第302話 他で着ていく場所あるのかの?
「リア様、その服バジリスク製ですか?」
「ええ。良いでしょ、このジャケット」
ニュウの質問に自慢するように答えるリア。
今日もヨコヅナの試合を観戦する為に実況席に座っているリアは、バジリスクの皮で作ったジャケットを着ていた。
「繋ぎ目が全然分かりませんね」
「小さい皮を繋ぎ合わせた二流品とは違うわ。五m越えのバジリスク一匹の皮から特注で作った一級品よ。セットのスラックスもあるのだけど、さすがに暑くて履いてはこれなかったわ」
「…凄いですね~」
バジリスク製の服が凄いという意味もあるが、一国の王女が上下蛇皮の服を特注しそれを自慢したいという奇抜なセンスが凄いと思うニュウ。
「バジリスクは討伐出来ても損傷が酷いと聞きますが、よくそんな大きい皮が採れましたね」
「頭部以外はほぼ無傷で討伐されたのよ。それも武器は使わず素手でね」
「え!バジリスクを素手で?それは別の意味で凄いですね」
「……あ~、盛り上がってるところ悪いが」
女性同士で服の話をしている為、黙っていたがヘンゼンもちゃんと実況席にいる。
「そろそろ無駄話は止めないか。選手紹介の時間だぞ」
「あら、ごめんなさい」
「ヘンゼンは真面目ね。でも無駄話でもないのよ」
「…無駄話ではない?」
「フフ。また、後で話すわ」
『第一試合選手の紹介です!!。東方コーナーに立つのは全戦全勝全K.O!今だ膝を着いたことすらない!…が、社長になったプレッシャーで痩せちゃった繊細ハートを持つビックルーキー!!セレンディバイト社!社長兼代表選手『不倒』!!!』
いつもヨコヅナの選手紹介の後は声援+ツンデレ野次が飛ぶのだが、今日は笑い声と、
「あんまり気負い過ぎるなー」
「面倒くさい仕事は部下に押し付けてとけー」
「社長なんて踏ん反り返ってなんぼだぞ~」
アドバイスっぽい言葉が飛んでいた。Aランクの観客は上級階級、つまり上に立つ者ばかりなのでヨコヅナの心情が分かる者も多いのだ。
『対する西方コーナに立つは、再起不能にした対戦者の数は19!「噂のビックルーキーを記念すべき20人目にしてやるぜ」と豪語したこの男!!Aランク戦績6勝2敗!ファマシー社代表選手『デスエンド』!!!』
紹介されても『デスエンド』はパフォーマンス的な事はせず、ボーっと立ってるだけだ。
『二人とも大型選手だけに金網の中が狭く感じます!』
控室でラビスが大柄のパワータイプと言っていた通り、『デスエンド』は長身で筋骨隆々とした体格をしている。
『裏闘で計測したデータでは『不倒』選手は身長193、体重141。『デスエンド』選手は身長192、体重144と、ほぼ同等』
『…しかし『不倒』のはAランク昇格時のものだろ。体型を見るに今は体重130も無さそうだが』
『それでも一か月前よりは増えてるかしらね』
冒険者としての一か月の気分転換、それとハイネと仲直り出来た事もありで、今の食事は以前に近い量を食べているヨコヅナ。だが、さすがに直ぐには体型は戻らない。
『痩せる前でも、同等なのは数値だけで二人の身体は全然違うけどね』
『確かにな。『不倒』は異常と言えるほど足腰を鍛えている、下半身の筋肉は『デスエンド』だけでなく裏闘の全選手を見ても比類ないほどデカい』
『大きさだけではなく質もよ、それも全身の筋肉のね』
セコンドに立つオリアは『デスエンド』を見て、
「ラビスちゃんもデルファも楽勝って言ったけど強そうな選手ね…」
「あんなの見掛け倒しだよ」
「そうなの?でも19人も再起不能にしたとか実況が言っているけど…」
「その大半はCやBでの話だよ。ただ、あのヤル気の感じられなさは何だろうね…」
デルファは試合開始目前だというのにボーっと立っている『デスエンド』に訝し気な視線を向けていると。
「ははっ、はははっははは!がはははは!!」
突然『デスエンド』が笑い出し、
「やっと効いてきたぁ!!。ぶっ殺してやるぜ!!!」
雰囲気から形相まで豹変する。
「何いきなり!?」
「……そういうことかい。あれは即効性のドーピングだよ、試合直前に効果が出るように計算して薬を飲んだんだろうね」
「ドーピングって筋肉を増強させる薬でしょ。アイツの目、どう見てもイっちゃってるわよ!」
「筋肉増強だけがドーピングじゃないさ。痛覚を麻痺させたり、興奮状態にし恐怖心を無くさせることで、平常時以上のパワーを出させることもドーピングなのさ」
「痛覚麻痺に、興奮状態…、それって」
「ああ、麻薬とほぼ同じ成分で出来た薬だろうね」
売ってた事があるだけに、麻薬の効果や副作用を二人は知っている。
「裏闘でもさすがに麻薬はアウトじゃないの?」
「今までも使用してて、参加出来てるって事はOKなんだろうさ。ファマシー社は薬品会社、つまり薬物の専門家だからね」
デルファの予想通り、『デスエンド』の飲んだドーピング剤は、効果が似ていても麻薬と認定されていない。麻薬の成分は配合次第では治療薬にもなる為、国が全てを禁止する事は出来ない。ファマシー社は国から注意されないギリギリの薬を選手に飲ませているのだ。
「それじゃ、楽勝出来る相手ではなくなったって事よね…」
「いいや。社長なら楽勝だよ」
「本当に?」
「信用してくれないねェ。まぁ、見てれば分かるさ」
『遅ればせながらの『デスエンド』選手の豹変パフォーマンス!!出来れば紹介時に合わせてもらいたいところです!』
『ドーピングか…こういう事を言うと偏向実況と非難されそうだが、俺は薬の力で強くなろうとする選手は格闘家と認めたくないな」
『気持ちは分かるわ、でも効率が良いのは確かよ。『デスエンド』は普段も、筋力増強の薬を服用しながら医学に則った効率的な鍛錬を行っているのでしょうね』
リアは実況席からでも『デスエンド』の筋肉の付き方から鍛錬の方法を見抜いていた。
『ファマシー社からすれば『不倒』の鍛錬は非効率的に映るんじゃないかしら』
『では今回『不倒』初の敗北もあり得ると?』
『そうは言ってないわ。効率良く筋肉を付ける=格闘家として強くなる、ではないもの。それに……』
『それに?』
『これは今解説することではないわね。試合の準備も整ったようだし』
裏闘の運営から試合開始のOKが出される。
『では、観客の皆様も開始をお待ちかねでしょうから、リア様の解説は試合中にお聞きしましょう!』
会場中の視線が金網闘技台に集まる中、
『第一試合『不倒』VS『デスエンド』スタートです!!』
試合開始の合図である銅鑼の音が、
グオァ~ン!!
と鳴らされた。
「うおらァー!!」
開始の合図と同時にヨコヅナに殴りかかる『デスエンド』。ヨコヅナは僅かに下がってその拳をかわす。ただその威力にブオンっ!と空気が震える。
『開始早々『デスエンド』選手の拳が唸りをあげます!』
『だが、どれだけ威力があろうと、当たらなければ意味はない』
「でりゃァ…っ!?」
続けて拳を繰り出そうとする『デスエンド』に、ヨコヅナは張り手を合わせる。
『カウンター!『不倒』選手カウンターで張り手を喰らわせたぁ!』
ヨコヅナは体勢を崩した『デスエンド』に素早く組み付く。
「……(弱いだな)」
そして、吊り上げ膝で内股を跳ね上げる【やぐら投げ】で、『デスエンド』を金網にぶつける様に投げ飛ばした。
『なな何と!?『不倒』選手、同等以上に大柄な『デスエンド』選手を豪快に投げ飛ばしたぁー!!』
『豪快なだけではない、今まで見た事のない投技だ』
『私も初見だわ。スモウは奥が深いわね』
見た事のない豪快な投技に会場も盛り上がる。
ただ、セコンドの見ているデルファは渋い顔をしていた。
「どうかしたデルファ?」
「あの投技、私が喰らったやつだね」
見た事あるどころか【やぐら投げ】の威力を実体験しているからだ。
「よく無事だったね」
「全然無事じゃないよ、部屋の端から端まで投げ飛ばされて壁に激突したんだから。……でも、妙だね」
「妙って何が?」
「今の投げは失敗なはずなんだよ」
「失敗!?あんな派手に投げ飛ばしたのに?」
「派手過ぎるんだよ。投げ飛ばさず地に叩きつける方が威力は高い。私の時は指がすっぽ抜けたと言ってたけど…」
「それじゃ、さっきのもすっぽ抜けて失敗したってことかしら」
「ダメージも負ってない状態で社長がそんな失敗をするとは思えないんだけね…」
ヨコヅナは【やぐら投げ】を失敗したわけではない。投げ飛ばしたのはわざとだ。
「こんなに弱い相手なら問題ないべ」
開始時の打撃と組んで推し量れる技量から、ヨコヅナは本気で戦うに値しない相手と判断したのだ。
そして、ヨコヅナは構えを変える。
『あれはっ!?』
『コクエン流の構え!?』
『…何やら面白そうなことを考えてるみたいね』
「まだ習ってないだが、見様見真似で色々試してみるべかな」
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