第316話 靴屋の倅は転生者 21
「痛い痛い痛い、引きずんなって」
「だったらちゃんと立ちなさい!」
ブチかまし鍛練の後は一旦休憩のようで、ヨコヅナ君とオリアさん達が集まっているのを見て、クレアに肩を貸してくれと言ったら、こいつ腕をもって引きずりやがった。
「アル、どうだべ?」
「見ての通りだよ。まともに歩くことも出来ない」
「こんなんだけど毎日来させるから面倒見てやってヨコヅナ」
「いいだよ」
「ヨコヅナ様の稽古の邪魔はしないようにお願いしますね」
「ヨコヅナ君が真剣なのは分かるので邪魔なんてしませんよ」
稽古をしている時のヨコヅナ君は戦ってる時同様別人に見える程真剣だ。余程強くなりたい理由が…あれ?
「今さらだけど、ヨコヅナ君って何で鍛えてんの?」
俺みたいに冒険者になりたかったわけじゃないんたよな…、
「のんびり平穏に暮らすためだべ」
え、それ理由になってる?
「憧れのお父さんのように強くなる為じゃないの?オリアがさっきそう言ってたわよ」
「それもあるだ」
お父さんってオリアさんが話しくれた転移者(仮)のタメエモンさんの事だよな、
「今のヨコヅナ君より強いのか?」
「オラなんてまだまだ親父の足元にも及ばないだよ」
それは流石にないだろう、もしそれが本当だったらチート持ち転移者(仮)だ。……いや、チート持ちの血を引いてると考えたらヨコヅナ君の強さに納得がいくな。厳しい稽古を毎日してるから強いってのは確かなんだろうけど、経験値大幅アップみたいな準チート能力とかあり得そうだよな。
「でも、もしもの時に備えて鍛えてるが一番の理由だべ」
…まぁ、ヨコヅナ君は釣りに行っただけでレア魔獣に遭遇するエンカウント率だからな、今までもそういう事が多かったのかも。
あれ、オリアさんどこだ?あ、なんかデブと親しげに話しる。
「なぁヨコヅナ君、あの熱心にオリアさんに話しかけてる太った人は誰なんだ?」
「ん、レブロットだべか。貴族の軍人で、オリア姉のファンでもあるだ」
あのデブ貴族なのか…、オリアを狙ってる感じだな…、
「ひょっとしてオリアさんに会う為に稽古に参加してるのか?」
だとしたらストーカーだ!?オリアさんが危ない!
「いや、オリア姉がここに稽古を見に来たのは今日が初めてだべから関係ないだよ」
「…オリアさん、今後も稽古見に来るのかな?」
「多分来ないと思うだよ。仕事の都合上、早朝に起きるのは辛いと思うべからな」
来ないのか~、一気にやる気が下がった…。
「あ、そうだべ、…参加してる中で一番剣が得意なのって誰だべかな…ルルガだべかな?」
「いえ、この中ではメガロさんですね。あれでも上級軍人ですから」
ラビスさんの言葉を聞いてヨコヅナ君が誰かを呼びに行った。昨日話した剣士としてアドバイスを貰える相手かな…、ヨコヅナ君の気持ちはすごく嬉しいけど今は癒しのオリアさんを呼んで来て欲しい。
「メガロ、友達のアルだべ。気が向いた時で良いから剣士として助言とかしてやって欲しいだよ」
「ヨコヅナと同年代の友達か。私はメガロ・バル・ストロングだ」
ストロングって何か聞いたことある苗字だな。多分かなり位の高い貴族だ、座ったままだと失礼になるから何とか立ち上がって…、
「そのままで構わない。スモウ稽古に参加した者は皆最初そうなるからな」
「す、すみません、ありがとうございます」
「ははは、寧ろ普通で安心するぐらいだ」
…ザンゲフさんと会った時もこんな感じだったな。
ヨコヅナ君と比べられると小者扱いされてしまう。……これはよくないぞ、でもこれを回避するには……、
「剣士としてのアドバイスは、四股とすり足を最後までやり遂げれるようになってからだな」
やっぱ褌一丁の男達と鍛錬を頑張るしかないってことだよな~。
「手合わせ始めるだよ」
休憩の後はヨコヅナ君との手合わせ、俺は満足に動けないので今日は見学人と一緒に見るだけにする。
開始の合図はなく足の裏が地面に着いたら負けという相撲に近いルール。だけど、訓練用の武器なら使って良いらしい。
一番手はさっきの…、
「あの、ラビスさん」
「何ですか?」
「ストロング家って聞いた事あるんですけど、貴族の中でも身分の高い人ですよね」
「ええ、そうですよ。現当主は大将軍ですし、王族の遠縁でもあります。平民からすれば雲の上の存在と言えます」
滅茶苦茶偉い人じゃん!?
「ヨコヅナ君は呼び捨てにしてましたけど…」
「ヨコヅナ様にはスモウを教わる礼だと言って許可していました。他の参加してる方々は様付けで呼んでいます」
「……俺もメガロ様って呼んだ方が良いですよね?」
「大貴族の機嫌を損ねても関係ないと思えるなら、好き呼んで宜しいかと」
思えないからメガロ様と呼ぶことにしよう。
あれ?、模擬剣持ってないな…、
「メガロ様は模擬剣使わないんですか?」
「ここではいつも無手で手合わせしています。大将軍のご子息としての誇りがあるのでしょう」
あ、現当主が大将軍ってことはメガロ様は国で最強の軍人の息子なのか…、
「以前王都の闘武大会に出場したことあるんですけど、その大会の優勝者が大将軍の息子だったんですよ。メガロ様じゃないでしょうけど、あれは…」
「それはグレイテスト家、もう一人の大将軍のご子息ですね」
俺が見たのは別の大将軍の息子なのか。
でも、大将軍の息子には違いないんだからメガロ様も相当強いんだろうな。
………あれ、メガロ様あっさり負けたぞ。初め下段蹴りをヨコヅナ君に食らわせたけど、その後の攻撃は受け流されて捕まり、簡単に投げられて負けた。
「大将軍ってこの国で最強の軍人じゃないの?その息子があれ?」
クレアも同じこと思ったようだ。
「残念ながらあれです」
「さっきの誇りがどうのってのは何だったんですか?」
「無手のヨコヅナ様に模擬剣を使って負けたら言い訳が出来なくなりますから、チンケな誇りでも守りたいのでしょうって意味です」
…そんな人に剣を教わるって大丈夫なのか?
「普通基準では強い人ですから、アルさんが剣を教わる分には問題ないと思います」
おっとラビスさんにまで心読まれた。
次はレブロットとかいうあのデブだ。
「頑張ってくださいね、レブさん」
「はいっ!見ていてくださいオリアさん!」
オリアさんに応援してもらってる、いいな~。……オリアさんデブが好みだったりするのかな?
デブが相撲の構えをとる、ヨコヅナ君は構えず無造作に近づく。大分近い間合からのデブのブチかましをヨコヅナ君は正面で受け止める。見た感じデブの方が体重多そうだけどヨコヅナ君ビクともしないな。そして組み合いになるがデブは何も出来ずヨコヅナ君があっさり投げられた。
ぷぷっ、オリアさんに見ていてくださいとか言って何も出来てないじゃん。
「何笑ってるのよ。気持ち悪い」
…気持ち悪いは言い過ぎじゃね。
「手合わせすら参加出来ないアルはもっと情けないわよ」
だから心読むなよ。俺ってそんなに考えが顔に出やすいのかな…。
何も出来ずにあっさり負けるのは先の二人だけじゃなかった、次から次へとヨコヅナ君に簡単に倒される。
「本当に師匠と弟子の手合わせって感じだねェ、社長の稽古になってない」
デルファさんの言葉には俺も同感だ。ヨコヅナ君は常に相手の攻撃を待ってるし、ブチかましも使ってない。それに、倒した後ヨコヅナ君が良いところ悪いところを指摘してる。
「一応技の練習にはなっています。特に投技にはどうしても相手が要りますから」
「あれ?……ヨコが体中痣だらけになってる時あるけど、あれは彼らとの手合わせで出来たモノじゃないの?」
「違います。ほぼ全てハイネ様との手合わせです」
……ハイネ様って誰だろう?
「集団にリンチされたんじゃないかってくらい痣だらけになってたわよ」
「今日参加してる人達でヨコヅナ様を集団リンチしようとしても返り討ちに出来ますよ。ハイネ様一人にリンチされてるだけです」
リンチはされてるんだ!?
「何でそんな危険な事止めさせないのよ!?」
「何度も止めるように進言しています。ですがヨコヅナ様が決着がつくまでは止めない、と言いはるので」
「…リンチされてるのに、決着はついてないの?」
「ヨコヅナ様が膝を着いたことはありませんから」
「ははは、さすが社長。『閃光のハイネ』が相手でも不倒なんだねェ」
「逆にハイネ様を捕まえる事も出来ないので引き分けが続いています」
『閃光のハイネ』は聞いたことあるな、…確か少し前、王都を巡回行軍してた女性将軍がそう呼ばれてたはずだ。でも、親のコネで昇進した容姿が良いだけのアイドル将軍って聞いたような……?
…このヨコヅナ君に倒されてドンドン人数が減っていく光景、見た事あるな…、
「ナインドの訓練所でも似たことしてたなヨコヅナ君」
「冒険者の方が真面な手合わせだったけどね」
「確かにな。ヨコヅナ君とザンゲフさんの手合わせは一方的ではあったけど戦いになっていたし、ヤクトさんは最後以外ヨコヅナ君と互角に戦ってたもんな」
改めて考えるとヤクトさんってやっぱ凄いんだな……いや、トップクラスの冒険者なんだから改めなくても凄くて当然なのか。
「…お二人はヨコヅナ様と他の冒険者との手合わせを見ていたのですね」
「最初のは見てないわ。エルリナが言うには、手合わせじゃなくて調子に乗ってる新人をシメようとしたのが発端らしいわよ」
「バジリスクを討伐した噂が直ぐに広まり、それが原因で絡まれたとは聞いています」
「いや…、ヨコヅナ君が女性に囲まれてたからじゃないですかね」
「アルも羨ましそうに見てたものね」
「そんなこはない…こともないけど…」
「…なるほど。……お二人は訓練後、時間はありますか?ナインドでの事をお聞きしたいのですが」
「別に構わないわよ」
ちょっとは俺と相談しろよ!…まぁ、今日は予定ないし、あってもまともに動けないけど。
「でも、ヨコヅナとカルから聞いてるんじゃないの?」
「ヨコヅナ様は良くも悪くも功績を自慢しない方なのですよ。カル様も似たような感じです」
「あぁ~、バジリスク討伐の噂もユユク君が広めたんであって、本人達は知らなかったからな」
「そういった本人達も知らない話も含めて色々と聞きたいのです、小説を書くために」
…王都に来る馬車の中で言ってたけど、ラビスさん本気でヨコヅナ君を主人公にした小説を書くつもりなんだ。
最後の手合わせはちゃんこ鍋の従業員オルレオン。
オルレオンは相撲の構えをとるが……ヨコヅナ君やデブと違って筋肉質でも痩せてるから格好つかないな。
そう思ってたら、…え!?消えた!
バンっ!
俺に見えたのは、オルレオンの張り手がヨコヅナ君の顔面に当たってから。
「ハアァァ!!!」
さらに、気合いと共に連続の張り手を何度もヨコヅナ君に喰らわせる。
「は、速ぇ!」
クレアがちゃんこ鍋屋で、ザンゲフさんより強いって言ってたけどマジっぽい…。
「確かに速いけどヨコヅナには通用してないわね」
「え?防御も出来ずに喰らってるじゃん」
「出来ないんじゃなくて、防御する必要がないだけよ」
クレアの言葉は正しく、
バスンっ!!
オルレオンの連続張り手を意に介さず、ヨコヅナ君の張り手がオルレオンの顔面に叩き込まれる音が訓練場に響いた。
一撃で吹っ飛んでるし…。
「相変わらず速いわね彼。ヨコにあっさり負けるところも変わってないけど」
「社長に負けた時よりも速くなってるとは思うけどね」
……そう言えばちゃんこ鍋屋で、オルレオンは格闘大会でヨコヅナ君に負けたって聞いたな。その格闘大会は裏闘なわけだから…、
「あの人裏闘の選手なんですか?」
「そうよ。裏闘のBランクで最強って言われてたの、ヨコと戦うまではだけど」
「調子に乗っていたので、文字通りヨコヅナ様に鼻っ柱を折られてしまったんです」
「鼻だけで済んでなかったけどね」
ヨコヅナ君が圧勝したってことかな…、弟子入りするぐらいだもんな。
「Bランク最強ってことは、あの男がAランクに上がれるかどうかの基準ってこと?」
「そう考えて良いと思いますよ」
「それじゃ、アルの身近な目標はあの男に勝つ事ね」
「え、あれで身近なのか?」
「ヨコヅナに勝つ事に比べたら身近でしょ」
そうかもしれないけど……正直勝て気がしない。俺よりずっと強いからさん付けで呼ぶことにしよう。
ヨコヅナ君がフラフラのオルレオンさんに指導してるのを見ながらラビスさんが、
「因みに手合わせだけなら、褌一丁でなくても参加出来ますよ。どうですかデルファさん?」
「パスだよ。リベンジしたい相手に指導してもらうとか、私からしたらあり得ないね」
…デルファさんがヨコヅナ君と喧嘩したのは聞いたけど、リベンジ考えてるんだ!?
「ヨコヅナ様のライバルを自称するクレアさんはどうですか?」
お、クレアがヨコヅナ君と手合わせか、見てみたいな。
「弓矢を使って良いなら相手するわ。もちろん鏃付きの矢よ」
「もちろん駄目です」
駄目なの分かり切ってるだろ!
「だったら私もパス。私、『手合わせでも絶対負けたくない主義』なの」
「お前っ、散々俺に偉そうに言っといて自分はヨコヅナ君に負けるの嫌だから逃げんのかよ」
「私は弓矢が得意、ヨコヅナは格闘が得意。私が弓矢使えないのにヨコヅナが格闘使えるのは不平等な手合わせじゃない」
弓矢だけじゃなくて、言い訳も得意だな!
手合わせが稽古の最後のようでラビスさんがヨコヅナ君にタオルを渡しに行った。
……ナインドで二人の様子見た時から思ってたけど、怪しいんだよな~…。
オリアさんに聞いてみようかな、
「オリアさん、ヨコヅナ君についてちょっと込み入ったこと聞きたいんですけど…」
「何?」
「ヨコヅナ君とラビスさんって、恋人同士なんですか?」
短い時間傍から見ただけでも分かるぐらい、あの二人仲良過ぎなんだよな。
「まだ違うみたいよ。私は直ぐに結婚しても良いってぐらいお似合いの二人だと思ってるけど」
お似合いってのは俺も思うな。性格とかは全然違いそうだけど、だからこそ合ってる感がある。
「でも、ヨコはまだ身を固め気が無いみたいなのよね。まったくそういう所は優柔不断なんだから」
「社長の年齢からすれば当然だよ」
ヨコヅナ君はあれでも俺より年下だもんな。
「身を固めるのは、女遊びの一つや二つしてからでも良いと私は思うけどねェ」
「何言ってるのよデルファ、女遊びなんて駄目に決まってるじゃない!」
姉同然のオリアさんの考えは分かるけど、男としてはデルファさんの考えに賛同したい。
稽古が終わり訓練場を出てヨコヅナ君達と別れた後、約束通りラビスさんにナインドでの話をする為、朝から開店している飲食店に入った。前世での喫茶店に近い雰囲気の店だな。
「お好きな物を注文してください。話を聞かせて頂くお代として奢りますので」
「奢ってくれるのは嬉しいけど、話ならヨコヅナの家ですれば良いんじゃなの?」
「俺も訓練後にヨコヅナ君の家に行って話をするんだと思ってました」
「…それは出来ません」
出来ません…?それって、
「ヨコヅナの家に私達が行ったら駄目ってこと?」
そういうことになるよな。
「いえ、ヨコヅナ様の家が王都にない為、友人を招く事が出来たいと言う意味です」
「ん?…社長なのになんで家がないんですか?」
「…ヨコヅナ様はそんなことも話していないのですね」
まだ何かヨコヅナ君の秘密があるのか…、
「ヨコヅナ君って実は秘密主義なんじゃないですか?」
「その考えは間違っていませんね。お二人はヨコヅナ様をどういう人物だとお思いですか?」
ヨコヅナ君をどういう人物かと聞かれると……、
「気は優しくて力持ち、でも怒ると怖いみたいな感じですかね」
「実力があるお人よしって感じかしら」
「…普段のヨコヅナ様を見ていたらそう思って当然だと思います。ですが本当のヨコヅナ様は全然違います」
俺はこの時、ラビスさんの言葉を信じてはいなかった。
だが数年後その言葉が真実だと思い知ることになる。
……なんて、漫画やアニメみたいなことをないよな。
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