第348話 嫁の尻に敷かれている旦那の方が辛いかの



「この間オルガ様に呼び出されてヨコのことを色々聞かれてな、危うく何も教えて貰えてない頼りない兄貴分だと思われるところだったよ」


 呼び出されたのが、パンフレットで社長だと知った後だった為何とか質問に答えれたイジー。前半の「あの時教えて欲しかった」はここの繋がる。


「裏格闘試合の事も噂が本当だとオルガ様から聞いていた」

「だったら何で私に確認したんだい?」

「エネカがどこまで把握しているのか知りたくてな」

「試されるなんて気に入らないね」

「そう言わないでくれ、大事なことなんだ」

「…それで本題は何だい?」


 イジーが遊び半分で試すような事はしないとエネカも分かっているので先を促す。


「ちゃんこ鍋屋でヨコに悩みを聞いた時「王様と面会することになったら、何を話せば良いと思うだ?」と聞かれたのを覚えているか。あれは例え話ではなくそのままの悩みだ」

「それは知ってるよ。不自然な質問だったから後日ヨコに聞いたんでね」

「では、面会が上層部に大反対されたことは知ってるか?」

「…それは初耳だね。国王様と王女様で決めた事なのに反対なんてされるのかい?」

「本来平民が国王様と面会するのは偉業を成した場合だ。王女様の気まぐれでは反対されるのも無理ない」

「それじゃ王女様が先走って伝えてしまっただけで、ヨコと国王様との面会は認められなかったんだね」


 ヨコヅナが国王と面会することを恐れ多く思っていることをエネカは分かっているので、それならそれでいいとも思えた。


「面会は却下されたが、ヨコのスモウを披露するという名目で王覧試合がおこなわれることになったそうだ」

「…面会するより大事おおごとになってないかい?」

「僕もそれは思ったが、そういう形式なら認められるらしい」

「王様ってのは意外と不自由なんだね」

「それも同感だな。話を戻すが王覧試合では近衛騎士がヨコの相手をするそうだ。これは憶測も入るが近衛騎士は王女様と仲良くしてるヨコを妬んでいるらしい」

「それって…近衛騎士が王覧試合でヨコを潰そうとしてるってことかい?」


 これが本題ならイジーが相談に来るのも納得と思うエネカ。

 だがそれは少し違う。


「オルガ様はそれも心配されていたが、一番の懸念事項はコフィーリア王女の真意だ」

「王女様の目的はヨコと国王様の面会なんでしょ」

「オルガ様は絶対思惑があると考えられているようだ」

「…まぁ、王女様が切れ者だってのは私も聞いてるから、先走ったってのは違和感があるね……んん…」


 エネカはイジーの本題にまた察しがついた、しかしこれこそハズレて欲しかった。


「まさかとは思うけど、私にその思惑をヨコから聞き出してくれってのが本題じゃないだろうね」

「察しが良くて助かる」

「助けてないよ!お断りだね」


 コフィーリアはセレンディバイト社の後ろ楯だ、思惑を探って他に流すなど裏切り行為と言える。


「頼むよエネカ、オルガ様からの頼みなんだ」

「イジーがヨコに聞けばいいじゃないか、オルガ様の名前を出せば教えてくれるよ」

「それが出来ないのは説明しなくても分かるだろ」


 ケオネスの指示でコフィーリアの思惑を探っているとは知られたくないからエネカに頼んでいる。もちろんそれが分かっていてエネカは断っているのだ。


「上司の点数稼ぎがしたいなら一人で頑張んな」

「それは違うぞエネカ、これはヨコの為だ」


 ケオネスの頼みで断り難いのはあるが、イジーはこんなことで評価を良くしようとは思わない。ヨコヅナを心配しているからこその行動だ。


「若い田舎者が目立ち過ぎれば敵が出来る。近衛騎士隊から妬まれているように、ヨコは既に上から目をつけられているんだ。今はオルガ様、それとヘルシング元帥のお陰で抑え込めているがこれ以上は危険というご判断だ」

「…王女様の力だけで抑え込めているわけじゃないんだね」

「コフィーリア王女の才覚は皆が認めているが、若さゆえ見えていない部分が多く、配慮が足りていないのだろう」


 コフィーリアの権威で抑止出来ている部分はあるが、誰しもが権力や才覚に従順ではない。反発しようとする者を大人の対応で上手く抑え込んでいるのがケオネスとヒョードルなのだ。


「何よりコフィーリア王女の傍若無人っぷりは有名だ。そのとばっちりをヨコが被らないようにしたいんだ」

「……王覧試合がおこなわれる時点で遅くないかい?」

「王覧試合は5対5の団体戦でヨコが戦うのは一試合だけだ。勝てばもちろん目立つだろうが無難にさえ終われば問題は起こらない、いや起こらないように対処出来るそうだ」

「…無難に終わらせる為に王女様の思惑を知りたいわけかい」

「そういうことだ。頼まれてくれるか?」

「…………近いうちに王覧試合についてヨコに聞きに行くよ。王女の思惑が聞けるかは分からないけどね」


 エネカもヨコヅナの事は心配だ。それでも、ギリギリ出来る範囲は『ヨコヅナと雑談をしてそれを雑談としてイジーに話す』ぐらいだと考える。


「上手く誘導出来ないか?ヨコ相手なら何とか…」

「無理だよ、ヨコには優秀な補佐がいるからね。そんなことをすれば直ぐにバレる」

「…派遣されている王女専属メイドのことか」


 ヨコヅナの補佐であるラビスの事はイジーも大まかには聞いていた、ちょっと古い情報だが。


「今は派遣じゃないけど、王女様と連絡を取り合ってるのは変わらないから怪しまれた時点で終わりだよ。もし王女様に疑われたら今日の事全て話してオルガ様の権力を枷に無理やりやらされたって言うからね」

「ああ、構わない。全部僕のせいにしてくれ」


 元からイジーは微塵もエネカに責任を負わすつもりはない。


「…なら話は終わりだよ。これの代金置いてさっさと帰りな」


 投げるように清髪剤を渡すエネカ。試すようなことをされ、さらに理由はどうあれ身内に身内を探るように言われてすこぶる気分を害していた。

 

「すまないな。王覧試合が終わったら改めて礼をするよ」

「要らないよ。私は弟と雑談するだけなんだから」


 エネカの言葉にイジーは本当に申し訳ない顔になりながら、清髪剤の料金を机に置き出口へと向かう。


「今日は会えなかったが旦那さんにも宜しく伝えといてくれ」


 扉に手をかけながらのイジーの言葉に、


「伝えなくても聞こえてるよ」


 小声で答えるエネカ。


「?…。次の定休日にまた来るよ」


 違和感を覚えるも気にせずイジーは店を出て行った。





「悩みの種ってのは尽きないもんだねぇ」

「弟妹が多いと大変だね。一人っ子のワタシには新鮮な感覚だよ」

「一番の悩みの種は旦那が売れない商品を仕入れてくることなんだけど。余裕が出来たからって商売に趣味を持ち込んで」

「清髪剤目当てでお金持ちも来店するようになったから売れると思ったんだけどな…」

「専門店でもないのにアンティークが置いてあってもパチモンと思われるに決まってるじゃないか」

「失礼な、ワタシは目利きに関しては自信があるんだよ」

「だから値が下げられなく困ってるんじゃないかい」

「本物と分かる相手なら売れるはずなんだけどな…、王覧試合のついでにアンティーク好きの知り合いがいないかも聞いといてくれないかい」

「…寧ろそっちを本題に話を聞きに行くよ、事務所で旦那の愚痴を言うのはいつもの事だからね」

「事務所でいつもワタシの話をしてるのかい、照れるな~」

「愚痴って言葉の意味も分からないのかい!」


 ポカっ!と尻に敷いている旦那の頭を叩くエネカ。


「痛っ、あはは。……エネカ、さっきのイジー君の話に嘘は無かったよ」


 真剣な表情になる旦那、尻に敷かれているので間抜けにしか見えないが。


「オルガ様は会ったことないけど、伝え聞く限りでは王女様を裏切るような人じゃないはずだ。今回の件は本当にヨコヅナ君を心配して王覧試合を無難に終わらせたいだけだと思う。だからエネカが言った通り雑談するだけと気楽に考えたら良いよ」

「あんたがそう言うなら安心だね。良いお酒貰った事だし、今日は仕事切り上げて一杯やりましょうか」

「そうしよう、何事も切り換えが大事だからね」


 これでも夫婦の仲は円満である。

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