第317話 貴族の冒険者には多いじゃろうがな


 『龍炎の騎士』のパーティーメンバーの一人、シアン・オル・コトローズは実家の屋敷で朝食をとっていた。


(うちの料理人の食事も悪くないですが、ヨコヅナ殿の方が…、特にスープが…)


「おはよう、シアン」

「おはよう、今日は早起きね」

「おはようございます、お父様、お母様」


 ダイニングに現れたのはシアンの父、現コトローズ家当主のブラクと母のマゼンダ。

 『龍炎の騎士』は冒険者活動をナインドと王都の二か所を拠点として行っている。王都には宿ではなく三人で暮らす為の持ち家もある。ただ、シアンは王都に戻った数日は実家に滞在する事を家族と約束させられている。今はその期間なのだ。

 ヨコヅナ達と初めて会った時、シアンは「家は関係ありません」と言っていたがそれは強がりと言う他ない。


「ナインドでの生活はどうだ、資金は足りているか?」

「大丈夫です」

「…そうか。何かあったら言いなさい」

「ありがとうございます」


 家から活動資金を貰っているからだ。いずれは貰った分の金額を返すつもりでいるが…、


(下級である今は仕方ない……いえ、これは言い訳になりませんね。私に比べたら、故郷を身一つで出てナインドに来たクレアやアルの方が立派な冒険者と言える)


 シアンも自覚している。実家から資金を貰いながら冒険など、組合に登録していようと本物の冒険者と認められないことぐらい。


「姉さんは良いよな~、家の金で自由気ままに遊びまわれて。冒険者なんてしてないで家の仕事を手伝って欲しいね」


 朝の挨拶もなしにそう言ったのは。シアンの弟でコトローズ家の次期当主でもあるイエロ。

 

「イエロだけには言われたくありません」

 

 本物ではない自覚はあっても、シアンがおこなって来た冒険者活動を遊びと言われるのは心外だ、特に愚弟に言われるのは。


「後継としての仕事がイエロにとって荷が重いなら、いつでも代わってあげますよ」

「荷が重いなんて言ってないだろ!家の事を考えろって言ってるんだ!」

「家の事を考えるなら、私がコトローズ家の当主になる方が良いと言っているのです」

「そんな事は無理だって何度も言われてるだろ!」

 

 コトローズ家の次期当主が弟のイエロなのは、シアンよりも有能だからではない。勉学でも運動でも、その他全てにおいてシアンの方が勝っている。シアンは幾度となくそれを証明し、騎士の称号まで取得した。しかし、シアンがコトローズ家の当主になることは認められなかった。理由はただ一つ、女だからだ。

 コトローズ家は古くからある家で考え方も古い、当主は男であるべきという仕来たりを個人の能力差だけで破ることはしないのだ。

 シアンが冒険者になったのは、そんな家への反抗心からでもある。


「朝から喧嘩は止めなさい。シアン、もうその話はしないのが冒険者になる条件だっただろ」


 ブラクに嗜められシアンは黙る。

 

「家のことは手伝わなくてもいいけど、シアンもそろそろ本格的に身を固める相手を探すべきだと思うの」


 続くマゼンダの言葉にうんざりした顔になるシアン。最近は家に帰ると、ことあるごとに結婚の催促をされるのだ。

 だが、こっちは古い考えというわけでもなく、シアンと同年代の貴族令嬢はお見合いなり、社交パーティーに参加するなりして次々と結婚しており、

 

「今は申し込みの話も多いけど、いつまでもそうとは限らないのよ」


 娘が行き遅れないかと母親が心配するのも当然と言える。

 

「お父様が先ほど言った条件は少し違います。正確には私の好きなように生きて良いです。なのでいつ結婚するかも相手も自分で決めます」


 シアンは別に結婚したくないと思っているわけではない。だが、家を通しての相手は嫌なのだ。申し込みは多くとも会うのはコトローズ家が選別した相手、同じように古い考えをしているからだ。

 

(相手は自分で決めると何度言ったらお母様は分かるでしょうか?実際何人か家が勧める男性と会った事ありますが、ろくな相手が……、いや…)


 一人だけ例外がいた事に気づくシアン。


「……お父様」

「何だ?」

「以前ヘルシング家に招待され、パーティーでお会いしたヨコヅナ殿を覚えておりますか?」

「ヨコヅナ……あぁ、あのちゃんこ鍋屋の店主か」

「そうです。あの時はヘルシング家が王女様と揉めたとかで有耶無耶になりましたが、コトローズ家から再度会う話を通すことは出来ますか?」

「ちょっと待ってシアン!その相手って田舎出身の元農民だったわよね」

「はい」

「身を固めるべきとは言ったけど……その相手は、私はどうかと思うわ」

「あれはヘルシング家との付き合いから、仕方なく話を合わせただけだからな」


 以前コトローズ家としてヨコヅナにお見合いの申し込みはしたが、両親共にシアンがヨコヅナと結ばれる事は望んではいない。


「シアンだって嫌々だったでしょ?」

「あの時はそうなのですが、今回ナインドに行って偶然ヨコヅナ殿とお会いしたのです」

「彼は冒険者でもあるのか?」

「はい。一緒に依頼を請け、危ないところを身を呈して助けてもらいました」

「そうなのか!?どういう状況だったのだ?」


 ブラクに詳細を聞かれ、シアンはコボルトのボスに噛みつかれそうになったところを、ヨコヅナが腕を負傷してまで助けてくれたことを話す。


「そういう事は直ぐに報告しなさい!……ヘルシング家を通して彼、ヨコヅナ君を家に招き礼をする必要があるな」


 古い貴族は面子を気にする。どこの誰とも分からない冒険者ならともかく、ヨコヅナがヘルシング家と親しい関係にある事は分かっている。娘を助けて貰ったならコトローズ家として礼をしなければ面子に関わることとなるのだ。


「それだと……こちらから是非もう一度お見合いがしたいという話だとヘルシング家は受け取るわよ。後々シアンが不幸に…」

「いいじゃん、姉さんもその気なんだから。冒険者なんてやってる姉さんには一料理屋の店主がお似合いだよ」


 賛成したのはまさかのイエロ。


「ヨコヅナ殿は他にも事業を行っていて、今では社長ですよ」

「それでも平民だろ」


 イエロが賛成するのはシアンの為…ではない。イエロからすればシアンがコトローズ家よりも地位の高い貴族と結ばれる方が問題と言える。下手をすれば将来コトローズ家の実権を奪われる可能性があるからだ。だが、平民なら万が一にも可能性はないという考えからの賛成だ。


「……ヨコヅナ君の噂は私の耳にも色々入って来ている」

「あなたが聞いた噂とはどのようなモノなの?」

「信憑性が高いのはコフィーリア王女の直属の部下というモノだ」


 説明しておくと、コトローズ家は貴族として中の下ぐらいの地位なのでコフィーリアの生誕パーティーには出席していない。

 ただ、ヨコヅナとコフィーリアが生誕パーティーでダンスを踊ったのは事実なので様々な噂が飛び交った。

 噂になったコフィーリアにとってのヨコヅナとの関係は以下の通り、

 

 1、婚約者

 2、男娼

 3、部下

 4、ペット

 5、腹違いの弟


 どう考えもあり得ないだろ、というものは外し、


「ちゃんこ鍋屋の所有権も本当は王女にある為、ヘルシング家と揉めることになったと聞いている。清髪剤も王女に投資してもらっての事業という話だから間違いないだろう」


 確な情報を総合して信憑性が高いのは3と考え、ブラクはヨコヅナがコフィーリアの直属の部下なのだと思っている。実は4も正解だったりするが。


「…それはつまり、姉さんがその男と結ばれたら王族との繋がりも出来るということ?姉さん良い相手じゃん!」

「…でも、やっぱり平民は、……それに色々ということは他の噂もあるのでしょ。悪い噂も…」

「ああ、詳細を話せるほど信憑性はないが……。いずれにせよ、ヨコヅナ君に礼を言う為に招かなくてはならないのは確定だ」

「…そうね、シアンの恩人ですものね。でも、あくまでお礼だと強調しておいてくださいね」

「ああ、それが婚姻も考えてのものになるかは、まずヘルシング家にヨコヅナ君の現状を詳しく聞いてからだな。シアンもそれでいいな?」

「あ…はい。お願いします…」


 シアンとしてはうんざりな結婚の催促を止めさせる為に思いつきで言った部分もあるのだが、


(本当にヨコヅナ殿との婚約が決まってしまったらどうしましょうか……。まぁ、お父様の言う通り、真剣に考えるのはヘルシング家からの返答を聞いてからでいいでしょう。丁度今日ヨコヅナ殿の本業の様子を見に行きますし)

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