第338話 靴屋の倅は転生者? 25


「ふぅ、荒事になる前に退いてくれて良かっただよ」


 一安心した感じで席に座るヨコヅナ君。


「流石冒険者ね、私がいくら言っても聞かないのに」

「脅しが偽りじゃないってのが遊女にも分かるんだろうねェ」


 一緒に戻っきたオリアさんとデルファさんも席に座る。…遊女さん達も美人だったけどやっぱオリアさんの方が美人だな~。

 それはともかくまずは、


「勝利おめでとうヨコヅナ君」

「よくやったわヨコヅナ」

「おめでと大将、凄い試合だったぜ」

「おめでとうございますヨコヅナ殿」

「勝ててよかったのー」

「なかなか楽しめる試合じゃったぞ」

「ありがとうだべ」


 みんなのお祝いの言葉にいつものニコニコ笑みで答えるヨコヅナ君。

 

「かなり攻撃を受けていましたが怪我はありませんか?」

「大丈夫だべ、…まだちょっと顎が痛いだが」


 凄いアッパー喰らってたからな~、さすがのヨコヅナ君も無傷とはいかないか。

 

「それでちょっと遅かったのー?」

「いや、対戦相手の企業のお偉いさんが控室に挨拶にきただよ」

「今負かしたばかりなのにか?」

「三豪会ほどの大企業なら一回負けた程度で相手を恨んだりしませんよ。選手も駒の一つに過ぎないでしょうし」


 大企業の選手は駒に過ぎないんだ!?違法賭博だし仕方ないのかな…。


「色々言ってただが要は今後仲良くしようって話だったべ。それだけなら大してかかってないんだべが」

「さらに出待ちされててなかなか進めなかったのよね、それも遊女達じゃなくて観客の人達が。人気なのは分かってたけど今日は特に凄いわね」

「国外の上位選手を自国の期待の新人が実力で叩き潰したわけだからね。当然の結果とも言えるよ」


 思ってたよりずっと凄いこと成し遂げたっぽい。ヨコヅナ君は分かって無さそうだけど。


「ヨコヅナ様のファンの人達を掻い潜った後が先程の遊女の方々です」

「いつもは座ってからなんだべがな…」


 ヨコヅナ君は少し困った顔をしているが、毎回あんなハーレム状態とか羨ましい。


「嫌ならぶっ飛ばせばいいじゃない」

「他の客はともかく遊女は金目当てなの大将も分かってんだろ」

「祝ってくれてる女性にそんなこと出来ないだよ、思惑があると分かってても」


 ヨコヅナ君に限らずあの状況で女性をぶっ飛ばす男はいない思う。思惑あってもやっぱ嬉しいもん。


「手は出さずとも真剣に拒否すれば寄って来ないと思うのですが」

「そうかもしれないだが、裏闘の運営から遊女が集まるぐらいは許可してほしいと頼まれてるだよ。そうすることで裏闘がより盛り上がるからって」

「…なんでヨコちゃんが遊女に囲まれたら裏闘が盛り上がるのー?」


 俺ちょっと分かる。


「みんながヨコヅナ君みたいになりたいと思うからじゃないかな」

「ええ、その通りです。裏闘に参加する多くの男性選手は、真面に働いても稼げない大金を一夜に稼ぎ、相手出来ない程の多くの美女に囲まれる。そんなウハウハでモテモテを夢見ているのです」


 ざっくりな説明だけど確信をついてる。俺もウハウハでモテモテになりたい!


「ヨコヅナ様は一年前まで田舎農民の青年。そんな青年が裏闘が勝ち上がり今ではウハウハでモテモテ状態。夢の体現者として裏闘の興隆に一役…いえ、二、三役は買ってますね」


