再開2
コメントが画面に流れてくることが特徴的な動画サイト、ニヤニヤ動画。
ニヤニヤ動画の配信コンテンツ、ニヤニヤ生放送で配信活動をする者を、生主という略称で親しまれている。
私はVtuberとして活動する前、ニヤニヤ動画で生主として活動していた。
今では二次元のキャラクターの体を借りて配信活動をしてはいるが、「もっちゃん」と言うハンドルネームを使い、生身の自分として配信していた時期があった。
そんな生主もっちゃんには、ライバル的存在がいる。
齢16にして生放送で平均1万人の人数を集める生主『ばっちゃん」。
顔出しはしていなかったが、幼さの中に落ち着いた大人の雰囲気を感じる声。その声か発せられるオタク顔負けのアニメ漫画談議や、セクハラコメントにも反応して面白く話題にする対応力。
素人だからできるフットワークの軽さもあり、いろんなイベントにも出演し、たちまち人気生主に上り詰めていく。
彼女のことを私は勝手にライバル視して、彼女を超えるために生主として精力的に活動していた。
しかし、私の闘志とは裏腹にもっちゃんは突然、ニヤニヤ生放送で配信をやめて、消息不明となる。
リアルで交流のあった私は何度か連絡を取ったが、反応はなく足取りをつかめないまま現在に至った。
もっちゃんという生主は、次第に話題に上がらなくなり、過去の人として語られている現状。
だが私は、彼女の影を追いかけ、生主としてニヤニヤ動画で配信を続けていた。
そんな時、朝美ティシューとしてVtuberデビューのオファーが舞い込んできて、惰性で続けていた生主をやめてVtuberに転身を決める。
Vtuberは最近できたコンテンツだが、二次元キャラクターがリアルに介入する没入感は好きだったし、詳しくはなかったが興味はあった。
そしてなによりやりなおせると思ったのだ。
今のマンネリ化した生主「もっちゃん」からVtuber「朝美ティシュー」として生まれ変われば、また何かを見つけ出せると。
私は新しい目標が欲しかったのだ。
自分の道の先の標となってくれるものがVtuberになれば見つけられると思ったのだ。
そんな思いもあり、Vtuberグループ「キャラタイムズ」に所属することを決めた。
それからVtuberデビューをはたして2ヶ月経ち、その中で私はある一人の女性Vtuberと出会う。
「キャラクタイムズ」の4期生、白宮 マシュロ。
私の同期として、デビュー時から一緒に切磋琢磨してきた友達であり、同時にライバルでもあった。
電話も何度かしたことがあり、趣味の話やVtuber談義を繰り広げ熱く語り合ったりもした。
「今度一緒にオフコラボしようよ」
ましゅろから誘われる形で、初めてましゅろとオフコラボをすることになり、顔を合わせたことがなかったが、私も一度ましゅろとリアルで会ってみたいと誘いに乗った。
しかも、お泊まりまでさせてくれると言うことなので、ここで一気に距離が縮められるとも思ったのだ。
その当日、ましゅろに会うということで期待半分、不安半分でいた。
ネットの知り合いがリアルであったら印象が変わり、関係性がギクシャクするなんてよくある話で、私とマシュロもSNSや配信では交流があるがリアルでは全くなので、同じようなことがないとは言い切れない。
朝美ティシューはめちゃくちゃ可愛い猫耳の女の子だが、中身の私は三白眼で癖っ毛の野暮ったい女なのです。
幻滅されるかもしれないとつい悪い方向に考えがいってしまう。
なので、そんな不安を抱えつつマシュロが住んでるマンションのインターホンを、震えながら押す。
エントランスに通され、そして緊張の中ドアが開く。
「はじめまして~。朝美ティシューです…え?」
ドアの向こうから人の姿が見えたので、ましゅろだと思い私が第一声を発する。
しかし、ドアの向こう側には初対面のはずが見知った顔がいるではないか。
「つばさちゃん?」
「げ、浅倉さん…なんであなたがここにいるわけ…」
「私が朝美ティシューなんだよ。ははは、久しぶりだね。もしかしなくても君がマシュロちゃんだよね」
「…うん」
突然姿を消した人気生主「ばっちゃん」こと「中川つばさ」と、私はVtuberとして再会することになった。
「つらたん」
自室で虚空を見つめ、マシュロとのオフコラボまでの経緯を思い出す。
今日はオフコラボがあった次の日で、配信後のお泊まり会について報告する、雑談配信を行う予定になっていた。
