再開3
ましゅろに通話をかけた瞬間、聞こえてきたのは彼女の号泣した声だった。
呆気にとられ私は二の句が継げない。
つばさちゃんは対応力のあるできた女の子だ。
だから、この状況でも適切な返答をくれると思っていたし、大体の予想を立ててもいた。
ましゅろのキャラクターを演じながらも、ティシューを家から追い出した理由を嘘を交えてでも納得でき、ティシューはそれに対して真摯に答え仲直りするという算段だ。
その追い出した理由の真実は私が嫌いだからというストレートな理由だが、そこをごまかしてオブラートに包んで説明してくれると思っていたが。
ましゅろがとった行動はわんわんと泣くことだった。
勘弁してくれ…まさかつばさちゃんは泣いて(多分嘘泣き)この場を有耶無耶にしようと思ってるのか。
実際、リスナーも突然ましゅろが泣き出したので、困惑してしっちゃかめっちゃかになってる。
コメント;
『泣かないで』
『理由なんて気にしてないから泣かないで』
『もしかして俺らが追い詰めてしまった…』
『ごめん二人の問題に俺らが首突っ込んでしまったばかりに』
『泣かないでくれぇ』
リスナーは置いてきぼりになっているにも関わらず、ましゅろを気にかけるコメントをしてくれている。
さっきまでましゅろに対して、言い方によれば攻めてるような態度のリスナーもくるっと掌を返していく。
そりゃぁ、誰しも可愛い女の子の涙に弱いもんですよ。しかたない。
だが私は少し幻滅していた。
頭の回転が早く、最適解を瞬時に導き出し完璧にこなしてしまう彼女が、まさか泣いて許されようとしているのか。
お泊まりをするはずのティシューを追い出した件が、泣いて無かったことになると思ってるのか。
私がつばさちゃんに苛立ちを感じていると、Iscordのチャット欄にましゅろからメッセージが飛んでくる。
【合わせて】
たった一言。
合わせて…話を合わせろということだとすると、何か考えがあって泣いてるというのか。
考えなしでつばさちゃんは号泣してるわけではないと知り、苛立ちの溜飲は収まりその代わり期待が込み上げてくる。
つばさちゃん、何かしでかしそうだ。
よしのった、ましゅろの話に合わせ、つばさちゃんの描いてるシナリオに乗っかってみるか!
「ましゅろ、ゆっくりでいいから説明して欲しいんだ。なんであの時お泊まり会を中止したのか、僕怒らせることしたかな?」
ましゅろが泣いてては話が進まないので、自然な形で先を促すよう彼女にパスをする。
ひっくひっくと泣くのを我慢しながら呼吸を整えるましゅろ。
これが嘘泣きなら女優も凌駕する実力の持ち主だろう。
「うん、ティシューは私を怒らせたよ!!」
まだ泣き止んだばかりなのか、舌足らずな声で語気を強めるましゅろ。
そして一泊空き、微かに息の吸う声がヘッドホンから聞こえてくる。
あ、また耳がなくなるかも…
「ティシューが他の娘とコラボばっかするからだよおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!!」
キーンと音割れ。
脳内に響くましゅろのパワフルボイスに頭を揺らされ、意識が飛ばされかけたが、グッと堪える。
「え!そ、そんな理由で怒っていたの」
「そうだよ!!最近他のキャラタイムズメンバーの娘とコラボしてるじゃん!!あむあむちゃんとか、きらり先輩とかと仲良く配信しちゃってさ!!私という存在は忘れたんですか!」
「いや、オフコラボの1週間前もコラボしたよね?」
「毎秒コラボしろ!!」
そんな無茶な。
世迷言を宣うましゅろに徐々に張り詰めた空気が和やかな雰囲気に変わっていく。
他のVtuberにてぃしゅーを盗られてしまうと思う不安と、自分をかまってくれないことの苛立ち。
オフコラボでティシューを家から追い出してしまったのも、自分を見てくれないティシューに嫉妬してしまったからだ。
と、つばさちゃんの筋書きだとこんなものだろう。
結果的に泣くことでリスナーを同情させ、彼女のペースに持っていったのだ。
なんと萌えるてぇてぇな展開だろうか。
即興でよくここまでの展開を考えたものだ。
「そんなに僕とコラボしたかったんだ。もしかして嫉妬してたのぉ」
「そうだよ!嫉妬しまくりだよ。私と一緒にいるはずなのに、ティシューが他の娘と楽しくしてるのを思い出して、素直に喜べなかったの」
「ま、ましゅろ」
うぐ!!
強すぎる、可愛いすぎるんだが。
限界化しそうになり、太腿をつねり必死に正気を保つ。
「私のわがままで無理やり帰らせちゃったから、余計気まずくなってコメントできずにいたんだ。ごめんなさい…」
少しの沈黙。
「ってことはましゅろは、嫉妬で僕につんけんしてたってことでいいかな」
「うん、許してくれる?」
「許すも何も僕にも責任があったってことだし、お互い様だよ。今度は僕の家でオフコラボしよっか?」
「ぇ゛…うん!嬉しい!!」
おい、一瞬素で困った反応をするんではない。
私もつばさちゃんと敵意向けられながら同じ空間にいるのきついんだからね、でもリスナーのために仕切り直す必要があると考えた。
またオフコラボ(お泊まりも含め)をする約束を交わし、これにて一件落着。
コメント:
『結局ただのいちゃいちゃで草』
『壮大な前ふりのてぇてぇ満足でした』
『ましゅろは嫉妬深いって新しい武器を手に入れた』
『今度こそお泊まり会して事細かに報告待ってます』
『それな』
コメントもだいぶ落ち着きはじめ、私とつばさちゃんの間に生じるトゲトゲとした嫌な空気を察知されずにすんだ。
視聴者数も気付けば3万を超えている。
通常の配信で最多の人数を集める快挙には喜びたいが、一歩間違えば炎上していたかもしれないことを考えれば素直に喜べない。
コメントの反応は悪くないが、世論はコメント欄だけではない。
時間を経ち、いろんな方面からの意見が揃って初めてこの配信がどうだったのか評価が決まる。
だから、気を緩めず配信をきっちり締めなければ。やってしまったのだから後は世間の反応をまつしかない。
ましゅろとの通話も適度に終了して、スーパーチャットをしてくれたリスナーさんの名前を読み上げていく。
その中でも、拾えるコメントは拾い普段の配信に空気が戻りつつあった。
「今回の放送はこれぐらいにするね。それではごきげんよ〜」
終わりの挨拶で配信をしめる。
配信終了ボタンを押して、配信が切れてるかチェックも忘れずに確認する。
「ぶへぇ〜」
肩に溜まっていた力を抜き、溜息と共に緊張感が体から一斉に出でいくのがわかる。
ゲームチェアに全体重をのせ伸びをして、ゆっくり目を瞑る。
私は浅倉桃子、頭の中でそう唱える。
朝美 ティシューというVtuberから浅倉桃子に入れ替わるための私の儀式だ。
100%役を演じてる私にとって、ティシューとしている時間も生活の一部となっている。
ティシューになりきってる時間が長くなるとどうも、日常でもティシューの考えに浸食されていく感覚になるのだ。
だからこそ、浅倉桃子と朝美ティシューを切り替えるための暗示。
ポーンポーンポーン
Iscordのボイスチャットの着信音が鳴る。
PCの画面をみるとましゅろからの通話だ。
あ〜絶対キレてるわ。
私が相談なしで、ましゅろにボイスチャットをした件で嫌味のひとつや二つ言われるだろうな。
ましゅろがコメントを何か残しておけば、リスナーに二人の間に生じた違和感を察せられてなかったはずだ。
だから私は悪くないと、自己肯定をすましボイスチャットに許可ボタンを押し、通話に出る。
「本当にごめんなさい、今回の配信は私が全て悪いわ」
通話にでた第一声はつばさちゃんの謝罪だった。
私は嫌味か悪口を言われる覚悟で通話に応じたので、肩透かしを喰らう。
私もつばさちゃんに悪く言われたら言い返そうと思っていたから、彼女の行動に唖然とした。
ティシューの配信にコメントで現れない、ましゅろとして不自然な行動を少しは咎めようともしたが、先に謝られてはこちらは何も言えない。
「だ、大丈夫だよ。結果的にはなんとかなったし、私も相談せずにましゅろにボイチャしたわけだし」
「あのボイスチャットだって、ましゅろとティシューが喧嘩してる風に装って、仲直りを持ちかけるためだったんでしょう。いい起点だわ」
「う、うん。やっぱり意図は理解してくれてたんだ。泣き出した時はどうかしちゃったかと思ったよ」
「ましゅろだったら、一方的に怒って感情的になって泣いてしまうと思ったの」
「流石だよ、嫉妬のせいでティシューに冷たくあったていたことにしたなんて」
昨日のつばさちゃんとは見違えるくらい、今のつばさちゃんは私の言葉を聞いてくれている。
だから、私は疑問に思ったことを口にしてみる。
「それでつばさちゃん。なんでましゅろは今回に限って、ティシューの配信にコメントしなかったの?」
つばさちゃんの息を飲む気配を感じる。
聞かれたく無かったことかもしれないが、答えないとは言わせない。
「私のことをどう思っても構わないけど、ティシューとましゅろの関係性を今更変えたいだなんて言わせないよ。私たちは仕事でやってるプロでしょ」
