。円は楕円になれない。だが、楕円は円になることができる。というより、特殊な楕円が円なのである。
楕円の箱。楕円の桶。楕円のボール。楕円の眼鏡。楕円はオーガニックであり、エルゴノミクスであり、バイオミメティクスであり、妖異であり、偏奇であり、天体軌道であり、振動するヒモである。
一時、自転車のクランクに楕円形が流行したことがある。これは定期的に流行するもののようで、ペダルを踏み下ろす距離を長くすることで、より推進力を増やす目的の楕円と、人間の関節の動きを真円に帰結させることが、身体に負担をかけるので、なるべく関節の連動によって描かれる軌跡に近づけるという目的の楕円とがあり、僕が中学の通学につかっていた自転車が後者の理由による楕円クランクであった。当初はひじょうに違和を感じたものだが、そのうち慣れた。今思えば、またあの違和感を楽しんでみたい気もする。
などと、楕円について色々思いを巡らせてはみたが、俳句と楕円? 少し先行例を引いてみたい。
夏の暮楕円を閉づるごとくなり 正木ゆう子
紙いっぱいに楕円を書いて暖かし 池田澄子
楕円形の何かをよむのではなく、楕円のイメージをよんだ句を二つ。楕円を具象にするか、抽象にするか。それが問題だ。では、作ってみよう。イメージ的に楕円は春ではないかと当たりをつける。
春の日の楕円はスーパーボールの影
春の虹飛びだすサクマドロップの楕円
斑雪樹下に楕円の兎かも
タピオカの楕円次々春暑し
夏空の重力レンズ楕円なり
のどけしや鈍き楕円の中にをり
焼山の焔楕円を焦がしけり
楕円なるもの多かりし夏祭り
陽炎に楕円となりし日章旗
様々の楕円となりぬ朧月
風光る帽子の箱の楕円なる
春の水波紋わづかに楕円なり
春泥に四つ楕円のへこみかな
おそらく、もっと楕円は突っ込んだ句がつくれるはずだと思う。だがまだそこに届かない。そして表題句。
薄氷の融けきるときの楕円かな
この句を作って、「固形石鹸も薄くなると楕円になるな」と思い、その薄い楕円となった固形石鹸の姿をまじまじと思い起こしていた。その石鹸をみると僕はいつも、磨製石器、と呟いていた。それは建て替える前の家の風呂での話だ。
今回はこれで。
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