第321話 とある執事の下働き 28


 ここのところ、ラビスからちゃんこ鍋屋の経営業務を引継ぐ為事務所に詰めていたが、今日からヨコヅナが厨房に立つので久々の接客業務。


「ふふ、やはり活気あるこの店の雰囲気はいいな」


 働き出した頃は庶民相手に接客など、代々王家に仕えてきたハスキーパ家の私がやる事ではないとも思っていたが、今ではこれも立派な仕事だと思える。


 ヨコヅナが今日から厨房に立つ事を知っていたのようで、開店からエルリナが冒険者仲間を連れて来店した。

 知っていた理由は、エルリナと一緒に来店したカルさんから聞いたのだろう。

 本名はカルレインだそうだが、ヨコヅナの相棒ということで「ヨコさん」に合わせて「カルさん」と呼ぶ従業員が多い。見た目子供なのにさん付けで呼ぶことに何故か違和感を感じない。


 私がさりげなく視線を向けていると、エルリナと一緒に来店したエルフが私を見て人差し指を立てる。

 私は意味を察して近づき、


「ちゃんこのお替りですか?」

「ええ、次は普通のちゃんこを頼むわ」


 私は初見だがワコ達から、ヨコヅナがナインドで知り合ったエルフが最近よく店に来るとは聞いている。常連が使うちゃんこお替りの合図を使うまでになっているとは知らなかったが…。


「王都に来て間もないのに何度もちゃんこ鍋屋に来てんのかクレア?」


 エルリナも同じように思ったようだ、


「ええ。結構来てるわ。…でもこの店ずるいわよね」

「ん?何がずるいだか?」


 クレームともとれる言葉にヨコヅナが反応する。


「だって、小腹が空いたから安いちゃんこだけ食べようと寄るんだけど、ついつい他も食べたくなって高い料理頼んじゃうもの」

「……それは経営側としては狙い通りとしか言いようが無いだな」


 確かにこの店は美味しくも安いちゃんこで客を呼び、他の料理を割高にして利益を得ているのは事実。だが狙い通りとか社長が客に言っては駄目だろ。


「別に高くはありませんよ。クレアが食べてるローストビーフ、高級料理店で頼むと3倍以上するはずです」


 割高と言ってもそれは大衆料理店と比べたら、


「ウィピも初めはミートスパゲティの値段ちょっと高いと思ったけど、凄く美味しいから満足なのー」


 味で査定すれば寧ろ安いと言える。


「モグモグ、ゴクンっ…、我も高級料理店と謳う店で食べた事はあるが、量が滅茶苦茶少ないし、味もこの店の方が上じゃ。同じ料理を食べるなら、高い金を出して自称高級料理に食べに行く価値はないぞ」


 この意見は個室の予約客から良く言われる。店の者としては嬉しい言葉だ。ただ、


「カルさんからしたら大抵の店の料理は少なく感じそうですね」


 ワコが積み上がった食器を回収しながら皆が思ってることを代弁する。

 あの小さい体のどこにあれほど食べる容量があるのだろう?チラッと聞こえたが「無限胃袋」というのは比喩ではないのか?



 2日目。

 ヨコヅナが厨房に立つ二日目からは目に見てて客数が増える。今回も増えてはいるが……、


「やはり、以前ほどの増加は無いか…」


 暑さも本格化してきた今の時期、鍋料理屋に食べに行こうと思う者が減るのは仕方がない。

 とは言え、期間限定のトマトちゃんこの評判は上々。「今後は時期にあった食材を使った限定ちゃんこを出そうと思ってるだ」というヨコヅナの言葉を聞いて楽しみと答えるお客は多い。私も何気に楽しみだ…常連客同様私もちゃんこ中毒なのかもしれない。


「クレアの奴、エルリナさん達と一緒に食べに行くこと何も言わなかったんだぜ!?酷いと思わねヨコヅナ君?」


 厨房前のカウンター席でヨコヅナに愚痴を言う少年。私は初見だがヨコヅナがナインドで知り合った冒険者の友達で、昨日のエルフと共に何度も店に来ているとワコから聞いている。


「でもクレアからは、アルを誘ったけど足が痛いから断ったと聞いただよ」

「それは「ちゃんこ鍋屋に食べに行くけどアルはどうする?」ってだけ言われたからだよ。足は痛かったけどみんなで一緒に食事するなら俺も参加したし!」

 

 仕事しながら会話を聞いた感じ、一人だけ仲間外れにされたと言ったとこかな…。


「ヨコヅナ君も朝会ってるんだから言ってくれればいいのに」

「オラとしては、クレアとアルは一緒で当然と思ってたべからな。……まぁでも、昨日は居なくて幸いだったかもしれないだよ」

「え!何それ、…ひょっとして俺、女性陣から嫌われてる?」

「いや、嫌われては無いと思うだよ。ただ……」

「ただ、なんだよ~?はっきり言ってくれよヨコヅナ君」

「あ~…興味がない、とかは言われてただな」

「…それ、マジ評価っぽいな。グサっときた」


 ……考えてみたらヨコヅナの普通の男友達が店に来るというのは初めてではないだろうか。従業員やお客からは親しまれているが友達とは言えないし、メガロやレブロットも友達ではあるのだろうが、身分や年齢の違いがある為普通とは言いづらい。

