第310話 腹八分目にしといてやったのじゃ


「勝手なことしないでよ陰険眼鏡!」

「俺とヨコヅナの仲だ、硬い事言うな。あと眼鏡はかけてないだろ」


 許可もなく社長室に入って来たのは、ブータロン商会、副会長ケイオルク・エル・ブータロン。


「あんたとヨコがどういう仲だって言うのよ」

「友達さ、なぁヨコヅナ」

「ケイオルクがそう思いたいならそれでいいだよ」


 何度も会って話しているので友達と言うなら否定する気もないヨコヅナ。


「ヨコヅナ、誰この偉そうなヤツ」

「余計な事言うなってクレア」

 

 嫌悪感を隠しもしないクレアと問題を起こさないようにしたいアル。


「ブータロン商会のケイオルクだべ」

「雑な紹介だな。…この二人はセレンディバイト社の従業員か?」

「違うだよ、オラの友達だべ」


 このヨコヅナの言葉に(ちゃんと友達だと思ってくれてるんだ)と少し安堵するアル。


「…そうか。ヨコヅナの友達なら名刺を渡しておこう」


 ケイオルクはアルとクレアに名刺を渡す。

 アルは名刺を見て、


「…ブータロン商会って、あの三大商会の?」

「ああ。いずれこの国でトップの商会になるがな」

「…副会長って書いてますけど、つまりブータロン商会で二番目に偉い人って事ですか?」

「肩書上はな。実質的には俺が一番みたいなものだ」

「そ、そうですか…」


 ケイオルクが三大商会のトップと知って、ちょっと腰が引けるアル。

 

「ここだと狭いから応接室に移動するだよケイオルク。オリア姉は二人を頼むだ」


 ヨコヅナは立ち上がり、ケイオルクを連れて応接室へと向かう。ラビスもそれに続く。


「アル。泊ってる宿をオリア姉に教えておいてくれだべ」

「お、おう」

「それじゃまただべクレア、アル」

「ええ、またね。ヨコヅナ」

「ああ、またな」



 応接室で対面してソファーに座るヨコヅナとケイオルク。


「応接室はまずまずだな。社長室にも気を使った方がいいぞ。下の者に示しがつかない」


 ケイオルクの隣には、裏闘の時同様護衛でもある『蛇牙』が立っている。


「便宜上社長室と呼んでるだが、オラのただの仕事部屋だべからな」


 そして、ヨコヅナの両脇には、


「ヨコヅナ様に卑小な力の誇示など必要ないのですよ」

「うちの社長は褌一丁でも魅せれる男だからね」


 ラビスとデルファが立っている。


「そう言う割に社長になって体調を崩したらしいが」

「忙しくて痩せただけだべ。……ケイオルクも痩せたんじゃないだか?」


 コフィーリアの生誕パーティーで会った時より頬がこけているように見えるケイオルク。


「ああ、ヨコヅナのお陰でこっちも大忙しさ」

「ん…、オラなんかしただか?」

「…惚けてるのか?それとも本気か?」


 ヨコヅナは本気で分かっていない。


「麻薬密売組織の大元、表向きはブータロン商会の子会社だったのですよ」

「あぁ…、つまりケイオルクが麻薬密売の親玉ってことだべか?」

「違う。グループ会社ではあったが、俺は一切関与していない」

「そう言う体で切り捨てたわけですね」

「事実だ。と言っても信じてくれない連中が多くて、取調べやら捜査やらが続き、その後は信用回復為に駆けづり回ったよ」

「大変だべな」

「まるで他人事だな」

「他人事だべからな」

「…俺が何も知らないと思っているのか?」


 ケイオルクは視線を鋭くしつつデルファへ移す。


「何のことか分からないだな」

「…フっ、この件は損しかないから止めるか」


 事件の話は止めようとするケイオルクだが、


「いや、私は一つ聞いておきたい事があるんだよ」


 意外にもデルファが引き延ばした、


「狂斬が現れたってのは本当かい?」

「…生き残りが言うには、大鎌を持った警備隊員がいたそうだ。そして、雇われていた凄腕の護衛達は軒並みそいつに真っ二つにされたらしい…笑顔でな」


 麻薬密売組織一斉逮捕の時、警備隊に被害が出た場合殺捕許可が出ていた。大元では警告しても激しい抵抗があった為、

 現場は血の海となった。


「本物っぽいねェ…。やり過ぎるから僻地に飛ばされたとか、軍人になって戦場に行ったとか言われてたけど、戻って来たのかね」

「警備隊員?…狂斬って四狂のだべよな」

「そうだよ。狂斬は数年前貧民街が管轄区だった警備隊員なんだ」


 狂斬は当時王都警備隊に就ていた、四狂の一人とされているが狂斬が居た時は貧困街の犯罪数は激減しており正義の味方と言える。

 但し、悪人には容赦がなく、大鎌で切り裂かれた犯罪者は数知れない。


「狂斬と呼ばれているのは愛用の武器が大鎌なのも由縁だけど、なにより常に笑顔らしい。人を真っ二つにする時でもね」

「…犯罪者相手だけど、快楽で人を斬っていたって事だべか」

「いいえヨコヅナ様、狂斬は快楽で人を斬ったりはしません。笑顔は癖のようなものです」


 ヨコヅナの言葉を否定するラビス。その言葉から、


「ラビス、狂斬と会ったことあるんだべか?」

「ええ。ヨコヅナ様も何度も会っています」


 ヨコヅナは四狂のうち狂斬だけは会ってないと思っていたいが、


「それどころか、逮捕に協力してもらったお礼にちゃんこ鍋をご馳走しましたよ」

「え、あ!?…そういうことなんだべか」


 警備隊員だった狂斬は、僻地に飛ばされたわけでも軍人になったわけでもなく、王女に引き抜かれてメイドになったのだ。


「おい、客人をほっといて勝手に納得するな」

「……ケイオルクの言う通りこの話は止めとくべかな」


 狂斬の正体を話しても問題はないと思うが、コフィーリア関連で勝手な判断をするとまた正座で説教の可能性があるので止めておく。


「会話の区切り方が下手すぎだろ。…しかも客人にお茶の一つも出さなのかこの会社は?」

「お茶の用意ならさせてるよ。丹精込めてお茶を入れてるだけさ」


 デルファの言葉の後直ぐに、


「お茶入れたっす」


 エフが応接室に入って来た。


「どうぞっす」


 テーブルに五人分の湯飲みを置くエフ。


「フンっ、時間をかけたんだ分良い味なんだろうな」

「もちろんっす」


 近い一つを取って口をつけたケイオルクは、


「苦っ!?何だこれは!」

「あれ、また間違えたっすかね…?」

「……ワザとだろ」

「そんなことないだよ」


 ヨコヅナも一つ取って口を付ける。


「…苦いだな、初めての時よりはマシだべが」

「流石ヨコやん、違いの分かる男っすね」

「美味しいとは言ってないだよ」


 ワザとではないので五人分全部苦い。


「まぁ、社長とケイオルクの仲なんだ、硬い事言うもんじゃないだろ」


 デルファがエフにお茶を用意させたのは、勝手に社長室に入った意趣返しだ。


「エフさんは用が済んだので退室してください」

「え~、あーしも話聞きたいっす」

「邪魔なので退室してください」

「今日は下がりなエフ」

「う~、分かったっす」


 すごすごと退室するエフ。


「…お茶もまともに入れれない従業員などクビにしていいと思うぞ」

「その意見には同感ですね」

「それはオラが決めることだべ」


 ヨコヅナが今のところエフを解雇する気は無い。


「ところで、今さら聞くのもなんだべがケイオルクは何しに来ただ?」


 ブータロン商会からの面会の申し込みはヨコヅナがナインド町に居る時にあった。ラビスの判断で申し出を受けたと聞いたので必要な事なのだろうと思ってヨコヅナは面会の理由を聞いていない、社長なのに。 


「本当に今さらだな。…まぁ、これと言って用があるわけじゃないがな、ヨコヅナとはこれからも仲良くしたいと言う意思表示だよ」

「目当ては清髪剤だろ」

「もちろんだ。清髪剤の製造方法を教えてくれるならこれから商談に変えてもいいぞ」

「無理だと何度も言ってるべ。…そう言えば姫さんには会えたんだべか?」


 生誕パーティーで約束した通りヨコヅナはコフィーリアに、ケイオルクと知合った経緯と「時間があるなら会ってあげて欲しいだよ」とだけ伝えておいた。


「ああ、ヨコヅナのお陰でな。ビジネス的にはこれと言って実は無かったが、裏闘で受付係をしていた時の話をしたら興味を持たれたから感触は悪くなかった」

「姫さん格闘技好きだべからな」

「ゲスト解説はやり過ぎだと思うがな、変装もバレバレだろ」

「あの変装気にいってるっぽいべ」


 正確にはコフィーリアは変装することで、どんな服(例えばバジリスク製のジャケットなど)でも着て人前に出れることを楽しんでいるのだ。


「あ、そうだべ、ケイオルクは裏闘のCランクの試合が次いつ行われるか知ってるだか?」

「Cランク?……一番近いのは五日後のはずだが」

「今から登録しても出場れるだか?」

「Cランクなら前日でも仮登録できる。…セレンディバイト社から新しく選手を出場させるのか?」

「会社は関係ないだよ。アル…友達が出場するだ」

「もしかして、さっき居た普通そうなの少年か?」

「そうだべ。でも冒険者だべから普通とは言わないんじゃないだべかな」

「冒険者…あぁ、『不到』が冒険者になってバジリスクを討伐したとか聞いたな」


 事件以降忙しくて裏闘に行けてないケイオルクは前回前々回の試合を観ていない。


「社長室にいたあの二人は同期の冒険者なんだべ」

「新米冒険者か……、エルフの女の方は雰囲気あったが、少年の方は普通としか感じなかったな」


 別にケイオルクはアルを侮辱してるわけではない、駄目なら駄目とはっきり言う男だ。


「もっと鍛錬詰ませてからの方が良いじゃないか?」

「同期の友達と言ったべ、オラが鍛えてるわけじゃないだよ。それにアルはオラよりちょい年上だべ」

「え⁉…」


 素で驚くケイオルク。


「アルはそんなに幼く見えるだか?」

「いや、ヨコヅナが若い事を忘れてただけだ。スーツ姿だと30近くに見えるぞ」

「それは言い過ぎだべ。なぁ?」


 デルファに同意を求めるがヨコヅナ。ラビスでないのは以前カルレインと親子に見られると言われたことがあるからだ。

 デルファにはロード会時ボーヤと呼ばれていたので否定してくれると思ったヨコヅナだが、


「そうだねェ。せいぜい20代後半と言ったところじゃないかい」

「…それ、ほとんど一緒だべ」

「社長なら若く見られるより老けて見える方が有利な事が多いですよ」


 ラビスがフォローを入れるも、


「誰も否定はしてくれないんだべな」


 ちょっと落ち込むヨコヅナ。


「まぁ、年齢はどうでもいいとして、裏闘に出場させるなら気を付けることだな。Cランクだからと甘く見ていると痛い目に遭うことになる」

「オラの時もそれ言ってたべ」

「俺はヨコヅナが敵選手のパターン言っているんだ」


 ケイオルクが言いたいのはヨコヅナのようにAランクで勝てる実力の選手がCランクに現れることがあるということだ。一部例外を除けば、誰でも初めはCランクスタートなのだから当然あり得ることだ。


「ヨコヅナ程の実力者は極稀だが、Bランクでトップクラスに匹敵する実力の選手なら時々現れる。そしてヨコヅナのように倒れたら攻撃を止めてくれるような選手はまずいない」

「Bランクトップだべか……」


 ヨコヅナがアルと手合わせした感じからして、Bランクで戦った『拳人』や『トンファー』と同レベルの実力者でも辛い相手だと思える。そして裏闘の試合では審判が居ないから、一方的で残虐な試合展開になった場合真っ先に止めに行けるのはセコンドだ。


「心配だからオラも一緒に行くべかな。ラビス、五日後の予定変更出来るだか?」

「…裏闘は夕方から開始なので、五日後は午後から半休に変更します。ですが毎回は無理ですよ」

「一回体験して、以降も出場るなら、後はアルの自己責任だべ」

「それが分かっているなら問題ありません」


 ヨコヅナも毎回アルの試合に付き合えないことぐらい分かっている。


「ヨコヅナは次いつ試合するんだ?」

「相手はまだ決まってないだが、次のAランク試合日にも出場るつもりだべ」

「…お前ほぼ毎回出場しているな」

「裏闘の方から試合に出場てくれと頼まれるだよ」

「普通は怪我で出場たくても出場れないのだがな」


 他の選手は勝っても怪我する事が大半だが、ヨコヅナが怪我したのはスピード戦の一回だけ、それにしたってヨコヅナは次の日から稽古をしていた。


「相手がまだ決まってないなら、うちの『蛇牙』と戦うか?」

「清髪剤の製造方法は姫さんの許可がないと賭けれないべ」

「勝つ自信があるなら問題ないだろ」

「この間も勝手なことはするなと釘を刺されたばかりなんだべ。あ、でも姫さんと面会する権利なら条件に組み込めるだよ」

「ただ面会出来る権利だけで、『不倒』と試合するのは割に合わないな。『蛇牙』もそう思うだろ」

「…条件など関係ない」


 ケイオルクに話を振られ、初めて言葉を発する『蛇牙』。


「オレは指示された相手を始末するだけだ。裏闘だろうと、この場だろうとな」


 最後の言葉と同時に『蛇牙』から殺気が放たれる。

 それに対して、


「意外と安っぽい挑発をされる方なのですね」

「ケイオルクの指示なんじゃないかい」


 ラビスもデルファもまるで動じていない。


「そんな見せかけの殺気で動じるような者はこの場には居ないだよ。仮にこの場でオラを殺せたとしても、ケイオルクには損しかないのも明白だべしな」

「そうかよ…、つまらない事して悪かったな」


 挑発はケイオルクが指示したものだが、本気でヨコヅナがノってくるとは思っていない。それに、


「お詫びに時間があるなら夕食を驕らせてくれ」

「別に詫びてもらう程の事じゃないだが…、どうだべラビス?」

「問題ありません。私とデルファさんも同行させていただく事になりますが」

「もちろん構わないさ。行くのは俺の行きつけの高級料理店だが、混血差別をするような店じゃない」

 

 ちゃんと二手三手先を考えて出した指示だ。


「……あ~、あともう一人連れってても良いだか?」

「…あの五月蠅いお前の姉貴分か?」

「いや、オリア姉はケイオルクと飯には行かないと思うだよ。連れて行くのはオラの相棒だべ」

「ほぅ、それは会ってみたいな」

「ただし、かなりの大食いだべ」

「俺を誰だと思っている。あと20人増えたところで、俺の懐に痛みはない」

「それは良かっただ」


 屋敷に居るカルレインへ使いを出すよう指示するヨコヅナ。








 食事後、代金の数字を見たケイオルクは、


「…ちょっとだけ痛いな」

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