第343話 普通の菓子がよかったのじゃ


 裏闘での試合の翌日、場所はハイネの屋敷の庭。


「はぁ…ふんっ!」


 ヨコヅナは大鉄棍を振る鍛練を行っていた。いつもは寝る前に行うのだが、まだ日は高い。なのに鍛錬している理由は、

 

「上段振り下ろしはまずまず形になってるわね。他はまだまだ力任せに振っているって感じだけど」


 コフィーリアが見たいと言ったからだ。

 裏闘から帰るとハイネから「明日コフィーが訪ねてくる」と伝えられたヨコヅナ。

 急な話だったが基本裏闘で試合した次の日ヨコヅナは休日と決まっており予定もいれてないので問題はなかった。ヨコヅナは国王との面会についての話だと思っていたのだが、着いて早々コフィーリアが「昨日の新技の完全版が見たいわ」と言い、今庭でコフィーリア、ハイネ、ユナ、ラビスがヨコヅナの鍛錬を見ている。


「ヨコヅナが言うには上段振り下ろしは鍬を振り下ろす感覚でやってるらしい、私が少しアドバイスしたがな」


 ヨコヅナが大鉄棍の鍛錬を始めた時は喧嘩中で何も言えなかったので、ハイネがアドバイスをしたのは仲直りしてから。アドバイスと言っても鉄棍術は専門外なので大剣使用時の基礎を教えた程度だ。


「力任せでも、あれなら並みの人間はグチャリますね~」

「人間相手に使用する予定はありませんがね」

「そうなんですか~、てっきり軍に入隊する気になったのだと思ったのですが~?」

「ヨコヅナ様にそんな気はありません。あれは寝る前の運動です」

「……ナインドに行って以降回復傾向にあると報告を受けていたけど、今も眠れない日があるのかしら?」


 ラビスの言葉が聞こえたコフィーリア。ヨコヅナが夜鍛錬を始めたのは社長になった重圧により睡眠障害に近い状態なっていたから。それは間違っていないがヨコヅナ本人はそう言ったことはなく、


「ニーコ村にいた時と比べて運動が少ないのは確かなのでヨコヅナ様は続けることにしたようです」


 運動不足の解消も本当の理由だ。


「ヨコヅナの食事量は社長就任以前と同等まで戻っているから、また痩せていったりはしないだろう」

「そう、体調に問題ないならいいわ」

「ですが、国王陛下との面会が気になって寝付けない時があると最近言ってます」

「ああ、私も聞いたな。ヨコヅナでなくとも平民が陛下と面会するとなればそうなるだろう」

「フフ、そうなの。では見物はこの辺にしましょうか。ヨコ止めて良いわよ」


 コフィーリアはヨコヅナに声をかけ近づく。


「なかなか見応えあったわ」

「はぁ、はぁ…オラとしては武器を振り回してるのを見て何が楽しいのか分からないべがな」

「その武器を振り回せる者が滅多にいないからよ。…ちょっと貸してもらって良いかしら?」

「…気を付けるだよ」


 ヨコヅナは大鉄棍の先端は地面に着けた状態で柄をコフィーリアに向ける。

 受け取ったコフィーリアは両手で柄を持つ。

 そして、常人ではただ持ち上げることも困難な大鉄棍を、


「…さすがに重いわね。魔力強化無しではとても上がらないわ」


 コフィーリアが柄を持って上げ構えを取る。

 さらに、

 

「…ハっ!」


 見事な上段振り下ろしをやってのける。


「ふぅ~……私では一回で限界ね」

「姫さんの体格なら一回振れるだけでも凄いだよ」


 コフィーリアは女性としても小柄と言える、普通なら柄を持って片側を上げる事すら出来ないだろう。コフィーリアが普通でないことは既にヨコヅナも分かっているが十二分に凄いと言える。


