第307話 ラビスは損をするのが嫌いじゃからの
「どうこれ、いいでしょ!」
場所は王女専用の応接室。
お茶会と言う名目で呼び出されたヨコヅナ、カルレイン、ハイネの三人にコフィーリアが自慢するように見せたのは、
「これは……ひょっとしてオラが狩ったヴィーヴルだべか」
頭部に大きな傷があるヴィーヴルの剥製だ。
「ええ、そうよ。冒険者組合のオークションで出品されるという情報が入ったから、私自ら競り落としに行ったわ」
ヨコヅナが討伐したヴィーヴルをオークションで買い取ったのはコフィーリアだった。バジリスクの件があった為、コフィーリアは他にも大物が討伐されたら直ぐに情報が入るように手を回していたのだ。
「まさかヴィーヴルを討伐するとは思ってなかったけどね」
「見事な一品じゃな。宝石竜と言われるヴィーヴルの輝きもじゃが、頭部の傷が死闘を物語っておる」
「でしょ!カルは見る目あるわね。剥製師は修正出来ると言ったけど、へこみだけ直させて傷は敢えて残したの。この傷があるからこそこのヴィーヴルの剥製はカッコイイのよ」
見る目があると言うならコフィーリアの方だろう。カルレインはヨコヅナから命がけのブチかまし勝負をしたと聞いていたからの発言だが、コフィーリアは何も知らずに見て、残すべき価値ある傷と判断したのだ。
「…コフィー、これはいくらしたんだ?」
「ヴィーヴルを競り落とした代金と剥製代を合わせたら…」
コフィーリアが支払った料金は、ヨコヅナが受け取った金額+冒険者組合の手数料+剥製代金。とは言え剥製代金はヴィーヴルの金額と比べたら微々たるものだ。
「これでその値段か…安いな」
「ほんと良い買い物をしたわ」
「え!?凄い大金だべ」
「ヨコヅナの感覚からすればそうだろうが、上流階級の間ではレア魔獣の剥製は人気が高いんだ。ヴィーヴルの全体剥製なら倍の値段は付くはずだ」
「倍でも済まないわよ。ここ三年ヴィーヴルは一体も討伐されてないから価値が上がってるの。上流階級のオークションに出品したら三倍の値は付くでしょうね」
ラビスはヴィーヴルの金額を見て妥当と言ったが、それは実物を見ていない為、ラビスが冒険者をしていた時の相場の素材価格を基準にした発言だ。
「…三倍だと、ニーコ村なら一生お金に困らない金額だべ」
「勿体ないことしたわねヨコ」
「オラとしては十分大金だから、勿体ないなんて思わないだよ。釣りに行ったら偶然狩れた獲物だべしな」
「ふふ、その辺も詳しく聞きたいから今日は呼んだの。…ところでラビスは来なかったのね」
「コフィーが呼んだのは私達三人だろ」
「ヨコを呼べばラビスもついて来ると思ったのよ」
「ラビスにも話しただが、今日はヤズミに仕事の引継ぎをすると言ってただよ」
「そうなの……。ちょっと残念ね、ラビスにも見せたかったのに」
ヨコヅナと違い、ラビスがヴィーヴルの剥製を見れば「なんて勿体ない…」と呻いただろう。
「まぁいいわ。さぁ座って、冒険譚を聞かせて頂戴」
お茶をしならがヨコヅナはコフィーリアに冒険譚を話した。
「ヴィーヴルを頭突き合いで倒して、その直後襲って来たガルム11匹も素手で討伐。さらにはナインドでトップと言われてる冒険者パーティー『蒼天の四星』のリーダーを手合わせで叩きのめした…ね。ふふ、ヨコじゃなかったら新人冒険者の所業とはとても信じられないわね」
「私も聞いた時は首を傾げた。なにせバジリスクの討伐も含めてそれら全て一か月足らずの出来事と言うのだからな」
「初めの10日間は畑仕事じゃったから、実質半月ほどでの出来事じゃ」
「オラは別に冒険者活動を頑張ったつもりはないんだべがな」
「ヨコは引きが強いのでしょうね」
「結構怪我もしたべがな」
引きが強いと言っても良くも悪くもだ。
「でも、話を聞いてこの間の試合に納得がいったわ。ヨコちょっとそこに立ちなさい」
コフィーリアはヨコヅナにテーブルから少し離れた位置に立つように言い、自らも対面するように立って構えをとる。
「今日は結構本気で殴るから、しっかり踏ん張りなさい」
「…まず何で殴られるのかを聞きたいんだべが?」
「色々確認よ。体調が回復してるかとか」
「それは殴って確認するようなことじゃ…」
ヨコヅナの言葉など最後まで聞かず、
「ハァッ!」
コフィーリアの拳がヨコヅナの腹に叩き込まれる。
「…ほんとに今までで一番強いだな」
痛みに顔歪めるヨコヅナ。だか、それだけだ。
「並の兵なら即病院送りの威力なのだけれどもね」
「…もう一度何を確認しようとしたか言ってくれないだか」
「魔力強化を使えるようになったのねヨコ」
ヨコヅナの嫌味を当然の様に無視し、座り直して話を進めるコフィーリア。ヨコヅナも座り直し、
「魔力強化ってカルの言う体内魔力のコントロールの事だべよな」
以前から少し気になってた事を聞く。
「うむ、『体内の魔力をコントロールして強化する』を略したのじゃろ。ただ、略してるからか語弊が生まれておるようじゃがな」
「そうね。裏闘でもそうだけど魔力強化をただの筋力強化と同様に考えてる者が多いよ。それだと足し算にしかならない、本当の魔力強化は掛け算だというのに」
「足し算じゃなく掛け算?」
「より微細な魔力のコントロールが必要にはなるけど、鍛え上げた肉体と技術に体内の魔力を掛け合わせることが魔力強化なのよ。効果は10+10と10×10ぐらい違うわ」
「足し算ならヨコは今までも無意識に使えておったが、最近はやっと掛け算も使えるようになったというところじゃな」
「オラ計算苦手だべからな」
ヨコヅナは計算が苦手だから掛け算の魔力強化ができなかった…わけではない、
「語弊があるのは略してるからだけでなく、微細な魔力のコントロールが難しいからだろう。凡人には出来ないことだからな」
単純に才能の問題なのだ。凡人ではどれだけ練習しても使えず、天才なら習わずとも使える者もいる。
「ヨコは凡人ではないけど、よくて秀才と言ったところね。本来なら急に使えるようにはならないのだけど、死闘を経験する事で使えるようになった事例が存在するのよ」
「戦場に出た兵で稀に覚醒したかのように強くなる者がいる。ヨコヅナは冒険で同様の経験をしたのだろう」
「毎日厳しい鍛錬をしているからこその覚醒でしょうけどね」
コフィーリアの言う通り、覚醒した者に共通しているのは日々弛まぬ鍛錬をしていることだ。
カルレインがヨコヅナに体内魔力のコントロールを教えた時も、身体の鍛え具合と格闘の技術を確認してから教えている。
一部天才を除くが、魔力強化は鍛えた身体でなければ怪我をするし、技が無ければ掛け合わせることは出来ないからだ。
「ヨコはデルファと喧嘩したあとから兆候があったがの」
デルファと命がけの喧嘩をした事でヨコヅナには覚醒の兆候があった。手合わせで、メガロを小指一本で持ち上げてたりヤズミを圧倒出来たのもその為だ。
「デルファ・ロードね…、ちゃんと手綱は握れてるかしら?」
「大丈夫だべ。オラの居ない間もしっかり仕事を頑張ってたとラビスから聞いてるだ」
「それはラビスからの報告書で知ってるわ。聞きたいのはヨコの主観での意見よ。あとカルのもね」
ニコニコ笑顔を止めヨコヅナは真剣な表情になる。
「オラの方から裏切らなければ問題はないべ。それにアイリィと面会出来たからか、最近明るくなっただ」
「デルファの望みは家族同然の仲間と平穏に暮らすことじゃからの。理想に近い現状を壊す真似はすまい」
「…初見で感じる印象とは大分違う人物のようね」
「子供達と一緒の時はもっとそう思うだよ」
「守る者の為に普段は気丈に振る舞っておるだけじゃ」
ヨコヅナとデルファは信条が似ている。平穏に暮らす事が望みであったり、自分の利よりも大切な者を守ることを重視するところなど。余程の事が無なければ本気で対立する事はない。
「そう…(
「特にはないだな。元からラビスが居たし、働いてる場所も違うべからな」
「混血差別は重大且つ繊細な国の問題だから何かあったら直ぐに報告しなさい。くれぐれも前回の時のような暗躍はしないように」
「オラもあんなのはもうしたくないだよ」
「何かあったら私にも言えよ。今度私だけ除け者にしたら本気で怒るからな」
元ロード会関係の話は口を出し辛く黙ってたハイネだが、次は仲間外れにするなと主張する。
「分かってるだよ。……正確には暗躍して情報を持ってたのはカルなんだべがな」
「我はヨコがやりたい事を手伝っただけじゃからの」
主導したのはヨコヅナなので功績もヨコヅナのモノだが、責められるのもヨコヅナなのだ。
「まぁ、ハイネ様に話たら即座にロード会に乗り込むんじゃないかと思って最後の最後まで話さなかったんだべがな」
「おい!それは私の事バカにしているな!」
「バカにはしてないだよ。実体験からハイネ様は詳しく話も聞かずに突撃しそうだと思っただけだべ」
「…それはバカにしてるだろ!」
「だからしてないだよ」
冗談半分に言い争いをする二人、
「ふふ、仲直りは出来たようね」
喧嘩の原因であった事件をネタに言い争えるのは仲直りした証拠と微笑むコフィーリア。冒険譚を聞きたいならヨコヅナとカルレインだけで事足りるのにハイネも呼んだのは二人の様子を確認したかったからだ。
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