第303話 今までの三人の方が重症とも言えるがの。
『デスエンド』は鼻息を荒くしながら立ち上がる。息が荒いのは疲弊からではなく怒りからだ。その為かコクエン流の構えをとるヨコヅナを見ても、警戒する事もなく前に出る。
そして力任せの回し蹴りを繰り出す『デスエンド』。だが蹴りに勢いが乗る前に、ヨコヅナはコクエン流【疾動】のような動きで、素早く懐に入り込み腹部に手を添え、コクエン流【破撃】を放つ。
「ぐへっ!」
『吹き飛んだ!?『デスエンド』選手の巨体がまたも金網に叩きつけられました!』
『今のは…疾動から破撃の連続技』
『それはケンシン流で言い直すと瞬歩からの発勁ですね』
『何故言い直す?』
『コクエン流はマイナーですので』
『どちらにしろ失敗してたけどね』
ヨコヅナの【疾動(瞬歩)】は予備動作が大きく速度も足りていない。そして【破撃(発勁)】も、後ろに吹き飛ぶのは力が逃げてしまっている事を意味し技としては失敗なのだ。
『今までの試合で『不倒』がコクエン流の技を使ったことはあったのかしら?』
『Bランクの時に一度、あの時は成功していた。だが、失敗でもそれなりの威力はあっただろう』
ヘンゼンはそう解説するが、『デスエンド』は直ぐに立ち上がる。
『攻撃を喰らい続けてる『デスエンド』選手ですが、驚異的なタフネスで直ぐに立ち上がりました!』
『…薬の効果だな』
『でしょうね。ダメージがないのではなく、ダメージを認識していない』
「失敗しちまっただな…。まぁ、気にせず次を試すべ、相手はまだ元気みたいだべからな」
ヨコヅナはわざわざ金網の中央に移動してコクエン流の構えをとる。
『デスエンド』はダメージを認識してはいなくても、興奮状態は少し収まってきていた。それだけヨコヅナに対する警戒心が膨れ上がっているのだ。
『デスエンド』は慎重に前に出て牽制するような素早い突きをだすが、後に出したヨコヅナの最高速の張り手が先に『デスエンド』の顔面を弾く。
ヨコヅナは伸ばされた『デスエンド』の腕を掴み、捻る様にして無理やり自分の前に持ってくる。そして、肘関節を狙って腕を振り下ろす。
ゴキィっ!
「ぐあぁっー!!」
痛覚が麻痺しているはずの『デスエンド』が悲鳴を上げる。
『これは痛い!!『デスエンド』選手の肘が逆に曲がっています!!ヘンゼンさん今のもコクエン流の技なのですか?』
『……いや、腕を破壊するという意味では断牙と同じだが、あれは別物だ』
『断牙はケンシン流の顎ですね』
『着想は得ていると思うわ、スモウと組み合わせたアレンジ技ってところかしら』
リアの解説通り、ヨコヅナは以前ヤズミに喰らった顎から腕破壊という着想を得て、本来は首や後頭部を狙う【素首落とし】で腕をへし折ったのだ。
「次は……あれをやってみるだべかな」
ヨコヅナが追撃を仕掛ける。
腕を抑えて頭が下がっている『デスエンド』の側頭部を狙って、腰を捻って遠心力をつけた肘を叩きつける。
ぶっ倒れる『デスエンド』、だがそれを見てヨコヅナは、
「斬れないだな……」
不満そうな顔をする。
『強烈な肘打ちが決まったぁ!!今日の『不倒』選手は何かが違います!……で、あれは何をしているのでしょうか?』
『…肘打ちの素振りに見えるな』
金網の中でヨコヅナは『デスエンド』をほったらかしに、肘打ちの素振りをしていた。
『納得がいかなかったのでしょうね。…多分『スピード』戦で喰らった斬り裂く肘打ちを再現したかったのだと思うわ』
ヨコヅナの肘打ちは鈍器で殴ったかのような打撃になってしまったが、やりたかったのは刃物で切ったかのような斬撃だ。
『何故そんなことを?…と言うより、さっきからどうして技を試すような戦い方をしているのでしょうか?』
『相手が弱すぎるからでしょ。スモウを使うに値しないほど』
『…この試合ではそう見えますが、決して『デスエンド』選手を弱くはないんですけどね。『不倒』選手が強すぎるだけで』
『……それどころか『不倒』は前回の時よりもさらに強くなっているように思えるのだが』
『それは私も同感よ。少し余談になるけど……今の状況なら大丈夫そうね』
金網の中は、
『デスエンド』は、頭に重い一撃を喰らった為、立ち上がろうとはしているものの体が上手く動かない。
ヨコヅナは、「速さが足りないんだべかな」などと考えながら、肘打ちの素振りをしている。
そんな状況だ。
『ここ一か月ほど『不倒』はナインド町で冒険者活動をしていたの。そして『不倒』は魔獣と戦う時でも素手なのよ。例え相手が5m越えのバジリスクであろうとね』
『っ!では先ほど無駄話ではないと言っていたのは…』