「ただの運動としてではなく、武として大鉄棍の鍛錬をなさい。いずれ必要になる時がくるかもしれないから」

「オラは軍に入る気は無いだよ」

「今のヨコに軍に入れなんて言う気は無いわ」

「そうだべか、安心しただ」

「もし私がヨコを入隊させるとしたら、他国に侵略されこの国が滅亡の危機にある場合とかかしらね」

「…そんな可能性があるんだべか?」

「あくまで仮定の話よ。可能性0とは言えないけど」


 そう言うコフィーリアは口元は笑みであっても目は笑っていなかった。




 鍛錬見物は終わり場所をダイニングに移す。


「言っておいたが今日はちゃんこ鍋の用意はないぞ」

「ええ、急に時間を作ってもらったわけだし構わないわ」


 さすがのコフィーリアも裏闘で戦った翌日でヨコヅナにちゃんこを用意しろとは言わない。後ろで立っているユナは見事にガッカリしているが、


「手土産に持って来たお菓子はどうかしらカル?」


 カルレインが庭に居なかった理由はコフィーリアが持って来たお菓子の味見をしていて良いと言われたからだ。カルレインはもちろん喜んで引き受けた。

 だがしかし、


「うむ…、こういうのも一興ではあるが癖が強すぎるの」


 いつもお菓子となればリスのように頬を膨らませるカルレインが、今日はほとんど手が出ていなかった。


「美味しくなかったんだべか?」

「好みに寄るじゃろうな。食べてみれば分かるぞ」


 カルレインの言葉にヨコヅナ、ハイネ、ラビスは複数あるお菓子をそれぞれ一つ取る。

 一つ一つ包装してあるので中身は空けてみないと分からない。


「お菓子は全てクッキーよ。前にヨコが冒険者クッキーをくれたから、ちょっと興味が湧いて珍しいクッキーを集めてみたのよ」


 まず、ヨコヅナが取ったクッキーは、


「緑色だべな…匂いからして野菜が練り込まれてるんだべかな」


 そう言って一枚丸々口に入れたヨコヅナ。


「…う~ん、大分苦いだな」

「それは様々な苦い野菜を入れて作ったクッキーね。健康に良いらしいわよ」

「健康に良くても何枚も食べようとは思えない苦さだべ」

「一日一枚が適量らしいわよ」

「それはお菓子じゃなくて薬じゃないだか」


 次にハイネが取ったクッキーは、


「見た目は普通のクッキーだな」


 見た目や匂いはごく普通クッキーを半分ほど齧るハイネ。


「…これは辛いな、ん、辛!?爺や水!」


 慌てて爺やに水を持ってこさせるハイネ。


「それは見た目普通のクッキーでありながら辛さを追求した、ビックリクッキーね」

「ゴクゴクっ…ひー、はー、…誰が買うんだこんなクッキー」

「同じ形の普通のクッキーと混ぜてビックリさせたり、罰ゲームで食べたりするらしいわよ」

「食べ物で遊ぶのは良くないだろ」


 最後にラビスが取ったのは、


「…このクッキー、虫が入っています。店にクレームを」


 小さめのクッキーにデカい虫がついていた。


「それは虫入りクッキー、公言通りだからクレームは出来ないわ。食用の虫だから安心していいわよ」


 ラビスは無表情でクッキーを置こうとする。が、


「あら、私の手土産が食べれないと言うのかしら?」

「それも袋をあけて直に手に取っておきながら食べないのは良くないですね~」

「虫を食べる文化を否定する気は無いですが、敢えて食べる意味は…」

「見た目はそんなのじゃが、この中で一番美味いぞラビス」

「それ結構人気らしいわよ、カルもこう言ってるのだから食べる意味はあるでしょ」

「……」


 今までに見た事ないほど感情のない目になったラビスはクッキーを一口で食べる。


「…………美味しいですね。虫を入れずにこの味を再現して欲しいですが」

「それだとこの場に持ってきてないわ」

「何ら問題ありませんよ」





「さて本題に入りましょうか、お父様との面会の件よ」