私自身、昨日の出来事を整理できないまま今に至るわけで、頭の中はとっ散らかったままだ。
何故つばさちゃんは誰に何も伝えず生主をやめ、Vtuberとして活動してるのか。
そして、なぜ私に敵意をむけてくるのかわからないことばかりだ。
てか、それよりもつばさちゃんがましゅろだったことに衝撃を受けてるわけなのよ。
Vtuber白宮ましゅろといえば明るくおバカな可愛い系女の子なのだ。
よくよく考えればつばさちゃんの声に似てるというかそのままだけど、「ましゅろ」の元気いっぱいな振る舞いと、落ち着いたトーンで話を淡々と繰り広げる生主「ばっちゃん」を同一人物と思えるはずがない。
つばさちゃんの性格は生主「ばっちゃん」よりで、冷静沈着で若いのにしっかりとした子なので、「ましゅろ」は演じているのだろう。
甘い声で「ティシュー好き♡」とスキスキアピールをされ、何度抑え切れず鼻血を出しただろう。
つばさちゃんとして私に言うはずない甘い言葉をましゅろではたくさん言われた。
あれもティシューの正体が浅倉桃子と知った今、二度と言われないのだろう。
だって私は彼女に嫌われている。
いや、まてよ。
つばさちゃんって最初から私に冷たかったっけ?
つばさちゃんと初めて対面した時、確かつばさちゃんから会いたいと言ってきたような…
「もっちゃんさんの名前、桃子って言うんですね。私、桃子さんって呼んで良いですか?」
「私、桃子さんとリアルで繋がりたいんです」
モヤがかかった記憶、しかし記憶の中の彼女は私に屈託のない笑顔を見せていた。
ぴりりりりり
アラームの音で意識が現実に引き戻される。
配信開始15分前のアラームだ。
うだうだと考えていたものを一旦すみに置いて、配信者としてのスイッチを入れる。
今私に必要なのは、昨日のましゅろ家でお泊まりしたことを面白おかしく、そしててぇてぇなトークに落とし込むことだ。
実際はお泊まりすることなくましゅろ家を追い出され、お泊まりした風に話をでっち上げろと言われたのだが。
困ったものだが、生憎私は嘘をつくのは得意な方で、今回のお泊まり会でっち上げ話も難なくできるだろう。
頭の中でありもしないストリーを組み上げていく。
大きく息を吸う。
デジタル時計が18時に切り替わる。
時間だ、パソコンの画面に私のもう一つの体ティシューが現れ配信が始まる。
ここから私は朝美ティシューだ。
「よろしゅー、朝美ティシューだよ。聞こえてる~マイクの音量大丈夫かなぁ」
コメント:
『よろしゅー』
『きこえてるよ』
『まってました』
『よろしゅー』
『ちょうど良い音量だよ~』
『ほんと声が癒し』
コメントを確認して、配信がしっかり行なえてるか確認する。
よし、いっちょやりますか。
「今回は、昨日のマシュロとのオフコラボ後、お泊まり会について語っていきたいと思ってるよ」
コメント:
『まってました』
『はやくてぇてぇをくれ』
『わくわく』
『はよ』
期待してくれてるコメントを見ると、少し後ろめたさを感じてしまうけど、もう引き戻せないと腹を決める。
「配信後、夕食を一緒に食べることにしたんだけど、ましゅろが作ってくれるって言うから食べてあげたんだぁ」
コメント:
『食べたい』
『上から目線で草』
『ましゅろの手料理とか媚薬もられてそう』
『それな』
「ははは、ましゅろも流石にそこまではしなかったねぇ、僕も手伝えるところは手伝ったんだよ」
そして、私は予め用意していた画像を配信画面に共有する。
そこに映し出されたのはハンバーグを焼く前の写真。
「これはハンバーグを作ってる写真。僕がましゅろの分をこねて、僕の分をましゅろがこねたんだ」
もちろん全部自作自演なので、画面の写真に写ってるハンバーグは、私が一人寂しく作ったものだ。
料理はそこまで得意じゃないけど、自炊はしてるので、ハンバーグくらいは作れる。
コメントの反応も上々なので、よくできてるのだと思いたい。
ハンバーグを作ってる写真をいくつかスライドショー感覚で見せていく。
「そしてこれが二人で作ったハンバーグだよ」
可愛い花柄のお皿に盛られたハンバーグの写真。
このお皿はダイソーで購入した、ましゅろが使ってそうなお皿だ。
ハンバーグは割と美味しそうにできて満足だったけど、食べる気力もなく冷蔵庫に眠ってある。