 そんな話を他で聞いても盛ってる噂だと思うけど、ヨコヅナ君の場合事実そのまんまなんだよな~。

 今日の試合でヨコヅナ君はいくら稼いだんだろ?……聞いていいかな…。


「ヨコヅナは今日の試合でいくら稼いだの?」


 …聞きにくい事をあっさりと、さすがクレア無遠慮の塊。


「………いくらだべラビス?」

「大将把握してないのかよ!?」

「いくら賭けたか分かってないのー?」

「ヨコヅナ殿は社長なのですよね?」

「あ、いや、契約書には目を通してるだが、内容を他者に言うのは駄目だべから。それに祝い金はいくらになるか分かんないべ」


 …あたふたと言い訳めいた事を言うヨコヅナ君。


「契約の内容を言えなくても予想総額ぐらい言えるでしょ。勝った場合相手が支払う金額と裏闘での賞金は固定なんだから。祝い金は前試合より盛り上がって多くなりそうだから前回の金額の二割増しにして、全て足した合計を予想総額として言ってみなさい」


 オリアさんの算数の問題のような言葉に、


「……………………?」


 ヨコヅナ君はゆっくり首を傾げるだけだ。


「やっぱり把握出来てないじゃない!友達の前だからって言い訳してー」


 答えれないヨコヅナ君の頬を抓るオリアさん。これが前に言ってたオリアさんの頬抓りか、思ってたより痛そう…。


「二割増しとか、そんな難しい事いきなり言われても困るだよ」


 いや、そんな難しいことじゃないと思うけどな。


「じゃあ社長、仮に祝い金は前回と同じとした場合の総額は出せるのかい?」

「……あ~、前回の祝い金がいくらだったかもう忘れただ。あと、オラが負けた場合支払う金額は覚えてるんだべが、勝った場合貰える金額は覚えてないだ」


 二割増し関係ねぇ!?


「大将それでよく社長なんてやってんな」

「その辺を補佐するのがラビスだべ」

「さすがにその程度の計算は答えて欲しいですが」


 さすがに補佐のラビスさんでもヨコヅナ君を見る目が厳しい。


「モグモグ…ゴクンっ、因みにちゃんこ鍋屋でヨコに何を聞いてもはぐらかしておったのは何も知らなかったからじゃ。試合の対戦相手を選ぶのも賭けの条件を決めるのも、その他もろもろラビスに一任しておるからの。先の通り契約書もちょっと目を通してるだけで覚えておらん」


 社長としてダメダメじゃん!そういや、ちゃんこ鍋屋に初めて行った時ワコちゃんもそんなこと言ってたな。


「まぁそれでも、試合で勝つという一番重要な仕事をしていますので社長としての役割を果たせています」

「そうだねェ、勝たないと他は全て意味ないからね」

「だから私達もヨコが社長であることに不満ないわよ」

「え、だったらなんで抓っただ?」

「それはヨコが分かってないくせに見栄を張ろうとしたから、姉としてのお説教よ」

「そうだべか、正直に忘れたと言った方がよかっただか」

「それはそれで抓ったけどね」

「大まかにでも答えて欲しかったのは確かだねェ」

「そもそも予想収益は事前に把握しておくものです」


 ……社長としてのヨコヅナ君こんな感じなんだ。やっぱり格闘と料理に極振りしてるから経営なんかはダメな感じか、会社を回せてるのもラビスさんが補佐して、さらにオリアさんやデルファさんのような優秀な部下がいるからなんだろうな。

 …友達の欠点を見てこういうのは駄目かもしれないけど、ちょっとホッとする。何でも出来たらチート過ぎるもんな。

 ホッとした俺は頼んだジュースを飲む。みんなは酒だから俺も酒を頼もうと思ったんだけどエルリナさん達に駄目って言われた。ザンゲフさん達なら寧ろ強制的に飲まされるんだけどな、ジュースも美味しいから良いけど。


「クレアさんの質問を代わりに答えますが今日の試合の予想収益は…」


 俺はその金額を聞いて、

 

「ぶはっ!?…」


 口に含んだジュースを拭いていしまった。


「ちょっ、汚いわね、何してんのよアル」

「ご、ごめん……」


 え、稼ぎ過ぎじゃね?俺の一試合の稼ぎの何十倍だよ?てか、平民の年収の何年分だよ!?


「い、今の一試合で本当にそんな大金を?」

「祝い金は前回の二割増しでの予想ですが相手が国外の上位選手で観客の反応を見るに、この額を下回ることはないかと」


 マジでそんなに稼げんだ…、会場からして次元が違うとは思ってたけど稼げる金額も次元が違う。

 

「凄いですね。ヨコヅナ殿の年齢でそれほど稼ぐ平民なんていないのではないですか」


 シアンさん冷静だな…、貴族だから金銭感覚に違いがあるのか。


「数字でのデータが無いので確かなことは言えませんね。平民が普通に働いて一日でこの額を稼ぐのはまず無理だとは思いますが」

「冒険者ならヨコの今日の総額以上を稼ぐこともあるのではないか?」

「まぁ、一回の冒険で数年遊んで暮らせる額を稼いだって話は極稀に聞くな。…最近だと釣りに行って、たまたま高額レア魔獣のヴィーヴル狩ったとかな」


 ああ、それなら俺も聞いた事……、


「それもヨコちゃんのことなのー」


 そうじゃん!?ヨコヅナ君のことじゃん!!

 ヴィーヴルの討伐金って数年遊んで暮らせるぐらい高いんだ!?それに裏闘でだって今日入れての五試合、今後も勝つたびに同等以上稼げるってことだよな。


「……ヨコヅナ君実は大金持ちなんだ」


 今さらなことをつい口から出してしまった。


「裏闘での稼ぎは全ての会社の収入として計上するべからオラの懐には入らないだよ」

「え、そうなの?」

「そもそも会社の金を賭けてるべからな」

「でもよ大将、祝い金や賞金は選手に貰う権利があるんじゃねぇのか?」

「普通はそうだべが、オラは社長兼選手だべからな」


 社長だから会社の金はヨコヅナ君の金ってことかな…?


「あとオラは借金あるべから、お金は寧ろないだよ」

「ヨコヅナ君借金あるの?」

「厳密には借金ではありませんよ。ヨコヅナ様が個人で返済することはまずないです」


 ヨコヅナ君より先にラビスさんが答える。


「あれ…でも会社が潰れたらオラが借金を背負うことになるんじゃないだか?」

「私が補佐しているのですから、会社が潰れることなどあり得ません」

「好調な今の状況で、なんでヨコは会社潰れた時の借金の心配してんのよ」

「社長なんだから会社を大きくする事を考えな」

 

 ヨコヅナ君が言ったのは会社の借金のことか。


「アルさんの質問ですが、ヨコヅナの貯金額では大金持ちとはとても言えません。平民にしては多いぐらいです」


 質問したつもりではなかったけど、ラビスさんが答えてくれた。てか、なんでラビスさんが答えるんだ?


「ヨコひょっとして、自分の貯金の管理までラビスちゃんにしてもらってるの?」

「そうだべ」

「そうだべ、じゃないわよ!それぐらい自分でやりなさい」

「ひはひだよ」

 

 また頬つねられてる、仲良いな~。あと、思ってたよりヨコヅナ君のラビスさん依存度がヤバい。

 

「ヨコちゃんは自分のお金を自由に使えないのー?」

「いえ、納税などの為に把握・整理しているだけで、ヨコヅナ様の出費を制限しているわけではありませんよ」

「ボろうと思えば出来んじゃねぇか」

「やろう思えば出来ますね」

「ラビスはそんなことしないだよ」


 それだけヨコヅナ君がラビスさんを信頼してるってことなんだろうけど…、


「ラビスさんっていつからヨコヅナ君の補佐をしてるんですか?」

「去年の建国祭の後からです」


 一年も経ってないんだ…。


「ラビス殿の本職はコフィーリア王女の専属使用人と聞いたのですが。ヨコヅナ殿の補佐は派遣としてだと」


 シアンさんが今までより真剣な表情でそう聞く。ラビスさんって派遣だったの?


「元はそうでした。今は派遣ではなく王女様の使用人を辞めてヨコヅナ様の補佐をしています」

「どうして辞められたのですか?コフィーリア王女の専属使用人はどんな仕事に就くよりも難関で名誉ある職のはず」


 王女様のメイドってそんなに凄いんだ……まぁ、王家に仕えてるわけだからそれもそうか。ほんとなんで辞めたんだろ?


「ヨコヅナ様の補佐を続けたいと思ったからです、生涯にかけて」


 ラビスさんのヨコヅナ君への慕い度はさらにヤバい。

 もう結婚しちまえよ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る