 それを聞いてちょっとホッとするヨコヅナ、珍しいクッキーの試食会が本題だったらどうしようかと思っていた。


「正確には、面会するにあたって問題が発生したって話なのだけどね」

「それは会う時間が取れないぐらい王様が忙しいとかだべか?」

「いえ、時間はとれるの。でもお父様とヨコの面会に反対する者が多いのよね」

「反対…ひょっとしてあの事件が原因だべか?」

「それは関係ないわ。あっちの言い分は「ただの平民と気軽に面会しては国王としての尊厳が損なわれる」とかそんなのよ」

「そうだべか。…そう言う人がいるのも当然だべな」


 ヨコヅナ自身も自分なんかが国王と会っていいのだろうがと思っているのだから、そんな反対意見が出るのも当然と思える。

 当然過ぎて、


「ちょっと待てコフィー、その辺の問題をクリア出来ているからヨコヅナに話をしたのではないのか?」

「今更な問題じゃな」


 ハイネとカルレインは周りが承認済みなのだと思っていた。


「あの時はまだお父様と私の間だけの話だったの。ここまで反対されるとは思ってなくてヨコに伝えておいたのよ」

「何故反対されないと思っていたのですか?」

「ヨコが私の直属の部下ということは周知となっていて、社長にも就任したから勢いで行けるかと思ったのよ」

「勢いでは行けるわけないじゃないですか…」

「もちろん反対は予想していたけども、予想外だったのがヒョードルやケオネスまで反対してることなのよね」


 これは皆からしても意外に思えた。ヒョードルにとってはコクマ病を治してくれた命の恩人、ケオネスとっては麻薬組織一斉逮捕の功労者。ヨコヅナに対する心証は悪くないはず。


「オラなんかしたべかな…?」

「私も腑に落ちなくて調べて見たの。そしたら「最近の王女の身勝手な行動は目に余る」「全てが自分の思い通りならないことを分からせるべき」などの意見が上層部で囁かれてるようなの。失礼な話よね」


 コフィーリアの話に皆が驚く。


「今まで囁かれてなかったんだべか!?」

「10年以上前から言われ続けているだろ」

「上層部どころが王都中で囁かれてますよ」

「それこそ今更じゃろ」

「…あなた達のは失礼を超えて不敬よ」


 王女に不敬と言われようと誰も訂正はしなかった。


「仮面つけて遊び回ってることじゃないだか、それなら最近だべ」

「明確にどの行動のことかまで分からなかったのよ」

「当てはまる行動が多すぎるだけですけどね~」


 ヨコヅナが知っているのコフィーリアの身勝手な行動など、ほんの一部に過ぎない。


「積もり積もって父上もケオネス様も今回は反対したわけか」


 ヒョードルとケオネスが面会を反対した理由はもう一つある、それはヨコヅナのためだ。ヨコヅナがストレスから体調を崩した事は二人も知っている、長期休暇を取った事で回復傾向にあるとは聞いているが、国王と面会すれば良くも悪くも忙しくなり心労は確実に増える。つまり二人が反対したのはヨコヅナの体調を気遣っての事、理由としてはこっちの方が大きい。もちろんコフィーリアに少し大人しくなって欲しいと思っているのも事実だが。


「それで国王はどうすることにしたじゃ?」


 周りがどれだけ反対しようと国王がヨコヅナと会うと決めれば面会は行われる。だが、コフィーリアが問題をわざわざ伝えに来たのだからそうはしなかったということ。


「お父様は反対意見を聞いた上で妥協案を話し合うことにしたわ」

「妥協案…の。たかだか平民との面会程度、即断即決出来ぬようでは王の尊厳はもともと高くないように思えるがの」

「厳しい意見ね、娘として否定できないのが辛いわ。敢えて言うならお父様の癖なのよ」


 父親を侮辱されたに近いのにコフィーリアは笑ってそう返した。


「そして話し合った結果出た妥協案は、【近衛騎士と王覧試合をする】に決まったわ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る