第320話 我をいじるでない!
常連の中年男性のお客。
「お!今日はでっかい兄ちゃんがいるじゃねぇか」
「いらっしゃいませだ」
「とりあえずちゃんこ、大盛で頼む」
「分かっただ」
「ひさしぶりだな兄ちゃん、体調を崩したって聞いてたが大丈夫なんか?」
「もう大丈夫だべ」
「…あ~、でも兄ちゃん痩せたなぁ……よし、俺が奢ってやるから兄ちゃんもちゃんこ食え」
「ありがとうございますだ。気持ちだけ頂くだ」
常連の母娘のお客。
「あ!ママ、今日大きいお兄ちゃんいるよ」
「あら、本当ね」
「いらっしゃいませだ」
「お兄ちゃん、ちゃんこ頂戴」
「ふふ、この子ったら。ちゃんこを二人前お願いします」
「分かっただ」
「……お兄ちゃん小っちゃくなった?」
「…確かに店主さん痩せましたね」
「忙しくてちょっと痩せただ」
「ご無理はなさらないようにね」
「気をつけますだ」
常連の老人のお客。
「おや、今日は店主がおるではないか」
「いらっしゃいませだ」
「ちゃんこ……いや、新メニューのトマトちゃんこを頂こうかの」
「分かっただ」
「ここのちゃんこは食べると元気になるとワシら年寄の間でも評判じゃぞ」
「ありがとうございますだ」
「……しかし店主、痩せたの」
「忙しくてちょっと痩せただ」
「…老婆心で言うがあまり無理するでないぞ。生きる為の仕事じゃ、それで体を壊しては意味がない」
「ご忠告痛み入るだ」
女性陣五人は料理を食しながら、入って来た客が次々とヨコヅナが厨房に居ることを嬉しそうに話しかけるのを見て、
「ヨコヅナ殿は人気者ですね」
「アルなんかよりずっと人と仲良くなるの上手じゃない」
「モグモグ、ゴクンっ。ヨコは老若男女問わず親しまれて、名物店主などとも呼ばれておるからの」
「エルちゃんが言ってたことがよく分かるのー」
「だろ!」
エルリナは、どれだけ格闘の実力が高く強い魔獣を討伐しようと、ヨコヅナは「冒険者よりもちゃんこ鍋屋の店主の方が似合う」という考えを変えてない。
それは客達が楽しそうに食事をしている店内を見れば皆が納得出来る。
「でも、心配するように痩せたって言われてるのが分からないのー。ヨコちゃんはちょっとぽっちゃりさんだと思うのー」
「そうよね。ただのマッチョ体型じゃなく、それなりに脂肪も付いてるわ」
ナインドで初めてヨコヅナと会ったウィピとクレアには客が心配する理由が分からない。
「はは、そう…だべ、な」
二人の「ちょっとぽっちゃり」や「それなりに脂肪は付いてる」という言葉に顔を引きつらせるヨコヅナ。
「大将、前はデブだったからな」
「私もパーティーで会った時はもっと顔が丸くお腹が出ていた印象があります」
「ダイエットが成功したなら良い事なのー」
「ヨコは痩せようと思ったわけではないからの。仕事が忙しくなって、短期間で体型が変わったから少し驚かれとるのじゃよ」
「ふ~ん…あれ?……、でもヨコヅナが例の格闘試合で活躍してるのは有名なんでしょ」
裏闘で無敗の活躍をしているのに心配されるのはやはり不自然に思ったクレアだが、
「有名なのは一部にだけだべ」
違法賭博だけに裏闘での活躍は一般に知れ渡ってはいない。選手名も『不倒』にしているので情報を得ようとしなければヨコヅナと結びつかない。今はまだ。
「クレアは大将が裏で闘ってんの知ってんのか」
「裏の…、エルリナも参加してるあれですか?」
「ああ、大将とも試合したことあるぜ。負けはしたが裏闘で大将に傷を負わしたのは私だけだ」
(反則攻撃でだべがな。それにAでは怪我もしてるべ…)
そう思いつつも、エルリナがドヤ顔で気分良く話してるので、ツッコまないでおいてあげるヨコヅナ。
「モグモグ、ゴクンっ。アルも出場したのじゃろ」
朝の稽古同様、アルが裏闘に出場したこともヨコヅナから聞いているカルレイン。
「…ええ、一応Cで2連勝したわ」
「初出場で2連勝か…」
「それは凄いですか?」
「戦績としては凄いとは言わえねぇが…相手によるんだよな。Cの大半はただのゴロツキだが中級冒険者ぐらいの実力者にあたることは少なくない」
エルリナは裏闘初出場では3連勝している。その後も負け無しでBランクに昇格した。ただ、苦戦し負傷した試合もある。Cランクとは言え裏闘で勝ち抜く厳しさを分かっている。
