第337話 靴屋の倅は転生者? 24


「私は選手控室へ行きます。ヨコヅナ様が着替え終わりましたら一緒に戻ってきますので、皆様はここでお待ちください」


 試合終了の言葉を聞いてラビスさんは直ぐにヨコヅナ君の控室へと向かった。

 会場はヨコヅナ君の勝利に興奮冷めやらぬと言った感じで、


『いやぁ~、凄い威力だったな『不倒』の新技!!解説頼むぜヘンゼン!』


 実況席でも戦評的な話をしてる。


『…簡単に言えば、腕を振り下ろす打撃【鉄槌打ち】を『不倒』は両腕で行った。ということなのだが…どうも違和感があるな…』

『ヘンゼンが解説出来ないってんでリアさん頼みますぜ!』

『解説はしてるだろ』

『……結果だけを見ればヘンゼンの解説であってるわ。過程は違うけど』

『過程が違う?どういうこってす?』

『あの一撃は武器を振り下ろす動作なのよ』

『武器?しかし、スモウでは武器は使わないはず』

『ええ、だからスモウではないわ。私も武器の鍛錬は見ていないけど、聞いた話が本当なら…今のは本来の威力の半分にも満たないはずよ』

『あれで半分以下の威力なんすか!?』

『素手であれほどの強さを有しながら、さらに武器の鍛錬…。『不倒』は一体何を目指しているんだ?』



 俺もめっちゃそう思う、ヨコヅナ君は何を目指してるんだ?強いだけでなくちゃんこ鍋屋の店主だし、つか社長だし。これ以上強くなってどうするんだよ?

 

「大将が武器の鍛錬してるってのは本当なんか?ナインドじゃ籠手はしてたが武器は使ってなかっただろ」

「武器の鍛錬はしておる。じゃが寝る前の運動感覚で始めたモノじゃから実践では使えん。まぁ、それなりに威力は高いがの、さっきのは半分どころか三分の一にも満たん。武器での一撃が直撃すれば人は木端微塵になるじゃろうな」

「木端微塵!?…、武器は剣ではないのですか?」

「ヨコが使っておるのは大鉄棍じゃ」


 うわ~、鬼に金棒って諺がそのままの意味で適用されるじゃん。


「解説の黒い人も言ってるけどヨコちゃんって何を目指してるのー?」

「本人は平穏にのんびり暮らしたいだけと言っておるの」

「意味わかんないのー」


 わかんないですよね~。だったらちゃんこ鍋屋で料理作ってるだけで良いじゃんってなるもん。

 

「……ヨコヅナが長物の武器使うとなると平地で戦うのはかなり危険ね。森の中で距離を取りつつ弓で攻撃以外の勝ち道がないわ」

「何でお前はヨコヅナ君に勝つ為の戦術を考えてんだよ。手合わせはしないんだろ」

「実践で戦うことがあるかもしれないじゃない」

「どんな状況だよ、ヨコヅナ君が敵になるってことか?」

「……ヨコヅナが賞金首になって、冒険者から討伐依頼が出されるとか」

「あり得ねぇだろ、つか失礼だろ!」


 ナインドで何度も料理作ってもらったりとか、王都に入る保証人になってもらったりとか、結構お世話になってる相手が賞金首になるとか言うなよ。


「あり得ないとも言えん。ヨコは悪気なく法を犯したりしそうじゃからの」


 相棒が否定しないのかよ!?



『上位選手に勝ったんだから『不倒』もこれでAランク上位選手ってことだよな!』


 実況席ではまだヨコヅナ君の話をしてる、Cだと直ぐに次の試合が始まるけど、Aでは試合間を十分とってあるのかな。


『Aではまだ5試合しかしてないが、実力を見て否定する者はいないだろう』

『もう武九王とやり合ってもいけんじゃねぇか』

『…それはどうだろうな、今日の試合『不倒』は多くの攻撃を喰らっていた。上位レベルで『不倒』の防御の隙をつけるなら武九王はそれ以上のことが出来るだろう。ここまで段飛ばしのように駆け上がって来たんだ、経験を積む意味でもしばらくは上位選手と試合を組むべきだと俺は考える』

『ヘンゼンは黒い格好してるくせに、真面目っつうか堅実っつうか』

『黒は関係ないだろ』

『リアさんはどう思います?やっぱ『不倒』と武九王の試合観たいっすよね』

『そうね、私も武九王との試合を早く観たいと思うわ。でも、賭けの条件が合わないらしいのよ』

『条件が合わないってのは…、セレンディバイト社では支払えない賭け金を要求されてるってことっすか』

『もしくは、賭けの対象にしたくない物や情報。だから実力は関係なく武九王との試合はしばらく先になるでしょうね。周りが『不倒』を応援してあげたら観れる日も早くなるんじゃないかしら』

