第298話 負ける可能性が出てきたら特訓とかしそうじゃからの

 

 場所はヨコヅナがスモウ稽古をするいつもの訓練場。


「帰って来た次の日でも鍛錬を欠かさないとは、さすがヨコヅナだな」

「朝のスモウ稽古をしない方が調子が出ないらしいからの」


 ヨコヅナはナインド町から帰って来た次の日でもスモウ稽古を欠かすことはない。


「おはようございます。カル様ハイネ様」


 初めから居たラビスが、後から来た二人に挨拶をする。


「ハイネ様が訓練場に来るのは久しぶりですね」

「ヨコヅナの体調が回復したなら、気を使う必要はないだろう」

「今までもヨコヅナ様の体調に気を使っていたようにを見えませんでしたが……」


 ヨコヅナとハイネの手合わせを見たら誰でもそう思うだろう。


「ハイネと手合わせするかどうかはヨコが決める事じゃろ」

「……そうですね」


 カルレインの言葉にラビスは否定せず基礎鍛錬をするヨコヅナに視線を戻す。


「今日スモウの稽古に参加しているのは10人か…、前は30人ぐらいいたのにな…」

「ハイネ様との手合わせ以降、大体10人前後ですよ」

「私のせいなのか?」

「お陰とも言えますがね。真剣に稽古に取り組む者だけになりましたので。ヨコヅナ様の余計な手間も省けました」


 これは嫌味ではなく事実であり、参加者が30人を超えていた時は、稽古に真剣でない者も多く居た。


「そうなのか。…やる気ある者だけに選別出来たということなら良いか」


 結果論ではあるが良かったと言えるだろう。



 スモウの基礎鍛錬が終って休憩となり、ハイネはヨコヅナに声をかける。


「おはようヨコヅナ」

「おはようだべハイネ様」


 その様子に、


「仲直りされたのですね」


 とラビスが呟く。その呟きが聞こえていたカルレインは、


「壁は今でもあるがの。お互い穴から覗いておるだけじゃ」




「さっそく叩き直しに来ただか?」

「ヨコヅナが冒険で疲れていると言うなら、手合わせはしないさ」

「疲れてはないだよ。でも、メガロ達と手合わせした後でも良いだか?皆オラが帰ってきたと聞いて今日訓練場に集まったらしいだ」


 ヨコヅナがナインド町にいる間はスモウ稽古は行われてはいなかった。昨日リーゼックはハイネだけでなく、メガロ達にもヨコヅナが帰って来たことを伝えたから今日10人も集まっているのだ。


「そういうことなら仕方ないな。私は最後に相手しよう」

 



「そろそろ手合わせ始めるだよ。一番手は今まで通りメガロで良いだか?」

「もちろんだ」


 ヨコヅナの正面に立つメガロ。


「体調を崩していたとも聞いたが、まさか負けた時の言い訳にしないだろうな」

「…それはオラに膝を着かされてから聞いてくれだべ」


 ヨコヅナは師匠でもある父親が亡くなった以降は膝を着かされたことがないので、負けた場合言い訳がするかどうかは、自分でも分からない。


「いつでもいいだよ」


 ヨコヅナは立って構え、手の位置は顔の前まで上げている。

 メガロは手の位置が以前と違う事に気づきつつも深く考えず前に出る。そして間合いギリギリの位置で下段蹴りを繰り出す。ヨコヅナの左膝の横にヒットし、メガロは素早く下がる。


「…この一か月鍛錬をサボってなかったみたいだべなメガロ」


 メガロのキレのある動きを見てそう言うヨコヅナ。


「当然だ。弱い自分に戻りたくはないからな」

 