「極稀中の稀だろうけど、大将みたいは怪物級も現れるしな」
「ははは、怪物は酷いだな」
ヨコヅナはC、Bを5連勝しAでも今だ負け無し、これだけで極稀な常人離れした選手だ。それだけでなく、
「バジリスクやヴィーヴルを素手で狩る奴が怪物じゃなきゃ何なんだよ」
ヨコヅナは
「ヨコヅナに比べたらアルが戦ったのは二人ともゴブリン並みの雑魚よ」
「…その言い方だとオラが魔モノみたいだべ」
「前日までデカい事言ってたのに、会場に着いたらビビってるし」
ヨコヅナのツッコミはスルーして話を続けるクレア。
「二試合目でちょっと攻撃受けたからって、勝てる可能性のある三試合目を放棄したのよアイツ」
「…多少の怪我で逃げ出すのは、冒険者としては褒められたことではありませんね」
「アルちゃんは新人だから仕方ないのー。ウィピは頑張った方だと思うのー」
「ちょっと怪我したぐらいで諦めるのもどうかと思うが、危険な試合に
「なら次の試合一緒に行かない?私はセコンドに付かないといけないのよ、会場が汚いから行きたくないんだけど」
「そこまで興味はねぇな」
「私もありませんね」
「ウィピもなのー」
話題にはしたが足を運んで観戦しに行くほど、アルの試合に興味はない三人。
「そうよね、アルの試合なんて
「モグモグっゴクン、ではヨコが
「それはいいわね」
「私も興味あります」
「ウィピも行ってみたいのー」
「あ~…大将の試合を
ちゃんこ鍋屋の常連でありBランクで試合した事もあるエルリナは、ヨコヅナのAランク試合を観戦に行こうと思った事がある。しかしそれには、
「何か問題でもあるの?」
「Aの試合を
裏闘のAランク会場は上流階級の者達が観客として集まる為、一見さんお断り。初回は入る為に紹介状が必要。裏闘の運営陣を除いて紹介状を出せる権利を持つのは、出場している組織、裏闘が認めた常連客。
今回の場合、
「セレンディバイト社として紹介状は用意できるはずじゃ。入場料は各自用意するしかないがの」
「入場料っていくらなの?」
Aランク試合を観戦する入場料を聞くと、
「何それ!?試合
「だから私も行ったことないんだよ」
「Aの会場は貴族や大商人の社交の場でもあるからの、それに高価な料理や酒が無料じゃ」
「人によっては高い入場料を払う価値のある場所と言う事ですか」
「うむ。それに損したくなければ、ヨコに賭けて儲ければよい」
出費の分以上が返ってくる金額をヨコヅナに賭けて、ヨコヅナが勝てば確かに損はない。
「確かにヨコヅナに賭ければ儲けれそうね」
乗り気になるクレア。
しかし、ヨコヅナの格闘の実力が高いとはいえギャンブルだ、
「ヨコちゃんは強いけど、次も絶対勝つとは限らないと思うのー」
「絶対に勝てるギャンブルをしては運営が成り立ちませんからね」
ウィピとシアンが異を唱える。
「…確かAだと事前に対戦相手は分かるんだったよな。次も勝てそうな相手なのか大将?」
他の三人より裏闘に詳しいエルリナがそう聞くが、
「さぁ…、どうだべかな」
「何だよ大将、勝つ自身無いのか?」
「ビビってんのヨコヅナ」
「ははは、どうだべかな」
ヨコヅナは笑って誤魔化して何も答えない。何故なら対戦相手の事を何も知らないからだ。
セレンディバイト社になってからは裏闘での対戦相手も賭けの条件もラビスに一任している。試合する選手の情報も試合前に控え室で少し聞くだけなのだ。
「ん~…、大将が簡単に負けるとは思わねぇが、Aは最低賭け金も高いからな…」
「最低賭け金ってランクで違うの?Aはいくらなの?」
「確か最低は…」
Aランクの最低賭け金を聞いて、
「ほんと高いわね…」
「一発勝負でその金額は…」
「情報無しに賭けるの怖いのー…」
「モグモグ、ゴクンっ。…よし!では我が占ってやろう」
「「「「占う?」」」」
突拍子もないカルレインの言葉に首を傾げる四人。
カルレインは食器を置いて両手を前にかざし、「うむむむぅ~」と、魔法で淡い光作り出す。その光が少しずつ数字の形を作る。
『75』
「出たのじゃ。次試合、ヨコの勝つ確率は75%なのじゃ」
「カル占いも出来るのか?」
「わははっ!我は天才じゃからな」
