第347話 お役所勤めは辛いの


「定休日に悪いなエネカ」


 定休日であるはずのエネカの店に一人の客が来ていた。

 オリアの時同様、同郷の友達だったため入ることを許した。


「イジーなら構わないよ。アークだったら叩き出してるけどね」


 相手はイジー、ちゃんこ鍋屋に皆で集まり飲み会をしてから大して日は経っていないので会いに来たことに少し疑問を覚えた。アークみたいに「金を貸してくれ」なんて言わないだろうが、ちょっとした頼み事ぐらいはありそうに思える。


「久々に来たが、品揃えが結構変わっているな。美容商品は聞いてたがアンティーク雑貨も取り扱うようになったのか」


 店内を見渡し何気ない会話から入るイジー。


「それは旦那の趣味で仕入れたものだよ。売れなくて困っててね、どれか買ってくれないかい?」

「悪いが僕も趣味じゃないな、目当ての商品は他にあるし。あ、先に手土産を渡しておくよ」


 そう言ってエネカの前に置いたのは酒瓶。


「わざわざ悪いね……、これ結構いいお酒だね」


 エネカも夫も酒は好きな方だ、高価な酒は嬉しく思う。だが真面目なイジーとは言えこの手土産は不自然だ。頼み事はちょっとしたことではない可能性が出てきた。


「で、お目当ては何だい?あまり無茶な要求は聞けないよ」

「察しが良くて助かる。職場で、清髪剤を売っているのは同郷の者だという話をしたら、優遇して回してもらえないかと言う先輩がいてな」

「…優遇って具体的には?値段は下げれないよ」

「値は定価で構わない。一部の貴族にしか売らない特別な清髪剤があるんだろ、それを譲って欲しいそうだ」

「なるほどね…」

 

 エネカとしては想定内の頼み事ではある、手土産を持ってくるほどかと言うと微妙…。


「まぁ、少量なら回せなくもないよ」

「そうか、助かる」

「…清髪剤を欲しがるってことは女の先輩でしょ、ひょっとしてイジーの想い人かい?」


 想い人の為に絶対手に入れたいから手土産を持って来たなら筋が通る。

 だが…、


「いや、先輩は男だ。先輩が恋人にプレゼントしたいらしい」


 それもハズレだった。


「何だい先輩のパシりかい情けないね。イジーは今良い人いないのかい?」

「今は仕事で手一杯だ」

「はぁ~…、そんなことじゃヨコに先を越されるよ」


 予想は外れたエネカは特別製清髪剤を取りに立ち上がる。その背に、


「……そうかもな。ヨコは今、セレンディバイト社の社長でエネカやオリアの上司なんだろ」

「おや!?もうバレたのかい」


 ちゃんこ鍋屋で面白半分で隠した内容がイジーには知られていた。


「飲み会の時にちょっと気になることがあったから、その次の休みにオリアが言ってた『ハイ&ロード』へ行ったんだ。オリアとは会えなかったがパンフを見て知ったよ」


 セレンディバイト社のパンフレットはちゃんこ鍋屋だけでなく各店舗に置いている。この店にも置いてありイジーが手に取る。


「正直驚いた。面白半分で秘密にするには規模が大き過ぎるだろ、あの時教えて欲しかったよ」

「面白がってたのはオリアで、私はヨコが出世して大金を稼いでると知ったら兄貴分として落ち込むか妬むかすると思って話を合わせたんだよ」

「アークはともかく僕は純粋に祝うさ。でも、エネカがそう言うほどヨコは稼いでいるんだな」

「…さっきの「気になることがあった」ってのはなんだい?」


 文脈的に秘密にしていたのとは別のことだと思ったエネカ。


「僕が気になったのはウゴの件だ。二年間以上音沙汰無しでは所在を知るのに国内全部の冒険者組合所で調べてもらう必要がある、それには多額の費用を請求されるんだ」


 その場ではみんなが喜ぶ中金の話は無粋かと考え口に出さなかったが、ちゃんこ鍋屋や清髪剤が人気でも平民がポンと払える金額ではないと思っていた。


「あれはヨコが一人で払ったんだよな」

「そうだよ。費用がかかったのは聞いてたけど、そんな多額なんだね。ヨコが冒険で得たの稼ぎのほんの一部とか言ってたから気にしてなかったよ…」

「冒険で得た稼ぎ?」

「ヨコは一か月ほどナインド町で冒険者活動してたんだよ」

「……社長なのにか?」

「だからだよ、社長に就任から気を張り過ぎちまっててね。ストレスから食欲も減退して見る見る痩せていくから、長期休暇を取らせて気分転換に行かせたんだよ」

「ちゃんこ鍋屋で見た時明らか痩せたからな、長期休暇は分かる。…でも気分転換で冒険って、逆にストレスを感じそうだが」

「ヨコにとっては本当に良い気分転換になったようだよ。そんでレアな魔獣を討伐して大金を得たからウゴの所在を調べてもらったって流れさ」


 ヨコヅナなら冒険での稼ぎがなくても大金を払って調べてもらっただろうが、即断出来たのはヴィーヴルの討伐報酬があったからに他ならない。

 

「ヨコが冒険者か……、それは秘密にしてたわけじゃないんだよな」

「これに関しちゃ話そびれただけだよ」

「そうか。でも他にヨコの事で隠してることがまだあるだろ?」


 疑問系ではあるが確信がある目をしているイジー。


「何の事だい?」


 知らないのではなく、心当たりが有りすぎで疑問で返すエネカ。


「ここのところ「ちゃんこ鍋屋の店主は裏格闘試合に出場している」「全戦全勝の人気選手」などの噂をよく耳にしててな」

「あぁ、私もそれは聞いたこのあるねぇ」


 エネカは噂ではなく、ヨコやオリアから直の話をだが。


「イジーはその噂を信じてるのかい?」

「僕は昔からヨコが強いことを分かっている。アークとウゴは認めていなかったがな」


 幼い頃こそヨコヅナは運動が苦手と思われていたがスモウの稽古に本気で取り組むようになり、身体が大きくなるにつれ肉体仕事の作業量が飛躍的に増していき、兄貴分三人を圧倒するようになった。

 

「アーク達は剣での勝負なら勝てるとか言ってたが、あれはヨコが負けてあげてただけだ」

「ヨコは優しいからね」

「何よりヨコはあのタメエモンさんの息子で弟子」


 ヨコヅナの父であるタメエモンは、盗賊が襲ってくれば撃退し、危険な獣が出れば討伐し、ダークエルフが勝負を挑んでくれば返り討ちにする。武勇伝は数多くニーコ村の住人にとって身近な英雄と言えた。憧れ尊敬していたのはヨコヅナだけでなく男の子達全員、文官を目指したイジーも例外ではなかった。


「今のヨコがタメエモンさん並みに強いなら格闘試合で活躍してても不思議じゃない。最初はヨコが違法賭博に関わるとは思えなかったがな」


 噂を初めて聞いた時はイジーも信じていなかった。他の噂「ちゃんこ鍋屋の店主は営業妨害する客を文字通り放り出す」などはあり得そうなので、それに尾ひれがついたのだと思っていた。


「だが、飲み会でオリアが「ヨコに色々と助けてもらってる」と言っていた。そして苦労をかけたみたいなことも。オリアがお金に困っててヨコに裏格闘試合出場を頼み金を稼いだと考えると辻褄が合う」

「……あり得そうな推測だねぇ」


 あり得ないそうなのも当然、ほぼ推測通りなのだから。


「仮に推測が当たってたら、イジーはどうするんだい?」

「どうもしないさ。裏格闘試合には不干渉と決められている」


 軍人同様、国政文官も裏闘と関わることを禁止されている。関わってる者を通報もしない。

 エネカも裏闘は本当は国の管理という話は聞いているので


「…詳しくはあの二人に聞いておくれ」


 認めるのと同義の発言をする。

 

「私は反対してるんでね」


 エネカはヨコヅナが裏闘に参加することを反対し続けている。

 危険だからというのもあるが一番の理由はギャンブルだからだ。


「全勝も本当なら、大きく儲けているんだろ?」

「だからこそさ、アークのようにギャンブルにハマったら問題だからね」

「ああ、なるほどな」


 身近に借金してでもギャンブルをするような悪い例がいるのでエネカが心配して反対するのも当然と言える。


「エネカに反対されてもヨコが続けているというのは意外だな」

「一度でも負けたら止めるという約束なんだけどね」

「全勝ならめようと思わないか」

「しかも前回は実力上位の国外選手に勝ったとか。ヨコは私達が思っているよりずっと強いみたいだよ」

「そうか……これならオルガ様の話も……」

「…オルガ様がどうかしたのかい?」


 突飛に出てきたケオネス・ジン・オルガの名前に眉を寄せるエネカ、対してはイジーは真剣な表情になる。


「ここからが本題だエネカ」

「本題は特別製清髪剤じゃないのかい」

「そっちがついでだ」


 イジーの目的は先輩のパシりではなかった。

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