第6話 5.数え日の片目を塞ぐドライアイ

 ワード5.『ドライアイ』

 言葉が含む事象が意外と広いこの『ドライアイ』。

夏井いつきさんの句に、


ドライアイな日々をシクラメンの真っ赤


がある。

「旱」「霾」「黄砂」「春塵」。風関係だったり、埃関係だったり、乾き関係だったり、目に関することから、視覚的な季語、見る、瞬き、睡眠、など、どこに焦点を絞るべきか迷うワードだ。

 僕にとっての「ドライアイ」は「母」である。

晩年、母は「ドライアイ」に悩み、涙腺を広げる手術を受けた。だがその結果、右目の涙が止まらなくなり、終始ガーゼを目にあて、眼帯をしなければならなくなった。このため、人前に出るのが好きで、毎日忙しくカルチャースクールに通っていた母は、ふさぎ込むようになり、終日寝室から出てこなくなった。

 座布団のようなガーゼを右目にあてて、幽霊のように廊下を歩く母の後ろ姿と、そのスリッパを引きずる音を今も憶えている。

 だが、今回のワードは「ドライアイ」だから、母の術後を描写できる射程をもたない。それでもやはり「母」の面影を写さずにはおられなかった。


 ドライアイ母は春待つこともなし

 ドライアイ映ししものに冬北斗

 眼帯にシリウス隠すドライアイ

 凩を瞼に受くやドライアイ

 獏枕うつ伏せに寝ぬドライアイ

 ドライアイ目薬もなく雑魚寝かな

 眼帯の布団の如きドライアイ

 外套も脱がず目を閉づドライアイ

 雑炊を凝視し続けるドライアイ

 ドライアイ春待つこともなかりけり

 

季節はなんとなく冬だ。陰鬱で乾いた風の強い薄暗い冬。窓の外は重苦しい曇天で、鳥なのか枯葉なのかわからぬものが礫のように真横へ飛んでいく。風の音。部屋の電気もつけず、ベッドに凝然と座っている母の顔には生気はなく、時間もなく、ただ「今」という後悔が貼りついているようだった。


そして、表題句。


数え日の片目を塞ぐドライアイ


 母は、新春を迎えることなくこの世を去った。享年68。

 今回はこれで。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る