『…なるほどっ!『不倒』VS武九王の試合が早く観たいってお客様はどんどん祝い金包んでやってくれよな!』

『リア殿がぼかしたのに、直訳するな!』

『あ痛いっ!』



 実況席で漫才みたいなことしてる、面白いから選任に選んだのかな…?それより気になる言葉があったな。


「祝い金って何だろ?」

「試合に勝った選手にファンが祝いとして送る金銭じゃ」


 Cだとそんな制度ないけど…、


「Bでもそういう制度はあるんですかエルリナさん?」

「いやAだけだな。チップや投げ金と同じようなもんだよな」

「そうじゃな、本人に直接渡さんが人気の選手ほど多額を得れるのは同じようじゃ」


 前世でもそんなのあったな…、どれぐらい稼げるかは知らないけど、気持ちを金銭として包むだけだから大した額じゃないよな…。



 少し経つもヨコヅナ君が来ない。


「ヨコヅナ遅いわね」

「服着るだけじゃからいつもは直ぐ来るんじゃがな」

「勝ったけど大将もかなり攻撃を受けてたからなぁ…」

「治療室に行っているのでしょうか?」

「ちょっと心配なのー」


 金網から出る時は平気そうだったけど、あれだけ攻撃喰らったらいくら頑丈とはいえ医者に診てもらうぐらいするかもな。


「ヨコはあの程度で治療室には行かぬよ。……どうやら来たようじゃな」


 カルの視線の先に俺も目を向けると、


「『不倒』様今日も凄かったですわ!」 

「上位選手相手に圧勝だなんて流石です~」

「『不倒』様がいればもう国外選手に大きな顔されることはありませんわね」

「今日の勝利は仕事抜きにして皆が祝福してますよ『不倒』様」

「ありがとうだべ」


 大勢の美女を引き連れてヨコヅナ君が現れた。何でぇ!?


「え、誰あの人たち!?ヨコヅナ君の知り合い?」

「ここで客をとっている遊女じゃよ。どうやら出待ちされて遅かったようじゃな」


 出待ちってアイドルじゃあるまいし…でも凄い人気だったから違いはないのかな。どの人も美人だな…あ、Cの会場で会ったマリリーさんもいる。Aで勝つとこんなハーレム状態になるんだ…いいな~。


 ヨコヅナ君はテーブルの前までくると、


「さっきも言っただが今日は友達も来てるからここまでだべ」


 あっさり美人遊女さん達に離れるように言う。

 

「…友達ってことは恋人じゃないんでしょ?」

「そうだべ」

「だったらいいじゃないですか~」

「私達と一緒にいましょうよー」

「楽しませてあげますよ、ふふ」


 でも遊女さん達も簡単に諦める気はないみたいだ。以前マリリーさんが言ってたようにヨコヅナ君は籠絡する価値があるってことなんだろうな。

 そんな遊女さん達の言葉に、ダンっ!とエルリナさんがテーブルを叩く。


「大将は相手しねぇっつってんだろ、さっさと消えろや」


 ドレスで着飾っててもエルリナさんのドスの効いた声は怖いな…。


「……あなたBランクのドラゴンヘッドよね、裏闘で暴力行為を起こすどうなるか分かってるでしょ」


 おおっ、大してビビってない。違法賭博の会場でお客とってるだけに多少のことでは動じないのか。


「選手資格剥奪って言いてぇのか、冒険者の私がそんなもん気にすると思ってんのか?」


 凄みを強くするエルリナさん。それに加勢するように、


「エルリナが手を出すと不利益を被るなら私がやりましょうか。無手は得意ではないですが、遊女の鼻っ柱を文字通りへし折るぐらいは出来ますよ」


 指をポキポキ鳴らずシアンさん、今日は本当に貴族令嬢って見た目なのに。


「ウィピもやるのー、その綺麗に整えた髪をチリチリに焼いてやるのー」


 手のひらの上に炎を出現させるウィピさん。こういう時炎魔法格好いいよな~、言ってることはえげつないけど…。


「だったら私も弓矢…はないんだったわ。素手で…」

「クレアさんは問題起こすと保証金が返ってこないので手を出さないでください」


 ヨコヅナ君と一緒に戻ってきてたラビスさんが的確なツッコミを入れる。


「あ、そうだったわね。応援だけするわ」


 クレアは大人しくしとけ。

 遊女さん達はウィピさんが炎を出した時点で既にちょっと引き気味だ。こそこそ話し合い、


「ちょっと分が悪そうね。今日は失礼します『不倒』様」

「またね~『不倒』様」

「次の試合も頑張ってくださいね!」

「仕事抜きで応援してますから~」


 遊女さん達は皆々がヨコヅナ君に一言残して去って行く。ちょっと勿体ない気が…、ヨコヅナ君目当てなのは分かってるけどあんなにいたら一人ぐらい俺の相手してくれる人もいるかも。いや、既に美女美少女が揃ってるんだから贅沢言ったら駄目だな。ヨコヅナ君目当てなのは一緒だけど。

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