 

「今日クレアはカラス討伐だべか?」

「ああ、ヨコヅナ君の会社から荷物持ち要員雇ったとか聞いたよ、今朝も「いっぱい稼がないと」ってはりきってた。…何か買いたい物でもあんのかな?」

「…試合観戦の話は聞いてないだか?」

「試合観戦?…聞いてない」

「昨日Aの試合をみんなで観に行くって話が出ただよ」

「Aの試合…、あのまな板エルフ!また俺だけ退け者にする気だったのか?」

「差別発言はよくないだよ。稼がないといけないのは、Aは入場料がかなり高いからだべ」

「マジか…でも、俺もみんなと一緒に行きたいしな~。Aってことはヨコヅナ君が試合するんだよな」

「そうだべ」

「じゃあ応援に行かないとな。俺の試合の時は忙しいのに来てくれたし」

「無理することないだよ」

「いや、なんとかお金貯めて応援に行くよ。友達だろ」


 Aの試合…裏格闘試合の話か。ヨコヅナは『不倒』と名乗り、未だ全勝で膝を着いたことすらないという話だったな。

 普通なら驚くほど凄いことなのだろうが、ヨコヅナだと当然のことに思えてしまう。私が感覚おかしいのか、ヨコヅナが怪物なのか……間違いなく後者だな。

 ただ、怪物染みてはいるが、


「でも、ヨコヅナ君はちゃんこ鍋屋で料理作ってるのが、何て言うかこう…似合ってるな」

「よく言われるだよ」


 同様の言葉を、ヨコヅナは従業員や常連からほんとよく言われてる。

 


 3日目。

 昼食時の混雑が落ち着き、接客員が順番に休憩を回せるぐらいの客数になり、


「寒い時はヨコさんが厨房に立つと休憩取れないぐらい忙しかったのにね」


 余裕があるからワコが話しかけてきた。


「この暑さだからな。昼と夕に満席になるだけ上出来だ」

「トマトちゃんこも好評だしね…あれ?」

「ん?…」


 何かに気づいたワコの視線の先に私も目を向けると、


「ヨコさん、今宜しいでしょうか?」

「いいだよ。どうしただビャクラン?」


 個室席へと続く通路からビャクランが姿を見せた。

 店内の男性客が食事を止め、目を奪われる。


「5番個室席のリーロス様御一行がヨコさんとの面会を希望されています」


 個室席の予約客がヨコヅナに面会を求めることはよくあるが、大抵は忙しい事を理由に接客員がその場で断る。ヒョードル様やケオネス様等、ヨコヅナがお世話になっているかたが来店された場合は例外で、厨房に接客員が確認しに来る。

 しかし、リーロスという名前に聞き覚えはないな。


「リーロス…?誰だべ?」

「ヨコさんがナインドで知り合った冒険者の方々だと聞いております」

「…あぁ、ヤクト達だべか。ラビスが話聞きたいから無料の一回を使って呼び出したんだったべな」

「ラビスさんから「ヨコヅナ様に確認してきてください」と」

「………少ししたら行くと伝えてくれだ」

「承知いたしました」

 

 会いに行くという事はヨコヅナの親しい相手なのだろう、…悩んでいたようにも見えだが。


「ビャクランさんって仕事中はほんと別人に見えるよね」

「ああ、仕事後すぐさま酒瓶に手を伸ばすアル中とは思えないな」


 ビャクランは仕事と私生活でスイッチを入れ替えるタイプ。私生活では間延びした話し方をしているが、仕事中は一切そのようなことはなく完璧なデキる女性だ。いや、唯仕事がデキる女性ではない。

  

「あんな美人店員いたか?」

「あの店員は予約個室席の接客してるらしい」


 ビャクランの姿を見て男性客が噂をしている。色気溢れるビャクランは成人男性…特に20~30代に限定した場合、人気は接客員の中で一番だろう。個室を予約する客がビャクランを接客として指名することも多いと聞く。まぁ、この店は接客員の指名など出来ないが。

 

「私がビャクランさんと同じ歳になる頃には、ああいう大人の女性になれるかな?」

「…いや、無理だろう」

「えぇ~、即答とかヤズッチ酷い~!」

「別にワコがビャクランより劣っているという意味ではない。得意不得意の問題だ」


 ビャクランの色気ある妖艶な雰囲気はワコには無理だろう。だが、逆にワコの溌剌はつらすとした相手も元気にさせる雰囲気はビャクランには無理だ。

 もしこの店の客に接客員の人気投票を行えば、ワコとビャクランで一位二位争いに違いない。

 ……そう言えばワコとビャクランの二人は、ラビスが解雇を進言したがヨコヅナが反対したから働き続けれてるとかだったな。…まさかこうなると見越して……いや、さすがにあり得ないか。

 姫様も直感に近い判断で雇用し、その者が他に真似できない成果をなす事はある。まさにヨコヅナ自身がその最も良い例だ。しかしそれは王族として帝王学を学び、人を見る目を養って来たからこそ備わった選定眼だ。

 一年前まで農民だったヨコヅナが、姫様と同等の選定眼を持つなどあり得ない。ヨコヅナは強運だからな、これもその内の一つだろう。

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