第12話 11.サーカスのテントに似たる秋の犀

 ワード11.サーカス。

 大きなテント。キャラバン。ジンタの音。いつの間にか来ていつの間にか跡形もなく去っていく、非日常祝祭空間の権化。人も獣も道具もみんな同じファミリーとして各地を転々とするジプシー。それぞれが肉体の能力を極限まで磨き上げ、それを見世物として興行を打つ、ある意味でアンタッチャブルな世界。エンターテーメントの元祖であり真髄。このサーカスを、だが僕はただ一度しか見たことがない。

 妹はひと夏サーカス団でアルバイトをしたりして、表裏に精通していることから、ぜひ今回のワードで何か製作してみてもらいたいとも思う。彼女は、短歌も俳句も小説も修士論文も好成績を収める才女である。

 閑話休題。

 サーカスを俳句によみこむのは、案外不自由だ。サーカスを「テーマ」に、ということなら、空中ブランコ、トランポリン、綱渡り、猛獣使い、などを取り上げることもできるが、ざっくりと「サーカス」となると、焦点をどこにおくかが悩ましいところだ。そういえば、縄抜けや、ナイフ投げなどもサーカスの演目だろう。知り合いが一時、それで飯を食っていたと吹聴していたことを思い出した。ただこれは思い出したというだけのことで、詳しいことを聞いたことはない。

 さて、俳句だ。


 秋の風サーカス小屋に旗多し

 月影のサーカステント無辺なり

 サーカスは夜濯と獣の臭ひ

 サーカス跳ね人それぞれの愁思かな

 サーカスの看板朽ちる枯野かな

 青草やサーカス小屋の裏の檻

 涅槃西風サーカス小屋の軋みけり

 春の闇サーカス小屋の裏の家

 冴返るサーカス小屋のもぎり台

 満員でサーカス小屋のかげろへる

 サーカスに裏口あればサングラス

 サーカスの轍を隠す雪の果て

 春泥やサーカステント跡の穴

 三日月やサーカス小屋の屋根の旗

 朧月のサーカスの旗垂れてゐる

 サーカスのテントに迫り雲の峰


 僕のサーカスのイメージは、つまり「サーカスのテント」なのだった。アルバイトをしていた妹をときおり迎えにいったときに幾度も見た、広大な芝生広場にそびえる巨大なテント。そこに歴史と生活をすべて詰め込んで移動する「魂」が、一瞬で現れ、一瞬で消え去る。そんな不思議な空間だった。

 そして、表題句。


サーカスのテントに似たる秋の犀


 地元の(といっても、高速道路で2時間くらいかかる)動物園の大好きなマレーバク舎の隣が犀舎だ。犀、とくに老犀は、テントのようだと僕は常々思っていた。それは巨大で、静かで、歪で、ゆっくりと移動し、ある日突然にいなくなる。僕は犀が好きだ。

今回はこれで。

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