「どうしていいかわからなかったのよ。浅倉さんとティシューが同一人物だったことが受け止められていなかった、だからティシューに何を言っていいかもわからなくなったの」
最初は落ち着いた声音だったつばさちゃんは徐々に熱を持ち始め、いつのまにか悲痛な叫びになっていた。
彼女も混乱していたのだ。Vtuberとして出会った仲間が、実は知り合いで、しかも嫌いな人間だ。
「だけど、今回の配信で吹っ切れたわ。浅倉さんの顔見なければ、案外ティシューと普段通り会話できることもわかったし」
「じゃあ、私たちやっぱり仲良くできるかもよ」
「はぁ!冗談言わないで、浅倉さんと仲良くなんて死んでもしない。私が言いたのは、ティシューと浅倉さんを別の存在として認識できたってって言いたいの」
そんなに浅倉桃子とは仲良くしたくないのね。この小娘なんと強情なんだ。
「これからは私たちティシューとましゅろである間は仲良くすることにしましょ。ビジネスパートナーっていうか、ビジネス友達ってとこかしら」
「そうだね、それで全然構わないよ」
つばさちゃんが割り切って考えてくれるならこっちもそれで構わない。
私もリアルでつばさちゃんとどうなりたいわけでもない。
ティシューの活動に差し支えなければ、つばさちゃんが私にどう思おうと勝手にすればいい。
つばさちゃんが私をビジネスパートナーと思ってくれるなら、逆に遠慮もしなくていいのかも。
友達として意識しなくていいのはかえって好都合だ。
私はつばさちゃんにビジネスパートナーであるからこそできる提案が浮かぶ。
「ましゅろ、僕には夢があるんだ」
わざとらしく、ティシューの声でつばさちゃんではなく、ましゅろに声をかける。
「どうしたの」
つばさちゃんより高いトーンの声がかえってくる。
普段のましゅろの時の声だ
意外とノリがいいな。
「キャラクタイムズの第一期生で、現Vtuberトップの青空セカイ先輩を越えること」
私がVtuberになることを決めた要因になった存在。
「キャラタイムズ」一期生の大先輩である青空 セカイは、現在のVtuber業界でチャンネル登録者数や動画総再生数、そして同接人数どれをとってもトップの化物Vtuber。
彼女がティシューの超えたい存在であり、私がVtuberでいる意味。
そう私は、
「ナンバーワンのVtuberになりたいんだ」
私の夢を笑うこともなく、静かに聞くましゅろ。
「でもね僕だけでは力不足なんだ。ましゅろ、君の力を貸して欲しいんだ。僕と一緒にナンバーワンになろうよ。僕たちならそれができる!!」
ティシューにしては少し感情が入り過ぎてしまったが、私の本心をぶつける。
「要するに私を利用してセカイ先輩を越えたいってだけだよね」
「うん!!そうだよ」
「は、はっきりいうんだね」
「その代わり僕も存分に利用してよ。ましゅろと”僕”は相性抜群だからね」
つばさちゃんは気に食わない生意気な小娘だけど、Vtuberの実力はセカイ先輩に引けを取らない。
彼女の力を借りれば、怖いものはないと思えるぐらいには信用している。
「そうだね、私もセカイ先輩は越えたい存在だったから好都合だね」
嬉しそうな、高揚したましゅろの声。
「私もティシューを全力で利用してあげる!二人でセカイ先輩を越えよう。そして最後にティシューを倒してあげる」
「ふふ、それはどうかな。ナンバーツーにはしてあげる」
「生意気だね」
「そちらこそ」
笑い合う二人。雰囲気だけはゆるく可愛らしい女の子の会話だ。
しかし、話の内容はとてもドライで、利己的な会話。
これからは友達のティシューとましゅろではなく、互いに高め合うパートナーとしての関係に変わる。
私とつばさちゃんの過去の因縁はあるが、ビジネスパートーナーとして認識すればどうってことない。
友達として変に気遣うより、嫌われてもいい存在だからこそ思ったことをそのまま口にして共有しあえる。
つばさちゃんが何も言わず姿を消して1年、私とつばさちゃんとの時間は止まっていたが、今日本当の意味で動き出したかもしれない。
ナンバーワンVtuberを倒すため、私たちの一時的な協力関係が結ばれた。
Vtuberの同期が因縁の相手だった件 適当にもほどがある @tekitounimohodogaaru
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。Vtuberの同期が因縁の相手だった件の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます