第313話 靴屋の倅は転生者? 19


「クレア一人で大丈夫だべかな…」

「大丈夫だって、本人がついてくんなって言うんだし」


 俺は今後の為に残りの試合を観ることにしたんだが、へそを曲げたクレアは先に帰りやがった。しかも、


「心配してくれる相手に腹パンするような狂暴まな板エルフは放っときゃいいよ」


 がらの悪い連中が多いし、弓矢も持ってきてないから「一人だと危ないだよ」と心配するヨコヅナ君に「子供扱いしないで!」つって腹パンしたんだぜクレア。あり得ないだろ?


「あれぐらい大したことないべ」

「そんな事言えるのはヨコヅナ君だけだよ」


 クレア絶対本気で殴ってた、ドンっ!って重低音が響いたもん。

 

「オラの周りは暴力的な女性が多いべから慣れてるだよ」

「オリアさんはあんなことしないだろ」

「オリア姉もよく「ヨコのクセに生意気」て言ってオラの頬を抓るだよ」


 …俺は想像してみる。

 拗ねたオリアさんに「アル君のクセに生意気」と頬を抓られる。

 うん、良い!凄く良い!


「それは寧ろ羨ましいな。……オリアさんって恋人とかいるのか?」

「…いないと思うだよ。でもその質問はよくされるだな」

「あぁ~、やっぱりオリアさんモテるんだな」

「オリア姉『ハイ&ロード』のイベント日にはダンスショーもしてて、ファンも多いだよ」

「マジで?」


 オリアさんのダンスか…見てみたいな。


「そのイベントいつやってんの?」

「次はいつだったべかな……『ハイ&ロード』に行ったらイベントの予定表が貼ってあるだよ」

「そうなんだ、明日にでも行ってもみよ。丁度お金も入ったし」


 テンテン村にはギャンブル店とか無かったから興味あったんだよな。


「アルは今後も裏闘に参加するつもりなんだべよな?」

「ああ。結構稼げるからな」


 賞金と賭けの勝ち分を合わせたらほんといい稼ぎになった。デスマッチなのを加味すると少なくも思うけど、それは命がけの下級冒険者も同じだしな。


「次からオラは来れないから、ちゃんとクレアにセコンドについてもらうだよ」


 ヨコヅナ君は来れないのか…、まぁ社長だもんな、忙しいよな。


「でも、クレアは来たくないって言うだろう~…」

「試合終了の声があっても攻撃を止めない奴もいるらしいだよ。その場合直ぐに止めに入るのはセコンドだけだべ」

「……それ、俺が負けることを前提で言ってないか」

「オラに勝てる自信があるなら言わないだよ」

「ヨコヅナ君はAランクじゃん」

「オラも最初はCランクだべ」


 そっか!皆最初はCランクからスタートだもんな。運悪くヨコヅナ君並みに強い奴に当たって、さらにそいつが残虐な性格だったら……確かにヤバいな。

 クレア来てくれるかな……、


「本当に『不倒』様だ~!私ってラッキー!!」

「ん…あれ、あんたなんでCの会場にいるだ?」

「会えて嬉しいわ不倒様!」


 !?…なんか色っぽい女性がいきなりヨコヅナ君に抱きついて来た。


「ヨコヅナ君の知合い?」

「名前は知らないだが、裏闘でお客をとってる遊女だべ」

「ひど~い、最初に名前教えたじゃないですか~」

「沢山いて覚えられないだよ」


 そういえばカルが、ヨコヅナ君は金を稼げるようになって遊女に狙われるようになったとか言ってたな。


「私の名前はマリリー。ちゃんと覚えてくださいね」


 マリリーさんは、オリアさんに比べたら若干劣るものの十分に美人だ、それに格好がエロい。

 そんなマリリーさんに抱き着かれても、


「マリリーはBやAでお客とってるんじゃないんだべか?」

「今日は上からの指示でCの会場に来たの。騒がれてる選手がいるから見て来いって」

「…スカウトマンも兼任してるんだったべな」


 平然と会話しているヨコヅナ君は凄いと思う。


「でも『不倒』様がいるならどうでもいいかな」

「オラが引き抜きには応じないことぐらい、もう分かってるはずだべ」

「今日はあの四ツ目のおばさんはいないんでしょ。それに私『不倒』様とは仕事抜きでも全然OKだし~」


 抱き着くどころかヨコヅナ君に頬ずりしだすマリリーさん、…お金目的なんだろうけど正直羨ましい!