 メガロはバカで単純な男だが、それゆえ信じた事は疑わない。この一か月訓練場にこそ来てはいないが、朝に四股踏みやすり足などの基礎鍛錬は行っていた。


「今日は本気で倒させてもらうぞヨコヅナ」

「…その言葉何度聞いたかもう分からないだな」


 メガロは同じ箇所を狙って下段蹴りを繰り出す。

 スモウ稽古が無い間メガロはヨコヅナに勝つ為の方法も考えていた。その結果ヒットアンドアウェイで下段蹴りを脚の一箇所を狙い続けるという戦法に行きついた。


「視線でやろうとしてることがバレバレだべ」


 だが、そんな誰でも思いつく戦法で倒せるならヨコヅナは『不倒』など名乗っていない。


 ヨコヅナは前にでて下段蹴りのヒット箇所をずらし、メガロの頭頂部を狙って大振りで右腕を落とす。

 メガロは両腕をクロスして防御するが、重い一撃に膝が地に着く。


「今日の本気でもオラの勝ちだべ」

「痩せてもヨコヅナの攻撃は重いな。しかも硬い、腕がへし折れるかと思ったよ」

「手合わせでそこまではしないだよ」


 やろうと思えばメガロの腕をへし折れたことは否定しないヨコヅナ。


「下段を攻撃するの時、相手に悟られないよう視線には気をつけた方が良いだよ。オラも蹴手繰りの時気をつけてるだ」

「分かってはいるんだがな、つい足の位置を確認してしまう。ヨコヅナはどうして動いている相手の足の位置を見ずに把握できるんだ?」

「オラの場合相手の重心から足の位置を推測してるって感じだべな」

「……随分と難しそうだな」

「難しいだよ。出来るようになりたいなら、まず日常生活の動きから人の重心移動を意識する、そして少しずつ激しい動きからでも重心を見抜けるよう練習するだ。コツコツ努力を積み重ねるしか習得方法ないべ」

「日常生活をも鍛錬とするか…、なるほどな参考にさせてもらうよ」


 メガロが下がり、


「よし、じゃ次来るだよ」

「次は俺だ」


 ヨコヅナの前に出てたのはレブロット。


「…レブロット、ちょっと痩せただか?」


 出会った時よりも引き締まった感があるレブロット。


「毎日鍛錬して野菜も多く食べるようにしているんでな」


 スモウ稽古に一番熱心なレブロットは、ヨコヅナに習って食生活も改善させている。

 レブロットが手合の構えをとる。参加している中で手合の構えを練習する者は他にもいるが一番サマになっていた。 


「いつでもくるだよ」


 ヨコヅナは普通に歩くよう前に出る。

 レブロットは間合いに入ったところで、ヨコヅナの胸部に狙ってブチかまし。

 ヨコヅナは踏ん張って正面から受け止める。

 動きが止まったレブロットに【素首落とし】を喰らわせる。


「がぁ…」


 延髄にきまり体勢を崩すレブロットをヨコヅナは転がすように投げる。


「あ~…痛ぇ、クラクラする」

「手加減はしたんだべがな」

「何だ今のは?」

「素首落としという技だべ。ブチかましを受け止められたなら、直ぐ次の行動に移らないと無防備の急所へ攻撃を喰らうだよ」

「確かにな……でも、さっきのブチかましは今までで一番手応えあったんだがな」

「それはオラも思うだよ」


 ヨコヅナは足元には、


「…ちょっと、下がらされたべからな」


 僅かではあるが、後ろに伸びる足跡があった。レブロットの成長の証だ。


「次、来るだよ」


 その後も、次々と手合わせの相手をこなしていくヨコヅナ。




「メガロとレブロットが、記憶にある昔の二人と別人に思える程成長してるな。ヨコヅナは指導の才もあるのか…」

「こなれてきてはおるが、指導の才があるは言い過ぎじゃな。二人が真面目にスモウ稽古に取り組んでいるからこその成長じゃよ」

「厳しい稽古に真面目に取り組ませることも指導だろ」

「あの二人が真面目な理由は指導以外にあるのじゃ」

「…だが、ヤズミもヨコヅナの影響で強くなっていたしな」

「うむ、影響力はあるじゃろうな。稽古をするヨコの姿から積み重ねた努力が見て取れたなら、自分も努力すれば強くなれると思えるからの」

「なるほど……、軍で正式にヨコヅナのスモウ稽古を訓練に取り入れるのも有りかもしれないな」

「…軍強化の効果はあるかもしれんが」

「勝手にヨコヅナ様の仕事を増やさないでください。さらに、体調不良で痩せさせたいのですか?」

「むっ、勝手に増やしたりはしない。……まぁ、相談するのはもっと先の方が良さそうではあるな」





「お待たせだべ。ハイネ様」


 参加している10人との手合わせが終わり、ハイネの番となる。

 