などと言っているがカルレインは占いなんて出来ない、しかも次のヨコヅナの対戦相手の事など何も知らない。
適当な数字をそれっぽく光魔法で形作っただけだったりする。
「75%なら賭れる確率ね」
「占いは情報とは言わないのー」
「占いが当たる確率が分かりませんからね」
「寧ろ占い頼りでギャンブルする奴はヤバいぞ」
「あとは自己責任じゃ」
「カルの言う通りだべ」
カルレインが勧めようと、闘うのがヨコヅナであろうとギャンブルは自己責任。
「う~ん……行ってから考えるか。賭け金は4人で出しあってもいいしな。入場料は痛てぇけど」
「そうですね。私的には違法賭博でありながら社交の場というのも興味ありますし」
「高い入場料の価値無かったらクレーム付けてやるのー」
「あっ、……よく考えたら、私あまりお金ないわ」
勢いで会話してたが、クレアにAランクの入場料と賭け金を払える蓄えはない。
「なんだクレア、王都に来てからは怠けてんのか?」
「違うわよ、依頼は頻繁に請けてるわ」
お金が無い理由は、ヨコヅナに入国料を倍にして返済したからだ。
「…はぁ~、またカラス狩りで稼ぐしかないわね」
「カラス狩り……あぁ、ヘヴィークローの討伐か」
「クレアにはうってつけの依頼ですね」
「稼ぎ放題で羨ましいのー」
「もう飽き飽きしてるのよ。今はアルが居ないから狩ったカラスを自分で運ばないといけないし」
大量に獲物を狩るには、荷物持ちは重要な役目なのだ。
「誰かアルの代わりに荷物持ちとして組んでくれない?報酬は9:1で」
「あり得ねーな」
「考えるまでもないですね」
「論外なのー」
『龍炎の騎士』の三人は即答で断り、
「モグモグ、ゴクンっ…、役目も報酬も逆ならやっても構わんぞ」
カルレインはクレアよりも多く討伐出来る自信がある。
「ヨコヅナは?」
「え、オラにも聞いてただか?見ての通り仕事で忙しい……」
ヨコヅナも即答で断ろうとして、少し考え、
「オラは無理だべが、セレンディバイト社から体力ある荷物持ちを派遣する事は出来ると思うだよ」
「本当!?」
「派遣バイトとしての代金は貰う事になるべがな」
「いくら?」
「ラビスと相談しないと確かな事は言えないべが、だいたい…」
ヨコヅナはセレンディバイト社の業務の一つとして参加している、用水路の掃除での日当を引き合いに出す。
「……悪くはないわね。でも、アルより体力ない奴だったら減額させてもらうわよ」
「アル程度ならうちにはゴロゴロいるだよ」
混血の多いセレンディバイト社には、人族より身体能力が高い従業員はゴロゴロいる。
「まぁ、契約はラビスを含めてになるべから、すぐってわけにはいかないだよ」
「そうなの…」
「モグモグ、ゴクンっ…いや、大丈夫じゃ。クレアは、と言うよりお主ら四人この後時間があるか?」
カルレインは質問に4人は頷く。
「ラビスが、エルリナ達からナインドでの話を聞きたいそうでの、時間があるなら事務所に寄ってくれと頼まれておるのじゃ。クレアの件も我が仲介すれば今日中に契約可能じゃ」
「ラビスってのはあの黒いメイドだよな、私達に話聞いてどうすんだ?」
「ヨコを主人公にした冒険小説を執筆するそうじゃぞ。その為に様々な視点からの話が聞きたいらしい」
「大将を主人公にした小説ぅ…?変なこと考えるメイドだな」
「…ですが、たった一か月で中級に昇格したヨコヅナ殿の冒険譚なら面白くなるかもしれませんね」
「一応ドラゴン退治もしてるのー?」
「ははは、確かにちょっと読んでみたい気もするな」
「では決まりじゃな。まぁ、行くのは…モグモグ、はんふくふっへからひゃがの」
「カルはほどほどで頼むだよ、材料食べつくされたら困るべ」
カルレインの前には空の食器が積み上げられてる。接客員が回収しているのだが、直ぐに積み上がるのだ。
「カルだと冗談に聞こえないわね」
「「「さすが『無限胃袋』のカルレインだな」ですね」なのー」
「っ!?、うぐっ、ゴクンっ、ふう~」
三人がハモった異名に喉を詰まらせそうになったカルレイン。
「……そのヘンテコな異名、ほんとに定着しておるのか?」
「ぴったりだと思うだよ」思うわよ」思うぜ」思います」思うのー」
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