「デルファはいないだが、友達が一緒だから離れてくれないだか」

「『靴屋の倅』君だよね、試合観てたよ~」


 そう言って俺の方に顔を向けるマリリーさん、口は笑ってるけど目は違う。


「……これからの成長に期待って感じかな」


 なんか品定めされた…。スカウトマンって言ってたけど…、


「スカウトって会社が選手のスポンサーになるみたいな話?」

「Aランクになればね」

「アルには言ってなかったべなか。Aランクは賭け金が桁違いで個人じゃなくて組織同士の試合になるだよ、だから選手は組織に雇われないと試合にも出れないだよ」


 ……なんか大人の世界って感じだな。

 だとすると、スカウトマンって凄い重要な役割じゃね。

 

「マリリーさんは見ただけで相手の強さが分かるんですか?」

「強さなんて分からいわ。でも、男を見る目には自信があるの。『不倒』様なんて一目見て落とさなきゃって思ったもの、実際今社長だしね」

「社長なのはオラの実力じゃないだよ」 

「大成する男は運も良いものよ。それに私の見立てだと『不倒』様はもっともっと大物になると思うわ」


 農民から社長なってるだけでも十二分に凄いのにもっともっとって…、


「ヨコヅナ君は将来王様にでもなるのかな?」

「…そんなことになった本当に体調不良で倒れるだよ」


 本気で嫌そうな顔してる。



「あ…次みたい、私が言った今Cランクで騒がれてる選手」


 金網に目を向けると、二人の選手が中に入るところだった。

 一人はヨコヅナ君並みに大柄の男で武器は持っていない。もう一人は俺と同じぐらいの体格で木刀を持っている。


「どっちが騒がれてる選手?」

「…デカい方だべな」

「そう。選手名は狂暴の狂に握力の握で『狂握』、9勝0敗でこれ勝てばBに昇格ね。相手の方は新人かな」


 体格も含めて、まるで俺とヨコヅナ君みたいだな。


「ひょっとして新しい四狂のだべか?」

「あら『不倒』様、四狂知ってるんだ。狂刃の後釜って話よ」

「…狂握ってことは握力自慢って事だべかな」

「パワータイプの選手ってのは聞いたわ。…う~ん、でも私的には微妙かな」


 四狂って何なんだろ?分からないけど強くて有名ってことかな…。

 でもこの展開は、漫画やアニメだと新人の方が勝つパターンな気がするぞ。


『試合開始の合図が出ました。『狂握』VS『レイド』スタートです!』


 新人の方は『レイド』って選手名か、本名かな…。


 そして試合開始の銅鑼が鳴る。

 『狂握』は構えたまま動かず、様子を見ている。『レイド』はジリジリと距離を詰め間合を測る。そして、一気に前にでて打突。

 お、速い!

 『狂握』は腕をクロスして打突を受ける。『レイド』は続けざまに連撃を繰り出す。『狂握』は防御を固めて受け続けるだけだ。

 なんだ、見掛け倒しか……、

 『レイド』も同じように思ったのか、それまでより深く踏み込んでの一撃。だが『狂握』はそれを狙っていたかのように自らも前に出て攻撃を受けつつ『レイド』の右腕を両手で掴む。

 一瞬投げるのかと思ったが違った。

 ゴキっ!!『狂握』が掴んだ『レイド』の右腕をへし折る音が聞こえた。

 

「ぐぁっー!!?」

 

 痛みに絶叫する『レイド』、その頭を鷲掴みにして片手で持ち上げる『狂握』。

 マジで!?

 そして床に頭から叩きつけ、さらに『狂握』は馬乗りになって『レイド』に強烈な拳を叩き込む。ゴスっ、ガスっ、ドスっと何度も何度も、

 もう勝負アリじゃね…。

 

 『そこまで!勝者『狂握』!!』


 実況が試合終了を告げるが、『狂握』殴るのを止めない。

 おいおい……、

 係の人が金網の中に入ったところでようやく『狂握』は攻撃を止めた。

 

「あれ、死んだんじゃ…」

「裏闘ではよくある事よ」

「アルもああならないように、次からもクレアに来てもらうだよ」

「そ、そうだな」


 土下座してでも一緒に来てもらおう。


 ……あれ、『狂握』がこっちに来た。嫌な予感がするな…、

 他の観客達が逃げるように道を空ける。


「ヤバそうね…」


 そう言ってマリリーさんも逃げた。


「お前『不倒』だな」


 やっぱりヨコヅナ君目当てだ、そしてこの流れ的に勝負吹っ掛けるんだろ。


「そうだべ。何か用だべか?」

「俺と勝負しろ。『不倒』を倒せば大組織から引く手数多だからな」


 ほらな~。


「オラは試合登録してないだよ。そもそもランクが違うべ」


 でもって正論を言っても、


「関係ねぇよ。喧嘩でも倒したと言う事実さえあれば十分だからな」


 聞いてはくれないんだよな~。


「何をしている!」

「試合外での戦闘行為は禁止だ!」

「『不倒』選手はお下がりください」


 不穏な雰囲気に係の人が3人もやって来た。試合外だと対応速いな…、


「あなたにもしものことがあると私達のクビが飛びます」


 対応が速いのはヨコヅナ君が絡んでるからなの!?


「邪魔だ!どけ!」


 『狂握』が係の人を押しのけヨコヅナ君に迫る。


「原因はオラにあるから、オラが相手するだよ」

「しかし『不倒』選手…」

「大丈夫だべ」


 ヨコヅナ君は『狂握』の正面に立ち、


「へっ、やる気になったか……あん?」


 手の平を相手に向けるようして左手を前に出す。


「何の真似だ?」

「喧嘩して選手登録を取り消されると困るべからな。力比べだけなら相手してやるだよ」

「はっ、面白れぇ!握り潰してやるよ!」


 『狂握』の右手とヨコヅナ君の左手がガシっと組み合う。係の人達は一先ず様子を見ている。

 あれ、ヨコヅナ君は右利きだったよな……、ちょっと余裕こき過ぎじゃないか?大丈夫かな…。


「いつでもいいだよ」

「その余裕顔を直ぐに苦悶顔に変えてやるよ。うおぉっ!!……」


 『狂握』は気合の声を上げながら手に力を込めて……るんだろうけど。


「それで本気だべか?」


 ヨコヅナ君は平然としている。


「くっ…うらあぁー!!!」


 『狂握』は顔を真っ赤にして全力を込めてるんだろうけど、ヨコヅナ君の様子は変わらない。


「オラももう少し力を入れるだよ」


 ヨコヅナ君がそう言うと『狂握』の膝がドンドンが下がっていく。ヨコヅナ君は相手に膝を付けさせるように力を入れているようだ。


「ぐ、ぐぐぅ…くそったれ!」


 あ、『狂握』が両手を使い出した!…それでも押し負けてるけど。

 圧倒的だな。

 とうとう膝を着いてしまう『狂握』。


「オラの勝ちでいいだか?まだやると言うなら…」


 ミシミシっと骨の軋むを音が聞こえ、


「ぐぁぁ……」


 お前が苦悶顔になるんかい!と心の中でツッコミを入れてしまう。


「手を握り潰すことになるだよ」

「わ、わかった!俺の負けだ」

「それと係の人達に迷惑かけたんだべから、ちゃんと謝るだよ」

「あ、謝る、謝るからもう離してくれ!」


 そこでようやく手を離すヨコヅナ君。


「キャー!さすが『不倒』様、カッコいい!!」


 逃げたはずのマリリーさんが、すかさずヨコヅナ君に抱き着く。


「ありがとうございます『不倒』選手」

「構わないだよ。でもまた喧嘩を売られたら面倒だべから帰るべかな。アルもそれで良いだか?」

「お、おう」


 さっき『狂握』VS『レイド』を俺とヨコヅナ君みたいって言ったけど、全然そんなことなかったな。

 ヨコヅナ君は次元が違う。

 



 その後、マリリーさんの執拗なお誘いを断り、帰路につく俺とヨコヅナ君。


「やっぱ俺ももっと筋肉付けるべきかな」

「そうだべな。アルは細過ぎると前から思ってただ」


 そりゃ力士からしたら細過ぎるだろうな。


「特にもっと足腰を鍛えると良いと思うだよ。四股踏みとかすり足とか」


 そう言われてもな…、四股は見た事あるけど、すり足は相撲と剣道だと違うよな。


「やり方分からないしな」

「ならアルもスモウ稽古に参加してみるだが?」

「スモウ稽古…確か、ちゃんこ鍋屋のオルレオンっていう従業員が参加してるやつだよな」

「あ、聞いてるだか、他にも10人ぐらい参加してるだよ。一緒に王都に来たとき、東門で会ったリーゼックもその一人だべ」


 ああ~、あの所長さんか。ヨコヅナ君の弟子だからあんなに低姿勢だったんだな。


「ヨコヅナ君、弟子が多いんだな」

「スモウが強くなりたいわけじゃないから弟子と言うのも変だべがな。でも、中には軍人で剣が得意な人もいるからアルは助言とか貰えるんじゃないだか」


 王都の軍人剣士か…それは確かに話を聞いてみたいな。


「それって誰でも参加して良いのか?」

「褌一丁で稽古するのか決まりだべがな」


 おぉ、相撲の稽古だからやっぱり褌一丁が厳守なんだ。

 恥ずかし気もするけど強くなる為にはそれぐらい仕方ないか。


「俺なんかがついて行けるか分からないけど、参加させて貰うよ」

「はは、大丈夫だべ。最初は基礎鍛錬だけでヘバる人が大半だべから」


 そうなのか、…それなら無様な思いはしなくて済むかな。

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