第301話 一皿の量が少ないのじゃ


「今日の対戦相手は『デスエンド』。戦績は6勝2敗、今まで戦った選手で一番勝利数が多いですね」


 場所は裏格闘試合Aランク会場選手控室。

 ヨコヅナは軽く四股を踏みながらラビスの話を聞いていた。


「大柄で典型的なパワータイプ。Aランクで中の上と言った実力の選手です」

「強敵ってこと?」

「社長なら楽勝だよ」


 控室にはオリアとデルファも居る。カルレインも会場には居るが、前回同様一人会場で料理を食べている。


「デルファの見立ては今一信用できないのよね。何度も予想外れてるもの」

「賭けの勝率は100%だよ」

「それはヨコの勝率が100%だからでしょ!」

「私もヨコヅナ様なら楽勝だと思います。負けると思うなら勝負は受けません」

「あ~、ラビスちゃんはそう言うタイプよね。……でもさ、試合組むの早すぎじゃない?」


 ヨコヅナが王都に帰って来てまだ5日しか経っていない。帰る予定を早めてなければまだナインド町にいただろう。


「寧ろよく試合を組めたね」

「裏闘側から懇願されたんです。帰って来たことを伝えてもいなかったのですがね」

「怖いだべよな」


 四股を踏みながら聞いてるだけだったヨコヅナもつい呟いてしまう。


「知名度が上がってる証拠さ、人気者の宿命と思うしかないよ」

「ヨコヅナ様が出場を決めたから、今日も会場が満席になったそうですよ」

「ほんとに人気あるのねヨコ」

「……オリア姉はあの時いなかったべな」

「あの時って?」


 ヨコヅナは裏闘での人気について、ラビスやデルファと話し合った時のことをオリアに話す。


「オリア姉はどう思うだ?」

「……私は格闘の事は分からないから」

「だからこそオリア姉の意見を聞いてみたいだよ」

「どういうこと?」


 格闘技の知識がないオリアにあえて意見を聞きたいと言うヨコヅナ。


「オラが土産で買ってきた冒険者クッキー。あれはナインド名物と言われるぐらい人気なんだべが、思い付いた切っ掛けはナインドの事も冒険者の事も全然知らない絵描きの意見らしいだよ」

「…へぇ~、そうなんだ」

「クッキーは保存が聞くから冒険者にも需要はあるだが、携帯食の中で人気というわけではないだ、味も普通だべしな。でも冒険者の絵をいれるという一つの工夫だけであの商品は人気なんだべ。工夫一つと言っても完成までには沢山失敗もしたらしいだべがな」

「…社長なんでそんなに詳しいだい?」

「ヨコヅナ様は誰からその情報を得たのですか?」


 何故ヨコヅナが冒険者クッキーの事に詳しいのかは当然疑問に思う点だ。


「クッキー売ってる店のお喋り好きのおばちゃんからだべ」


 ヨコヅナが言葉巧みに情報を引き出したとかでもない。自分にはない発想だから「面白いクッキーだべな」と店のおばちゃんに話しかけたら「昔はそれはもう苦労したよ」と語りだし、あれこれ長々話を聞かされたのだ。


「因みに意見を言った絵描きは弟さんらしいだよ。本職では稼げてないと言ってただが」

「……つまり、私にそういうアイディアを出せと?」

「違うだよ。オラが言いたいの何が人気に繋がるかはやってみないと分からないって事だべ。だからオリア姉は他を気にせず自分の意見を言って欲しいだよ」


 ヨコヅナのそんな社長っぽい言葉を聞いて、


「ヨコが社長らしいこと言うと生意気」

「…その意見は酷いだな」

「ふふふ、冗談よ。私の意見ね、…なくはないけど」


 オリアも全く意見が無かったわけではない。


「これは踊り子としての考えだから…」

「言ってくれだべ。意見を聞いて参考にするかどうかはオラが決めるだ」

「そう言うなら…えとね、どれだけダンスが上手くて美しい踊り子でも、同じ系統のダンスばかりだと飽きられるのよ。だから人気な踊り子は必ず違う系統のダンスの練習も欠かさないの」

「…スモウだけだと飽きられるってことだべか?」

「試合は勝敗があるから簡単には飽きられることはないと思うけど、……ヨコはBランクの試合で違う格闘技の技を使ってたでしょ」

「…あぁ~、コクエン流の技を使ってたね」

「そのコクエン流を練習するのも有りだと思うのよね。あれは誰から習ったの?」

「ラビスだべ。ラビスはコクエン流の使い手なんだべ」

「え?ラビスちゃんって元は王宮勤めのメイドでしょ」


 オリアは知識はあってもラビス自身が戦えるとは思っていなかった。


「王女付きのメイドは全員武の心得がありますよ。寧ろ護衛も兼ねるので必須事項です」

「…格闘家ってのは私も意外だね」


 デルファはラビスが戦闘技術を有している事は見抜いていたが、正面から戦うタイプではないと考えていた。


「ラビスが使うなら暗殺術とかだと思ってたよ」


 冗談のように言うデルファだが、内心割と本気で思っていた。


「戦闘の基礎はコクエン流ですが、私は格闘家ではありません。戦闘では武器を使いますし、暗殺もやろうと思えば出来ますよ」

「ラビスは何でもできるだな」

「暗殺まで出来なくても良いと思うけどね」


 何でも出来るラビスは確かに凄いが、ツッコまずにはいられないオリア。


「話を戻しますが、ヨコヅナ様がスモウ以外の技を習得するのは良い案だと私も思います。人気の話だけでなく、今後はヨコヅナ様の戦い方を研究して対策を練る相手もいるでしょう」

「そうだね。スモウは他に使い手がいないとはいえ、今までの試合の情報を総合すればそれなりの対策は立つだろうからね」

「色々な意味で試す価値はありそうだべな」


 思い付きで言ったオリアの提案は、意外にも三人に賛同された。

 

「ですが、決して『スピード』戦の時のような油断はなさらぬように」


 ヨコヅナは『スピード』との試合でいつもと違う戦い方をして、思わぬ反撃を喰らい頭から流血させられる結果となった。


「あれは油断というより相手の実力だべ」

「ですから実力ある相手で試すような真似は止めてくださいと言っているのです」

「…う~ん」


 ヨコヅナとしては『スピード』戦を経験して、寧ろ実力ある相手だからこそ得られるものがあるという考え方をするようになっていた。

 ヴィーヴルとブチかまし勝負をしたり、ヤクトとの手合わせで難しい受け技を試したのもその影響だ。


「分かっただよ。まずは弱い相手で試してからにするだ」


 なので、少し曖昧に答えておいた。

 

「私からも意見を言って良いかい?」

「何だべ?」

「他の格闘の技を使うにしても、『不倒』のイメージは壊す技は止めときなよ」

「寝技などですか」

「オラもそういう技は使う気はないだよ」


 他の格闘技を使うにしてもヨコヅナは試合中に足の裏以外を地に着ける気は無い。


「なら良いよ。あと、弱い相手に技を試すにしても、客に手を抜いてると思われたら会場が冷めるよ。やるなら本気で容赦なくやりな」

「一番の目的は勝つ事だべからもちろん本気でやるだが……、デルファの意見も参考にさせてもらうだよ」


 コンコン!、話が纏まったところでタイミングよく控室の扉がノックされ、


「失礼します。『不倒』選手、そろそろお時間です。闘技台へお越しください」

「分かっただ」


 ヨコヅナ達は会場へと向かう。

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