第309話 靴屋の倅は転生者? 16


「ここにヨコヅナが居るのね」


 俺とクレアはセレンディバイト社の事務所の前に来ていた。

 お昼にちゃんこ鍋屋に寄って、今日ヨコヅナ君が事務所に居ることを確認している。

 

「思ってたより大きい建物だな」


 もっと小さい建物を想像してたんだけど、三階建てかな。地味な造りだけど壁とかは綺麗だ。

 何と言うか…ちゃんとした会社って感じだ。いや、ちゃんとしてるんだろうけど…、


「それじゃ入りましょうか」

「ちょ、ちょっと待てよクレア」

「何よ?」

「いきなり入ったら邪魔かもしれないだろ」

「入らないと邪魔かどうかも分からないでしょ。邪魔だったら次会う約束を取り付けて帰れば良いだけよ」


 それはそうなんだが、会社にお邪魔すると考えたら何か緊張してきたんだよな…。


「どうしたの?うちの会社に何か用?」


 俺達が会社の前で立止まっていた為、事務所に入ろうとする女性が話しかけてきた。

 っ!?凄い美人だ!!今まで会った女性の中で一番美人かもしれない!耳が少し尖がってる、エルフなのかな?それにしては尖がり具合がクレアに比べて小さい。逆に胸はクレアよりずっと大きい。


 うちのって言うことはセレンディバイト社の従業員なのかな。


「私達ヨコヅナに会いに来たんだけど、取り次いでもらえるかしら?」

「ヨコに…あ、ひょっとしてナインドで知り合った冒険者のお友達?」

「あ、はい。俺はアルと言います」

「私はクレアよ」

「アル君とクレアちゃんね。私はオリア、宜しくね」

「あ、はい。宜しくお願いします」


 美人過ぎてちょっと緊張する。オリアさんか…、


「さぁ入って、今ならヨコも会う時間取れると思うわ」

「オリアはエルフとの混血?ヨコヅナが知合いにいるって言ってたわ」

「ええ、曽祖父がエルフだったの」


 オリアさんはエルフとの混血なんだ。エルフの整った顔立ちと人族の女性らしいスタイル、混血というよりハイブリットって感じだな。


 事務所の中に入ると、


「オリア、オ帰リ」

「ただいまジーク」


 何か凄いゴツイ人がいた!?唯ゴツイだけじゃなく骨格が人族のそれじゃない!


「オーガ…?」


 クレアが隣で呟く。

 オーガって前世の知識だと『人食い鬼』なんだけど、この世界だと会社で働くような種族なのか?


「オリちゃんお帰りっス。…その二人は誰っすか?」


 あ、この人は用水路の掃除の時に見た。顔は人族なんだけど、腕の肘から先が爬虫類のような鱗があって爪も鋭く尖ってる。何の種族なんだろう?


「戻ったのかいオリア。ん…入社希望者でも連れて来たのかい?」


 次は目が四つある女性が現れた。一体なんだなんだこの会社!?


「っ!?……」


 四つ目の女性を見てクレアが警戒心を強めた。

 え、何!?危険な種族なのか?


「この二人はヨコの友達。ほら同期の冒険者と仲良くなったって言ってたでしょ」


 その言葉聞いて三人が「あぁ~」と納得する。ヨコヅナ君皆に俺らの事話してるんだ。


「そんな警戒しなくても取って食ったりしないから安心しな」


 この状況だと全然安心できねぇ…、あれ、前にも似たような事言われたような…、


「ヨコは社長室に居るよね、まだ時間は大丈夫でしょ?」

「少しだけはね」

「それじゃついて来て」


 オリアさんの後について行きながら、


「随分と色々な種族が働いてるのね」

「皆混血よ。ヨコから聞いてない?」

「ヨコヅナ君からは社長ってことすら聞いてなかったんです」

「そうなの…、多分面倒くさかったんでしょうね」


 なんか複雑な事情がありそうだな…。

 ちゃんこ鍋屋は怪しさの欠片も無かったけど、ここは奇々怪々って感じだ。あ、これだと差別発言か、でも俺の推測に近くなってるしな…、


「見た目ちょっと怖いかもだけど皆優しいのよ」

「…あの四つ目の女はただならない雰囲気を感じたんだけど」

「ん~、まぁ、デルファって悪者ぶろうとするからね。でも、ああ見えて子供好きなのよ」

「…それは以外ね」


 確かに意外だ。


「……ヨコヅナはカルとも一緒に居るぐらいだから、気にする必要ないのかしら」


 クレアがオリアさんに聞こえないぐらいの小声で呟く。

 四つ目女性とカルがなんか関係あるのか?



「ここよ」


 社長室に前に着きオリアさんが扉をノックする。


「ヨコ、今大丈夫?」

「…いいだよ」


 呼びかける声にヨコヅナ君の声が返って来た。

 オリアさんが先に中に入る。


「戻ってたんだべなオリア姉」

「ええ。それとヨコのお友達を連れて来たわよ」

「ちょい久ねヨコヅナ」

「仕事中悪いなヨコヅナ君」

「クレア、アル。会いに来てくれたんだべか」


 ヨコヅナ君はスーツを着ていた。社長と聞いた時は違和感あったけど、こうしてみるとそれっぽくも見える。

 あと、部屋にはラビスさんも一緒に居た。あれ…前はサングラスをしてて分からなかったけどラビスさんの眼球が黒い!?ラビスさんも混血なのかな…、

 

「ここだと椅子が無いわね。持ってくるわ」

「そんな、お構いなく」


 押しかけたのはこっちだから、迷惑かけるのは申し訳ないと思ってそう言ったのだがオリアさんは「いいの、いいの」と微笑んで椅子を取りに行ってくれた。


「……さっきオリア姉って呼んでたけど、ヨコヅナ君のお姉さんなの?」

「オリア姉は同じニーコ村出身で、血は繋がってないだがオラにとっては姉みたいなもんだべ」


 いいな~。美人でスタイルも良くて優しい、でも血は繋がってない。完璧なお姉さんキャラじゃん。

 オリアさんはすぐ椅子を持って来てくれて「この後ヨコに来客の予定あるんだけど、それまでゆっくりしてて」と言って部屋と出ていった。


 そんな気はしてたけどやっぱり次の予定があるんだな。忙しいところ本当に申し訳ない。


「ヨコヅナ、ちゃんこ鍋屋に居ないならそう言っときなさいよね」


 クレアは全然そんなこと気にしてないみたいだな…。


「はははっ、ごめんだべ。会う時はオラの方から行こうと思ってたんだべが、時間が取れなかっただよ」

「一か月も休暇を取っていたのですから当然ですよ」


 社長なのに一か月休暇をとって冒険してたんだもんな。


「冒険者活動はヨコヅナ君にとって趣味みたいなもんだっただな」

「どちらかと言えばカルの趣味だべな」


 …冒険者になった理由を聞いた時も、カルに誘われたって言ってたな。


「カルはいないの?いつもヨコヅナと一緒にいるイメージだけど」

「最近仕事中は一緒じゃないことの方が多いだよ。カルも一応従業員なんだべが、気が向いた時しか仕事しないだ」


 カルは普段の仕事でも冒険者感覚なのか?

 …それともやっぱりカルが皇女だから特別待遇なのかな。そして諜報活動の本拠地がここ…でも、これだとあからさま過ぎるよな。

 つか、なんでヨコヅナ君が社長なのかすらまだ分ってないし…もう面倒くさいから直接聞いちまうか。


「ヨコヅナ君元農民なのに、どうやって社長になったの?」

「あぁ~、色々あっただよ」


 …え、説明終了!?


「その辺の話は長くなりますので別の機会の方が宜しいかと。お二人は何か御用があってヨコヅナ様に会いに来られてたのでしょうか?」

「用はあるわ、まずはこれよ」


 クレアはそう言って机に麻袋を置く。


「借りてた入国料よ」


 クレアはヘヴィークロウを狩りまくり、十日間ほどで平民の月収の、


「多いだな…」

「倍にして返すって言ったでしょ」


 倍金額を稼いだんだよ。ほんとクレアの狩りの腕前は一流だと思う。


「本当に倍して返してくれなくて良いだよ」

「ククっ、有言実行は良い事ですね」


 社長と秘書で言ってることが違う!?どっちかで統一して欲しい。まぁ、クレアはヨコヅナ君が半分返すと言っても受け取らないだろうけど。


「代わりと言ってはなんだけど、依頼くれない?」

「依頼?」

「冒険者への指名依頼ってあるじゃない」

「…あぁ、規約書にそんなのもあっただな」


 指名依頼とは冒険者組合を通しつつも依頼主が冒険者を指名して依頼を請けらせることが出来る制度だ。依頼主側のメリットは信頼のある冒険者を雇えることであり、冒険者側のメリットは報酬に不服があれば直接交渉できる点だ。冒険者組合を通すから問題があった時はちゃんと組合のフォローもある。

 でも、指名依頼で選ばれるのは当然上級冒険者だ、せめて大きな実績がある中級冒険者。下級を指名する依頼主なんていない。


「ヨコヅナ社長なんだし依頼ぐらいだせるでしょ。カラス狩りはもう飽き飽きなのよ」

「おいクレア、ヨコヅナ君に借りを作るのは嫌なんじゃなかったのか」

「これは借りじゃないわよ。唯のギブアンドテイク」


 んん~?……依頼を請けて、達成して報酬を貰うならギブアンドテイクなのか…な?


「依頼だべか……何かあるだかラビス?」

「…強いて言えば、材料収集の為にニーコ村に行く者達の護衛ですかね。最近は魔獣・魔モノの出現率が高くなっていると聞きます、クレアさんの弓の腕はヨコヅナ様もカル様も認めているので護衛の補強に十分なり得るかと」


 え、俺は?


「ですが、頻繁には行きませんし次の材料収集は少し先になります。今すぐの依頼となりますと特にはありません」

「そうなの…、なら普段はヨコヅナの護衛とかしてあげましょうか?」

「オラに護衛なんて必要無いだよ。命を狙われたりもしないべからな」

「いずれは狙われる存在になりますので、その時は頼むかもしれませんね」


 ヨコヅナ君ってそんな大物になる予定なの!?

 あ、ちゃんこ鍋屋で聞いたあれかな?


「ヨコヅナ君は格闘大会で活躍してるって聞いたけど、それで王都でも有名人だったりするのか?」


 それぐらいで命を狙われる存在になるとは思えないけど、


「格闘大会?……あぁ、裏闘のことだべか」

「一要素としてはあってますね」


 あってるの!?


「裏闘って何なの?」

「…裏闘のことって話して大丈夫なんだべかな」

「他言無用を約束してもらえるなら」


 え、ヤバい話なの?


「誰にも話さないわ」

「裏闘というのは裏格闘試合の略で、格闘試合の勝敗で賭けをする違法賭博だべ」


 本当にヤバい話だった!?


「へぇ~、面白そうね」


 面白いか?…まぁ、漫画やアニメにもありがちなイベントだけど、


「それって私も出場できるの?」

「純血の人族しか出場できません」

「またそれ~、ほんと王都は差別ばっかりね。…でもアルなら出場れるわけね」

「え、俺が出場するのか!?でも、格闘はそんなにだからな…」

「木製の武器なら使用可能ですよ。重量制限はありますが普通の木刀なら問題なく使えます」


 格闘試合なのに武器有りなの!?


「それなら決定ね」

「おいおい、勝手に決めんなよ」

「何、ビビってんの?」

「ビ、ビビってるわけじゃねぇけど、それって違法賭博なんだろ。捕まったりしないのか?」

「捕まるならオラだって出場てないだよ」

「国は必要悪として黙認していますので、捕まる事はまずありません」


 捕まらないのか…どうしようかな…、


「勝てば試合ごとに賞金がでます」


 試合ごとに賞金がでるんだ…それならやってみようかな…。


「ですが、大怪我はもちろん、死ぬことも普通にある危険な試合です」


 だよな~、違法賭博の裏格闘試合だもんな…、


「命がけなのは冒険者だって一緒でしょ」

「…それもそうだな」


 しかも、王都だと冒険者としては稼げてないし、クレアの荷物持ちでいるわけにはいかないしな。


「いっちょやってみるか」

「まぁ、最初のCランクの選手はそこらのゴロツキと変わらないから、そんなに気負うこともないべ」

「ランクとかあるんだ。ヨコヅナ君は何ランクなんだ?」

「C→B→Aの順で上がっていくんだべが、オラはAランクだべ」


 一番上のランクか、まぁヨコヅナ君の実力なら当然だよな。逆にヨコヅナ君でもCランクだったら出場やめるよ。


 そこで、扉からノックの音が聞こえ、


「ヨコ、ブータロン商会が来たわよ」

「分かっただ。二人とも悪いだな、予定の客が来たみたいだべ」

「……今、ブータロン商会って聞こえたんだけど」

「そうだべ」


 いや、「そうだべ」ってブータロン商会ってこの国で三大商会と言われるトップ企業だろ。


「大事な商談とかじゃないのか?」

「別にそんなことはないだよ」

「相手の出方しだいではそうなる可能性もあります」


 だから、社長と秘書で意見合わせてくれよ。


「あ、ちょっと!」


 扉の向こうからオリアさんのそんな声が聞こえたかと思うと、扉が開かれ、


「……ここが社長室?えらく狭いな」


 偉そうなイケメンが入って来た。

 まぁ、狭いってのは俺も入った時から思ってたけど…、

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