第300話 とある執事の下働き 27
「ヨコさん本当に冒険に行ってたんだね」
「何で体調不良って伝えられたんだろう?」
「休暇の理由は本当に体調不良だからな」
「社長になってからの痩せ方は異常だったものね~」
いつもの食事後の飲み会。
話題は体調不良で休暇とっていたヨコヅナがこの一か月、冒険者活動をしていたことだ。
「でも何で冒険者なんだろ?」
「危険だから余計ストレス溜まりそうに思うんだけど…」
「私も疑問には思うが、実際いい気分転換になったようだから良いじゃないか」
「そうよね~、今日のヨコさん明るい笑顔に戻ってたわ~」
顔見せ兼状況確認で店じまい間際にヨコヅナが店に来た。ちゃんこ鍋屋だけでなく今日は全部所を回っていたそうだ。
「ヨコさんが買ってきてくれたお土産のクッキー面白いよね」
テーブルにはヨコヅナの土産、ナインド名物冒険者クッキーが置かれている。形は唯の丸いクッキーだが、剣士や魔法使いなど、デフォルメされた冒険者が焼印で描かれている。
「お土産は嬉しいけど、そのせいでヨコさんのサボり疑惑の信憑性が高まったね」
体調不良と聞かされていたのに冒険者活動をしてたという話が伝わった為、ヨコヅナにサボり疑惑が発生していた。
「サボりではないさ、幹部全員が認めコフィーリア王女も許可を出しているのだから」
姫様が許可していると聞いて文句を言う者もいないだろう。
「でも…サボり疑惑の発生源、ヤズッチだよね」
「む、それは違うぞエイト」
確かにヨコヅナが冒険者活動をしている話をしたのは私だが、
「私はヨコヅナ様の体調を心配する皆を、安心させる為に説明しただけだ」
「ナインドで冒険しててバジリスクを討伐したなんて聞けば~、サボり疑惑も発生しちゃうわよね~」
「事実だったのだから、私に非はない」
店じまい後のミーティングにヨコヅナもいたので、ワコが「バジリスクを討伐したって本当ですかー?」と皆の前で聞いたら「皆知ってるんだべな。本当だべ」と笑いながら答えた。
「他にも色々魔獣を討伐して、休暇中だと言うのに凄いの額を稼いだらしいぞ」
「…冒険者って初めは全然稼げないって聞いたことあるけど、実際はどうなんだろ?
」
「稼げたのはヨコさんが強いからだと思うわよ~。弱い人は稼ぐ以前に死んじゃうって話だから~」
「あと運も必要だな」
ヨコヅナは一年前まで田舎の農民だったのに、今では王都で名が広まっている会社の社長。強運の持ち主と言っても差し支えはないだろう。冒険者としての素質は高いかもな。
「でも、帰って来て早々に新しいちゃんこの研究って、さすがヨコさんだよね」
実はヨコヅナはまだ店にいるのだ。厨房でヨルダックとシィベルトと一緒に新しいちゃんこの試作中。
「この暑い時期に合わせた、限定ちゃんこ鍋だっけ」
「楽しみよね~。早く試食したいわ~」
今は飲み会をしながら試作の完成待ちでもある。
「鍋料理屋は暑い時期どうしても客の足が遠のくからな。期間限定メニューで客を呼ぶのは定番の商策だ」
「ヨコさんは商策とかじゃなくて、お客さんに美味しいと言ってもらえるちゃんこを作りたいだけだと思うけどね」
「それも大事だが、社長なら目の前だけでなく、先を見て商策を考える必要がある。そうでなければ売上はドンドン下がっていくことになるだろう」
一年目の年間売上は最良と言える結果になるだろう。だがそれは姫様やヘルシング家が好評した事と、ちゃんこ鍋が知られていない料理だったことの相乗効果によるところが大きい。ちゃんこ鍋屋が安泰と考えるのは早計だ。
「二年目が本当の勝負どころと言えるな」
「「「……」」」
三人が不思議そうな顔で私を見ていた。
「どうした?」
「いや、だってヤズッチ、自分は遠くない内に辞めることになるってよく言ってたのに、二年目の話をするのが意外で…」
私がちゃんこ鍋屋での働く期間が明確に決まった事はまだ話していない。
……どうしたものかな、別に口止めはされていないが、
「あ~…また、期間が延びてな。まだしばらくは働く事になりそうだ」
「そうなんだ!これからも宜しくねヤズッチ」
私と一緒に働けることを喜んでワコが抱き付いてくる。そう喜ばれると辞める時期が決まった事を言いづらいな。
「ああ、宜しくワコ」
今はまだ話さなくても良いだろう。
あと、私が店の経営を任されることになったのも、正式に伝達があってから話すべきかな。
ミーティング後、私はラビスに呼び出され、ヨコヅナとヨルダックの四人で姫様からの指示について話をした。
姫様からの指示と言っても元はラビスの提案でもあるからか、ヨコヅナはあっさり了承した。
正直ちゃんこ鍋屋の経営を私に任せる事には少々渋るかとも思っいたので、
「大事なちゃんこ鍋屋の経営をそんなあっさり私に任せて良いのか?」と聞いたら、
「ヤズミが姫さんの顔に泥を塗るような真似をする訳ないべからな」と逆にこちらを見透かしたようなことを言われた。
…ヨコヅナは思っていた以上に抜け目ない男かもしれない。
ヨルダックもあっさり賛成したので話は長引きはしなかった。ヨルダックは私の話よりも、早くヨコヅナと新作ちゃんこの研究をしたいと言う様子だった。まぁ、料理に関してはヨルダックに全て任せることになるから構わないがな。
ただ、最後にラビスから「後継も育ててくださいね。人選は任せます」と言われた。私の働く期限が決まったので後継は当然必要だろう。感情的には「お前が育てろ」と言い返してやりたかったが、ちゃんこ鍋屋の従業員と親しく業務遂行能力だけでなく性格も把握している私が後継を選んで育てるのは論理的と言える。
後継か……、理想を言えば住み込みで働いててヨルダックとも親しいこの三人から選ぶべきだろう。
私は土産のクッキーを手に取り、
「このクッキーどう思う?」
と、三人に質問する。
「このクッキー甘すぎないから、お酒にも合うわ~」
ビャクランは何事にも動じない性格で、本気になれば一番能力が高いと思う。が、アル中に経営を任せるのは無理だな。
「魔術師の絵が一番可愛いー」
ワコは若いので伸びしろはある。だが、ワコ自身は経営の仕事をしたいとは思わないだろう、ワコは接客の仕事が好きだし性格的にも合っている。
「…こういう遊び心はちゃんこ鍋屋にはないよね。ヨコさんなりに何か意図があるのかな?」
エイトはやはりそう考えるか。
エイトは能力が凄く高いわけではないが、仕事は丁寧でミスが少ない。
性格は真面目で優しく、従業員は皆「エイトは良い人だ」と言う。
一番評価できるのは察しが良い点だ。欠点としては体力面が少々弱い。
トップに立てるタイプではないが、ちゃんこ鍋屋の経営面を任されると言っても結局はラビスの下、つまり中間管理職だ。
エイトが一番適任だな。
「どうかしたヤズッチ?」
私が視線を向けていることに、疑問符を浮かべるエイト。
「これからも宜しくなエイト」
「あ、うん、宜しく…」
まずは欠点である体力の増強だな、何事も身体が資本だ。
「明日からエイトも一緒に鍛錬しよう」
「え、何、いきなり?」
「エイトはもっと体力をつけるべきだ。拒否権はない」
「ないの!?」
ラビスが文句を言えないぐらい、エイトを鍛えるとするか。
「何かヤズッチ目が怖いんだけど…」
「安心しろ。殺しはしない」
「微塵も安心出来ないんだけど!?」
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