「意外とうまかったな、ましゅろが料理得意だとは知らなかったよ」
そう発言した後に思ったが、実際つばさちゃんにご飯を作ってもらったような記憶がよぎる。
あの時もハンバーグ作ってくれたっけ。
コメント:
『お皿可愛い』
『美味しそう』
『そのハンバーグ高く買おう』
『で、あーんはしたのか?』
『口移しだろ』
『ちゃんと噛んだ後に口移ししてほしい』
『変態リスナーばかりで草』
「うん、ましゅろにあ~んされたね、恥ずかしかったけどせっかく作ってくれたから、それぐらいは良いかなと思って」
コメントを拾ってそれっぽくするのも忘れずにうまく話をつなげる。
コメントに反応するのも、配信者としては大切だ。
私はコメントの読む率としては高く、なるべく視聴者に寄り添った配信を心がけている。
そのあともお風呂に入った話や、寝る前にしたガールズトークなどノンストップで会話を続け、配信終了も間近。
「ふぅ、これで一通り話したかな。無事貞操は守れたよ」
コメント:
『ちっ』
『おい舌打ちしたやつでできなさい』
『え?同じベットで寝たのに何も起こらなかったのか?』
『あったとしてそれを言うと思うかい』
『なるほど、やはり二人は,,,』
「ちょっと、本当に何もしてないよぉ、本当だからね,,,あれは…ノーカンだしね」
コメント:
『あれとは?』
『詳しく』
『えっっっっっっっっっ』
『その反応一線超えたな』
『おめでとう』
『俺のティシューによくもよくやった』
『式はいつあげますか?』
何かあった風な意味深な態度をとったら、コメントは思い通りにティシューとましゅの間に、てぇてぇなことが起きたのかと妄想を膨らましてくれてる。
自由に妄想してくれ、リスナーの考えが他のリスナーに伝染し、私が多くを語らずに良い方向に解釈してくれる。
これも一つの技なのだ。今回はオフコラボをした事実だけあり後は端から端まで作り話なのだから。
ほどよく匂わせる発言で、あとはリスナーの想像に任せるスタイルで、ここは逃げ切らせてもらう。
ボロが出ないようにリスナーの妄想力に頼る形にはなるが、無事配信が終了できそうで締めの挨拶をしようとした時だった。
コメント:
『そういえば、ましゅろ今日コメントしてないな』
このコメントが流れた瞬間、コメント欄の様子が変わりはじめる。
コメント:
『ほんとだ』
『いつも変態コメントするのに今回いないな』
『寝てるんじゃない』
『いや、ティシューの配信見ないなんてことなかったし』
『いつもコメントしてるからこそ今日はどうしたんだろう』
『そういえばオフコラボの時もゲームの会話ばかりで、二人の会話少なかったような…』
『それ俺も思った』
『え?でもティシューの話聞くにはめっちゃてぇてぇな関係じゃん』
『適当いうな二人は結婚してんだぞ』
『荒らしは帰っていいぞ』
『でもましゅろの話してんのにマシュロ本人が参加しなかったことないじゃん』
『それ、今回だけってのもねぇ』
『ましゅろんでできなさ~い』
『コメントしてないだけと思ってツブヤイッター見たけど何も反応ないぞ』
『もしや喧嘩した?』
やばいやばいやばい……気付かれたくないことに気づかれてしまった。
今までましゅろはティシューの配信を一度も見逃したことがないし、必ずコメントを残していた。
それを度々本人の配信でも誇っていたし、ティシューの配信で変態コメントをするのはましゅろの持ちネタでもあるのだ。
ましゅろがたまたまコメントをしてないだけかもしれないが、些細なきっかけでリスナーは深読みするものだ。
その深読みがまさに今、コメント欄で膨れ上がっていき話題が私の手から離れリスナー同士で盛り上がってしまう。
ましゅろが他の配信者を見て浮気してるだの、お泊まり会で我慢できずティシューに手を出してしまい、気まずくコメントできないのではないだの、はたまた、オフコラボ後喧嘩したのではないかとか。
ありもしないでたらめなものや、少し当たってるのもあるし、そんな様々な憶測がコメント欄で飛び交う。
毎回コメントしていたましゅろが、今日はしていなかっただけでこの反応なのだ。
しかし、配信者というものは見られる仕事。
ただ面白いことや可愛らしいことをすれば良いということではなく、私たちの動向は常に誰かに見られ、些細なことにも影響を与えてしまうということなんだ。
なにをやってるんだあの小娘ぇ~!!
ティシューの正体が私と気付き嫌になったのか知らないが、ティシューすら見捨てるつもりなのか。
ふざけるんじゃない。
これは私とつばさちゃんだけの問題ではない。
もし私とつばさちゃんが不仲だとばれた場合、今までのてぇてぇな関係性は作られたものだと思われ、炎上間違いないじゃないか。
誰しもはやらせや予定調和を嫌う。
リスナーはライバーの生の反応を求めてるし、それこそがライバーの強みなのだ。
リアルタイムで作られていくリスナーとライバーの関係性。
私はこれが一番大事だと思っている。
だからましゅろがコメントをしないだけのことでもリスナーは不安になり、感情が乱れる。
いつもしていることがされていない。
深読みしようと思えばいくらでもできるものだ。
私を嫌うのはいいが、だからといっていつもやってることを急にやめたら不審がられるに決まってるだろ。
それすらも考えられないバカだったか?
ましゅろからコメントしてくれれば事態が収まるのに、彼女の反応は全くない。
はぁ。
くそが。
私がせっかく作った完璧なプランが壊された。
もういい、
こうなったら尻拭いは自分でしてもらおう。
「…やっぱりみんな気付いちゃったね」
コメント:
『え?』
『なんかあったの』
『これ大丈夫なのか?』
『雰囲気かわってね』
コメントは騒然としていた。
先ほどの憶測で溢れかえっていたコメントが、私の発言を待つものに変わる。
「実はお泊まり会なんてしてません」
コメント:
『え?』
『つまりどーいうこと??』
『は?』
『嘘ついたってこと』
『やばくね』
「オフコラボが終わった後、事情も何も言ってくれなかったんだけど、帰ってくれと言われたんだ。私もどうしていいかわからなくて、だけどみんなに心配させちゃいけないと思って嘘つきました」
「ごめんなさい」
コメント:
『結局どゆこと?』
『??????』
『喧嘩したのかな』
『ましゅろ庇おうとして嘘ついたのかな』
『え?実は仲悪いの』
『気にしてないよ』
『いや、嘘はダメでしょ』
『謝ってるからいいじゃん』
『あやまれる良い子だな』
「今からましゅろに凸して聞いてみたいと思うよ。何故私を家から追い出したのか」
コメント:
『やば!!』
『まじか』
『これ大丈夫なの』
『公開喧嘩か』
『ふぁっ』
『これは伝説になるな』
『視聴者もめっちゃ増えてて草』
『今北けどもしかして修羅場』
コメントはいつもの倍の速度で流れていく。
今起こってることの異常性がコメントの数を見ればわかる。
私とつばさちゃんのリアルの関係性を知らないリスナーは、喧嘩してると解釈してるのか、そのようなコメントが目立っている。
喧嘩してるだけだったらよかったのにね。仲直りすれば良いのだから。
しかしそれでいい。
てぃしゅーとましゅろが喧嘩中だと思わせることには成功した。
まぁ、お泊まり会を中止して帰らせたなんて、ティシューがましゅろを怒らせたと思いやすいだろう。
つばさちゃんは私を家から追い出す時に、でっち上げた話に乗ってあげると言った。
だから今から乗ってもらう。
ティシューとましゅろの公開仲直りだ。
通話やチャットができるVoIPソフトウェアのIscordで、ましゅろに通話をかける。
つばさちゃんはこの配信自体は見ているはずなのでボイスチャットは出てくれるとは思うが。
応答を数秒待った後、ましゅろのアイコンが赤色から緑に変わった。
通話がつながった証だ。
ごくりと唾を飲む。
そしてマシュロの第一声を待つこと数秒。
「ずびずび……ずずず…….でぃじゅーじゃあああんごめんなさあああああああああいいいいいいい」
大絶叫のましゅろの声が聞こえる。
やべぇ、耳がないなった。
え?なんなのこれ…なんで泣いてるの????
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます