第306話 靴屋の倅は転生者? 15

「美味しい!」

「美味い!」

「言ってた通りヨコヅナに勝るとも劣らない美味しさだわ」

「王都で人気なのも納得だ」


 ほんと陰謀とか何考えてたんだってぐらい美味い!

 料理がくるまで、注意深く観察してたけど、接客の店員や厨房の料理人に怪しい様子はない。

 

 強いて観察で分かった事を言えば、

 俺達の接客をしてくれた若い女性店員さん、常連っぽい客から「ワコちゃん」って呼ばれてて親しまれてる。この店の看板娘かな、可愛いし元気で明るい笑顔で接客してくれるから通いたくなるのも分かる。


 他に目を引くのはイケメンの男性店員。女性客に「オルレオン君」って呼ばれてキャッキャッ騒がれてる。それに対してクールに営業スマイルを返すだけなのが、なんかムカつく。


「アルも気づいた?あの男かなりデキるわね」


 俺がイケメンを睨んでる理由を勘違いしてそう言うクレア。

 デキるというのは戦闘のことだろう。確かに服の上からでも中々のマッチョなのはわかる。


「アルが仲良いデカいおっさんより強いんじゃないかしら」


 ザンゲフさんより強い…、そうは見えないけどな…。


「クレアは見たたけで強さ分かるのか?前にビーストマンは相手の強さを計れるって言ってたけど、エルフもそうなのか?」

「エルフじゃなく狩人としての見極めよ。と言っても、ざっくりとだけだし相手にも由るのよね。ヨコヅナみたいな普段と戦闘時で変わるタイプは分かりづらいわ」

「あぁ~…ヨコヅナ君、戦う時は別人に思えるぐらい雰囲気変わるよな」

「カルも実力を隠してるから計れないわね。まぁ、隠してる奴は大概もの凄く強いんだけど」

「カルは隠してるんだ……」


 カルに秘密があるのは間違い無さそうだけど、この店と陰謀を結びつけるのは無理そうなんだよな…、

 ただ、もう一つ気づいた事がある、ここの店員には力士体型の人はいない。相撲を使えるのはやっぱりヨコヅナ君だけなのか?

 ヨコヅナ君に聞きたいことが増えていくな。

 

「ここにヨコヅナ君居ないなら会うのに困るな」


 ちゃんこ鍋屋に来たら会えると思ってたから、住んでる場所は聞かなかったんだよな。


「そうね、店員に聞けば分かるかしら。店員さん!」

「は~い!ただいま」


 忙しいところごめんね、ワコちゃん。


「ご注文ですか?」

「注文もするけど、ヨコヅナには何処に行けば会えるか分かる?」

「それでしたら、事務所に行くのが一番会える可能性高いと思います」


 パンフの最後には事務所の住所も載ってある。


「お二人はヨコさんとはどういうご関係なんですか?」

「あ、俺たちヨコヅナ君の友達なんだよ」

「ライバルでもあるけどね」

「ライバル…?」


 ライバル発言に近くのテーブルを片付けてたイケメン店員が反応して、こちらに視線を向けてきた。そんな気になる事か?


「ひょっとして、ヨコさんがナインド町で知り合った冒険者の方ですか?」

「そうそう、ヨコヅナ君から聞いてた?」

「はい。歳の近い男女二人組で、女性の方がエルフなので、「もしかして…」と思ってたんです。ラビスさんともお会いしてますよね?」

「黒いメイド服の女よね」

「そうです。ラビスさんとも面識あるなら事務所で取り次いでもらうことは出来ると思いますよ」


 ラビスさんはヨコヅナ君の補佐って聞いてたけど、会社では社長秘書ってことなのかな。

 

「この住所に行けばヨコヅナに会えるわけね」

「事務所に居ない日もありますので確実とは言えませんが」

「…なら、ヨコヅナに会う時はこの店に寄ってからにしましょうか」


 住所を見るに店に寄ると少し遠回りになるけど無駄足になるよりはいいか。

 …でも、普通の会社の場合、従業員って社長の居場所とか知らない可能性もあるよな。


「ヨコヅナ君今日は事務所に居るの?」

「今日はどうでしょう?私はヨコさんの予定を把握していませんので」

 

 一店舗の接客店員ならそうだよな。


「師匠なら今日は試合だと聞いたぞ」


 そう言ったのはイケメン店員。…師匠?…試合?


「そうなんだ、それじゃ事務所にはいないね」

「師匠とか試合とか何のこと?」

「私も詳しくは知らないんですけど、ヨコさんは格闘大会みたいなのに出場てるらしいんですよ。オルレオン君はその試合でヨコさんに負けたのがきっかけで、スモウ稽古に参加させてもらってるんです」


 …つまり王都では異種格闘技大会みたいなのがあって、あのイケメン店員はヨコヅナ君に負けて、相撲の弟子入りをしたってことか。


「へぇ~。ヨコヅナなら優勝とか何度もしてるんじゃないの?」

「優勝とかは聞いてませんが、十何連勝とかしてて、その大会では負け無しらしいですよ」


 さすがヨコヅナ君だな。『冒険者の町』と言われるナインドでも素手で勝てる相手いないぐらいだもんな。

 でも、


「社長なのに仕事せずに格闘大会とか出場てて良いの?」

「それもヨコさんの大事な仕事らしいですよ」


 格闘大会が仕事?賞金とかでるってことかな…、聞こうと思ったらが「ワコちゃ~ん」と他の客からと呼ぶ声がかかる。

 

「は~い、ただいま。すみません、話はここまででご注文お聞きして宜しいですか?」

「あ、うん。忙しいのに引き留めてごめん。え~と、ちゃんこのお替りを」

「私もちゃんこお替り」

「承りました!」


 ワコちゃんは厨房に注文を通して直ぐに他の客へと向かう。


「ヨコヅナ君ほんと色々やってるんだな」

「社長はともかく、ヨコヅナが格闘大会で負け無しの活躍してるって聞いて納得…と言うより安心したわ」

「…安心したって何に?」

「本業が料理屋の店主と聞いた時ちょっと思ったのよ、王都ではヨコヅナの強さで一般人レベルなのかしら、と」


 そんな街怖くて歩けねぇよ。


「王都でもヨコヅナは特別みたいね。それと確実に会う方法も分かったわ」

「どうやってだ?」

「ヨコヅナは毎日早朝に稽古をしているのよ。その場所さえ分かれば会えるわ」

「なるほど、あの稽古に参加してる店員に聞けば場所も分かるだろうしな」


 丁度そこへ、


「ちゃんこ、お待たせしました」


 イケメン店員がちゃんこを運んできた。


「聞きたいんだけど、ヨコヅナ君って何処で相撲稽古してるの?」

「…プライベートの情報をお話する事は出来ません」

「あ、いや、俺達ヨコヅナ君の友達で…」

「確証がありませんので」


 冷たっ!?何だこの店員…。


「それとこれは店員としてではなく俺個人として忠告する。師匠のライバルを騙るなど、恥をかくだけだぞ」


 ……弟子としてヨコヅナ君のライバル発言が許せないってことか。


「俺達は格闘家じゃなくて冒険者の同期だからライバルだと言っただけで」

「師匠はバジリスクを討伐したと聞いた。ライバルなら同等の功績を挙げていると言うのだな」

「それは…言えないけど…」

「だろうな。「同期だから」などという軽い考えで師匠をライバルと言っているなら、今すぐ改めることだな」


 ほんとムカつくなコイツ…。

 だが、ここまで言われてるのにクレアは、


「そう。忠告は聞いておくわ」


 え、認めんの!?


「ライバル発言を取り消す気は無いけど」


 だよな!


「師匠の実力を分かっていないようだな」

「いいえ、ヨコヅナが只者じゃないことぐらい分かっているわ。だからこそ私はヨコヅナをライバル視しているの。例え命がけになろうとヨコヅナ以上の功績を挙げるわ」


 同期だからじゃなかったんだ!?


「もし、私がライバル発言を恥と感じて取り消すとしたら、何も出来ずに死んでしまう間際だけよ」

「……そこまでの覚悟があるなら言う事はないな。他にご用がありましたらお呼びください」


 最後にまた営業言葉に戻してイケメン店員は、他の客の対応に向かった。


「接客マナーのなってない店員だな」

「そうかしら、あの男がヨコヅナを慕っているから本音を言っただけでしょ。表面だけ丁寧で裏でこそこそ文句を言う人族よりずっとマシよ」


 クレアは王都に来て陰口叩かれる事多いからな、そういう考え方も出来るか。





「ふぅ~、お腹いっぱい。ヨコヅナの店だけあって食べ過ぎちゃったわ。デザートまであんなに美味しいなんて反則ね」


 クレアはローストビーフ+ライス大盛にちゃんこ二杯。だけでなくデザートで白玉団子を三杯も食べたからな。

 

「評判通り良い店だわ」

「ほんとにな」


 ただし、あのイケメン店員は除くけど。


「混んでるし長居するのは悪いから帰るか」

「そうね。店員さんお勘定お願い」

「は~い、ただいま」

 

 伝票を見ると結構な料金になってしまったが、ここの料理の味を考えれば惜しむことはない。



 勘定をすまして店を出る間際、


「どの料理も美味しかったわ」

「ほんと美味しかったよ」


 ワコちゃんに感想を言う。


「ありがとうございます」

「他の店と違ってこの店では他種族に奇異な視線を向ける従業員はいないのね」

「はい。ヨコさんの方針で「種族の違いだけで差別はしちゃ駄目だべ」と言われています。この店に種族差別をする人はいませんよ」

「差別意識が強い王都で、逆の自分の方針を店で徹底させてるなんて凄いな」

「ヨコさんは基本優しいけど、譲られない所は決して譲りませんから。従業員としては頼もしいとも思ってます」


 ヨコヅナ君は頼りにされてる社長なんだな。


「ヨコヅナは従業員から慕われてるみたいね」

「そうですね。読み書きや計算が苦手なのをネタにされたりもしてますけど」

「…それ、経営者としては致命的な欠点じゃね」

「欠点はラビスさんが補佐してますから大丈夫なんですよ」


 まぁ、あれだけ格闘が強くて料理も上手なら、大きな欠点の一つも無いと帳尻合わないか。


「それじゃ、また来るわ」

「またのお越しをお待ちしております」


 笑顔で送り出してくれるワコちゃん。可愛い!俺のメインヒロインはワコちゃんかもしれない。


「うん!必ずまた来るよ!」


 俺はちゃんこ鍋屋の常連になろうと心に決めた。

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