『このジャケットの素材は『不倒』が討伐したバジリスクよ、他にも危険度の高い魔獣を何匹も討伐したらしいわ。魔獣が相手では常に食うか食われるか、真に命がけの勝負を乗り越えた『不倒』には、試合用に効率よく強くなった選手など勝負にすらならないのよ』
リアの解説に会場の観客達もどよめく。
本当は気分転換が目的の冒険者活動なのだが、強くなる為に命がけの修行をしてきたみたいな言い方をしているのは、ゲスト解説者としてリアなりの演出。
『本当ならブチかまし一発で終わるけど、それだと観客も『不倒』自身もつまらないから、色々な技を試しているってところかしらね』
ヨコヅナが観客を意識して色々な技を使っている事も見抜いていた。
会場が既にヨコヅナの勝利確定のような雰囲気の中『デスエンド』は立ち上がる。
今だヨコヅナは「当て方を工夫しないといけないべかな」とまだ素振りをしていた。
それを隙と見たのだろう、重心が定まらないながらも『デスエンド』が殴りかかる。
「ちょっと!ヨコ!?」
思わずセコンドのオリアが叫ぶが、
パスン…、
『デスエンド』の拳をまるでキャッチボールかのように軽々とヨコヅナは手の平でキャッチした。
「えっ!?」
その光景に驚きで目を見開いたのはオリアだけでなく会場のほぼ全員だ。
隙を見せていたのは誘い。ヨコヅナはちゃんと視界に『デスエンド』を収めていた。
「これは少し気が乗らないだが、…冒険者活動と同じで、やってみないと分からないことがあるかもだべからな」
ヨコヅナは少し渋い顔をしながら『デスエンド』の膝辺りを全力で蹴る。ベギィっ!!
「うあぁっ!…」
『これまた強烈な下段蹴り!『不倒』選手は足払いを使ったことありますが、蹴りは初めて見ます!』
『正直下段蹴りとしては上手いとは言えないな』
『そうね。足払いと違って練習してないのでしょ』
『練習してなくても相手の足が折れるなら一緒ですけどね』
肘の次は膝があり得ない方向に曲がってしまった『デスエンド』。
『…もう勝利者宣言して良いと思うのだけど?』
『薬によって痛覚が麻痺していても、さすがにあれでは立てないだろう』
『そうですね。第一試……あれ?』
ニュウが勝利者宣言をしようとして言葉を止める。『デスエンド』に動きがあったからだ。一瞬立ち上がろうとしているのかと思われたがそうではなかった。
立てなくなった『デスエンド』はズルッ、ズルッ、と床を這う。ヨコヅナとは逆方向の金網の出口に向かって。
つまり逃げようとしているのだ。
この状況でそれを非難できる者などいないだろう。ただ一人を除いてだが、
あともう少しで『デスエンド』の手が出口に届くところで、ガシっ…、
「どこ行くだ?まだ試合は終わってないだよ」
頭を鷲掴みにするヨコヅナ。
「他にもたくさん、試したい技があるだよ」
ギシギシと頭蓋骨の軋む音と共に『デスエンド』の巨体が片腕だけで持ち上げられる。
『デスエンド』の表情が絶望に歪み、恐怖で股間にシミが広がっていく。
そんな金網の中の状況に、
『そこまで!第一試合、相手が可哀想に思えるほど次元の違う実力を見せつけた『不倒』選手の勝利です!!』
見かねたニュウの勝利者宣言がなされた。
ヨコヅナはあっさり『デスエンド』を放す。本当はさらに痛めつけるつもりはなかったのだ。ヨコヅナなりに考えてちょっと演出してみただけだ。その演出のせいで『デスエンド』は死体のように倒れて動かないが…。
「今回はデルファの言った通り、見掛け倒しの相手で楽勝だったね」
「……言った通りではあるんだけど、私の予想はハズレてるんだよね」
見掛け倒しと言ったのは力だけの相手という意味であり、デルファが予想していたのは、ヨコヅナがジークと喧嘩した時の様な力に対して技で勝つような試合だ。
同じ楽勝でも今の試合は実況のニュウが言ったように次元が違う。
「もはや試合ですらなかったよ、ただの苛めだね」
「でも、私たちの意見を参考にしてたっぽいよね。スモウ以外の技使ってたし…」
「社長の身を案じて容赦なくって言ったんだけど、まさか相手を可哀想と思う事になるとわねェ」
デルファとオリアは試合が終わっても今だ死んだように横たわる『デスエンド』に視線を向ける。
「…あれ、死んでないよね?」
「肉体的には死んで無いよ、精神的には分からないけど」
『デスエンド』に哀れみの視線を向けているところにヨコヅナが戻って来た。
「意見を参考にして、弱い相手に今までと違う技で容赦なく戦ってみただが、どうだったべかな?」
感想を聞いてくるヨコヅナに二人は、
「「やり過ぎ」」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます