魔法屋は星月夜に旅をする
そら
第1話 ひとりぼっちの黒猫 episode1
魔法が便利なんて、誰が言い出したのだろう。
「……次のニュースです。先週、初回運転を迎え、同日に脱線事故を起こした魔導列車の救出作業が続いています。事故発生から1週間が過ぎましたが、未だ行方不明の乗客が多数おり……」
嫌なニュースが流れ、ヤタロウは古いラジオの電源を切った。暇つぶしで聞いていたけれど、そろそろ出かけた方がよいので潮時だったのだが、気分のよい終わり方ではない。軽く頭をふり、ヤタロウは部屋の灯りも落とした。
ギシギシときしむ重い扉を閉め、ヤタロウは夜空にため息を一つ吐き出す。白いため息が星の瞬く濃紺の空へと登って行くのを見届けて、ヤタロウは自分の小さな店へ背を向けた。
街から少し離れた森の入り口にひっそりと建つヤタロウの魔法屋は、看板もないので一見するとただの山小屋のように見えるし、なんなら枝を大きく広げた木々に隠されてそこに建っていることさえも気づかれない。人通りの多い道沿いにあるわけでもなく、周りには他に家もないので、夜中に出歩くヤタロウを気にする者は誰もいない。
「もうすぐ冬がやってくるかな」
ヤタロウは外套のポケットから手袋を取り出した。寒くなってくると、仕事に出るのも億劫になる。けれど、今夜は星月夜だ。満月が煌々と輝き、星々が宝石のように煌いてる。普通の満月の夜は、月の明るさで星灯りはかすんでしまうが、星月夜は違う。星も満月に負けじと輝き、辺りを照らす。
星月夜は魔法と相性がいい。魔法職人たちのなかでは星月夜に造られた魔法は異彩を放つ出来栄えのことが多いと言われているし、ヤタロウたち魔法屋の中では星月夜は特別な魔法を買い付けられると言われている。おそらく多くの魔法屋がヤタロウのように買い付けに旅立っていることだろう。
やわらかな光が照らす道をヤタロウは黙々と歩いて行く。今夜の目的地である魔法工房の主人は、頑固だが心根の優しい老婦人で、星月夜にしか工房を開かない。彼女の作る魔法は独創的で、二度と同じものは作らないから一点ものばかりだ。他では手に入らない魔法を求めて、ヤタロウは貴重な星月夜に必ず彼女のもとを訪れる。
こぼれ落ちそうな星空を見上げながら、ヤタロウは木々の間の細い道を進む。知らない人が通れば見逃してしまうだろう道を、迷いなく。そうして進んだその先に、小さな丸太作りの家が見えた。
「あれ?」
思わず声に出して、ヤタロウは首を傾げた。いつもまろやかな灯りがもれている窓が、真っ暗だったのだ。不審に思いながらドアに手をかけると、ぎぃっと音をたてて、いつも通りに開いた。けれど、いつも通りだったのは、それだけだった。
「こんばんは」
声をかけても答えはない。しんと静まりかえった工房に人気はなく、ヤタロウですら何に使うのかわからない道具の影が見えるだけだった。
いや、もう一つ。目を凝らしたヤタロウは、工房の奥の扉の前に影を見つけた。黒い服を着て立ち尽くす影。
工房の奥にいたのは、小さな少年だった。
魔法屋は星月夜に旅をする そら @hoshizora_cat
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