第340話 道場を開けてる時点で暗殺術として偽物じゃろ
『さぁ!本日の最終試合がこれより始まります!』
実況がニュウに代わり、奇麗で聞き取りやすい声がAランク会場に響き渡る。
『ようやく武九王の試合が観れるわ』
ゲスト解説者のリアも実況席に戻って来ている。
「帰ったのかと思ってただが会場には居たんだべな」
「2、3試合目はつまらないからサボっていたのでしょう」
「自由なゲスト解説者じゃな」
ゲストと言っても当然好きな試合だけ解説すればいいわけではない。だが「私が解説するに値しない試合だからよ」というリアの言葉に反論できる者がいないので仕方ない。
『選手紹介です!東方コーナーに立つのは!Aランク戦績5勝3敗!近年勢いのある格闘技ジュウ闘術の使い手!武九王を倒し王の一角となれるか!?カーマッセ社代表選手!『サイヤ』!!』
『サイヤ』は大型選手に分類される。短足なので身長はそうでもないが横幅がゴツい。
「ジュウ闘術って言や、投げが主体の格闘技だったな」
「そうですね。近年の格闘大会ではケンシン流を倒して優勝することも多く、人気が上がっていると聞きます」
ジュウ闘術は胴着を着てはいるが、初手から体当たりを多用したり相手を地面に叩きつける強力な投技が主体と、スモウに似た部分がある格闘技。ただ倒れた相手を寝技で仕留めることも多いので似て非なるモノだ。
『続いて西方コーナーに立つのは!冷酷無比の暗殺者が久々に闘技台に現れた!Aランク戦績22戦全勝!選手の中でもっとも恐れられる武九王の一人!ブータロン商会代表選手『蛇牙』!!』
『蛇牙』は上半身は裸で蛇柄のロングスパッツ。スーツの上からは分からなかったが鍛え抜かれた肉体が露わになっている。
ただ、肉体よりも気になる事があった。22戦全勝、つまりヨコヅナよりずっと凄い戦績、にもかかわらず、
「全然歓声がおきない…?」
紹介と合わせてパフォーマンスなどはしていないがそれにしても静かすぎた。
「ほんとだな、武九王だってのに人気ねぇのか?」
「その通りです。人気は武九王の中で最低と言われていますね」
「国外の選手なのですか?」
「出身地は不明です。ですが人気が無い理由は他にあります」
「…ひょっとして冷酷無比の暗殺者って比喩じゃないのー?」
「私も真偽は分かりません。試合を観てのお楽しみってとこですね」
ラビスは分からないと言っているが、会場の反応を観るに比喩ではないと確信している。
「…あのハゲ、前にヨコヅナの会社に行った時見たわね」
「…ん?居たっけあんな人…。ブータロン商会との面会とかぶった時の話だよな」
「部屋の外にいたわ。只者じゃないとは思ったけど裏闘のトップ選手だったのね」
「あの男はケイオルクの護衛でもあるんだよ。…社長に見せつける為に試合日を合わせたっぽいねェ」
「ヨコに試合する日を聞いてたわねあの陰険眼鏡」
「それも対戦相手が大型投技主体の選手ですから間違いないでしょう」
「えらく遠回しの挑発じゃな」
「スモウと関係ないからオラは何とも思わないだがな」
この推測は正しいが試合を見せたい相手は他にもいる、
『なんだか『蛇牙』選手、こっちを見てますね』
『…よく観ておけって事でしょ』
『面識がおありで?』
『あの者は初見よ、雇い主とは面会したことあるわ』
ヨコヅナに清髪剤を賭ける権利はない、ならば挑発するのは権利のある相手だ。
『試合開始OKの合図が出ました!ここからは余所見は厳禁!ですがグロが苦手な人は注意です』
『そんな者は裏格闘試合に来ないでしょ』
『そうとも限らないですよ。ご新規さんがいる可能性もありますから』
ヨコヅナの人気効果もあり、Aランク会場は席を増設してなお満員。貴族の間で話題に上がる事が増えてる為、裏闘初観戦の客がいてもおかしくない。
『裏格闘試合と分かってきているのだから、気を使う必要はないわよ』
『それもそうですね。では第四試合『サイヤ』VS『蛇牙』スタートです!!』
グオァ~ン!!
試合開始の合図である銅鑼の音が鳴っても両者速攻を仕掛けることはなかった。
『サイヤ』の腰を落とし前傾姿勢になってジリジリと組み付くために間合を詰める。それに対して『蛇牙』は、
『これは…『蛇牙』選手構えも取らずただ歩いて無防備に『サイヤ』選手に近づきます』
『蛇牙』はまるで散歩でもするかように間合を詰める。
この行動は強者故の余裕とも取れるが、『蛇牙』はそういうタイプではない。それを知る者は誘いだと気づく、対戦相手の『サイヤ』もだ。
間合に入る寸前で『サイヤ』は体当たりに動く、真っすぐ…と見せかけて横に変化する『蛇牙』の狙いを外す為。その大柄な体格に似つかわしくない速さに『蛇牙』は反応出来ていないように見えた。
「もらったぁ!……なっ!?」
『なんと!?『サイヤ』選手が『蛇牙』選手の体をすり抜けました!?』
『残像よ。原理は流水や陽炎と同じでしょうけど予備動作なくあの精度は凄いわね』
完全に空振り大きな隙が出来た『サイヤ』の首筋に『蛇牙』手刀が振り下ろされる。
「ぐぁっ!」
『サイヤ』の首筋から鮮血が飛び散る。そして血を止める為に反射的に傷口を抑えるというまたもや出来た大きな隙を『蛇牙』は見逃さない。
『蛇牙』の貫手が『サイヤ』の左胸に突き刺さる。
会場からひぃっ!と複数の悲鳴があがる。
貫手が引き抜かれると夥しい程の血を吹き出し『サイヤ』は崩れ落ちた。
勝敗の誰の目にも明らか。『サイヤ』立ち上がれない、もう二度と。
『……勝者『蛇牙』選手』
圧勝的な勝利にも関わらず、ニュウの宣言に覇気はなく観客からの歓声もおこらない。
そんな中『蛇牙』はたった今殺した相手に何の感情もなく背を向け、手に付いた血を振り落とす。
「任務完了」
『さすが武九王と言える圧倒的な勝利でしたね』
『そう言うわりに表情が暗いわよニュウ』
『…正直あそこまでする必要はないんじゃないかと思うのですよね。戦績からしても格下ですし』
『闘技台に立てば格下も格上もないでしょ。皆相手を殺す気概で戦っているのだからあの男を責める道理はないわ。何より試合で見せた武は本物、盛り上がっても良いと思うのだけど』
『それは『蛇牙』選手は騒がれるのが嫌いだからなんです。騒ぐ客を殺気を込めて睨むほど。お祝いの声をかけようと近づいたら殴られた人もいます』
『だから人気ないのね』
『そのストイックさから一部ファンはいますけどね。リア様は『蛇牙』選手の格闘技が何か分かりますか?』
『…ジャエイ拳でしょう、それも本物の』
『はい。暗殺術と言われるジャエイ拳の使い手。この国にも道場はありますが偽物と言われてますね』
『本物、偽物と言うより練度の差かもしれないわね。あの貫手を行うには地獄のような苦痛を伴う部位強化鍛錬が必要、常人には出来ない事なのよ』
『…先ほどから『蛇牙』選手に高評価ですね』
『高評価に値する試合をしたのだから当然でしょ。ニュウも凄いとは思ったでしょ?』
『もちろん凄いと思っています。なので……』
ニュウは拡声器を通さずリアに質問する
「次に『不倒』VS『蛇牙』、なんてこともあり得るのかと?」
リアもまた拡声器を通さず答える。
「フフっ、それとこれは話が別よ。一試合目の後にも言ったけど武九王との試合はずっと先になると思うわ」
「そうですか、安心しました。裏闘の運営として『不倒』選手にはこれからも活躍して欲しいので」
「…ニュウは『蛇牙』と試合すれば『不倒』が負けると思ってるのかしら?」
「確かに『不倒』選手は強いです、ですが隙も多い。一瞬の隙も見逃さず素手の一撃で致命傷を与えれる『蛇牙』選手に勝つ事は正直難しいかと」
「その考えは間違っていない。でも…」
リアも最後だけ拡声器を通して答える。
『私は『不倒』が『蛇牙』に負けるとは思ってないわ』
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