「見てるだけでも中々楽しめた。さすが裏闘で人気選手の『不倒』と言ったところか」

「……姫さんから聞いたんだべか?」


 ヨコヅナはハイネに裏格闘試合で戦っている事は話したが、登録名や人気などを話した覚えはない。


「ニュウからも聞いた。……すまない、余計な話だった」


 両手に模擬剣を持ち構えるハイネ。

 

「今は手合わせに集中する時だな」

「そうだべな。いつでもいいだよ」


 対するヨコヅナは棒立ちだ。


「……(誘いか。以前に比べ今日は構えの手の位置が高かった。それに腕を振り降ろす攻撃も多かった。上段への誘導が露骨だな)」


 ハイネは当然の様に誘いの意図に気づく。ヨコヅナもそれを承知で誘いをかけている。挑発と取れるほど露骨な誘いに対してハイネの行動を予想出来ているから。


「(ヨコヅナの瞳から感じられる凄まじいまでの集中力)…面白い」


 ハイネは構えを変え、片方の剣を上段に構える。


「狙う場所が分かれば私を捕まえれるというのなら見せてもらおう」


 ヨコヅナとハイネのかもし出す緊張感に周りも静まり返る中、


 ハイネの姿が消える。そして、


 ザンっ…


「くっ!」


 ハイネの剣がヨコヅナの額に打ち込まれた。

 

「ハハハっ、まさか私の剣をつまんで止めようとするとはな」


 光速の打ち込みを喰らわせヨコヅナの背後へと駆け抜けたハイネは、ヨコヅナのやろうとした事がしっかり見えていた。


「やっぱり、ハイネ様は別格だべな」


 思惑通りに誘いに乗ってきたにも関わらずヨコヅナはハイネの斬撃を止めることは出来なかった。

 冒険者ではトップクラスの剣士であるヤクトと比べても、ハイネの斬撃は格が違うの速さなのだ。


「本当にヨコヅナとの手合わせは面白い!」

「オラは面白いとまでは言えないだべが、お陰で日々の稽古に身が入るだよ!」


 ハイネとヨコヅナは笑みを浮かべながら壮絶な手合わせを繰り広げる。

 



 二人の動きが見えているラビスとカルレインの会話。


「やはりハイネ様相手に無謀な技でしたか」

「だからこそ成功した時虚をつけるのじゃろ。惜しかったしの」

「……ヨコヅナ様の動き、冒険者になる前よりさらにキレが増していませんか?ハイネ様に苦しいながらもついて行けてますよ」

「うむ。体内魔力のコントロールが以前より格段に上達しておる」

「ヨコヅナ様は本当に今まで魔力強化を使用せず戦っていたのですか?」

「使えたり使えなかったりじゃ、下手クソだったと言うべきじゃな。命がけの戦いを乗り越えることでコツを掴めてきたのじゃろう」

「…コフィーリア王女も言っていましたね。ヨコヅナ様が強くなるのはこれからだと。ハイネ様を捕まえるのもそう先の話ではないかもしれませんね」

「どうじゃろうな。ハイネも負けず嫌いじゃからの」



 二人の動きがほとんど見えていない10人の会話。


「ハイネ様は当然として、ヨコヅナの動きもほとんど見えない!?」

「メガロ様もですか。ヨコヅナの動き、痩せたからでは説明つかない速さですね」

「ここの手合わせで強なった実感が無いのは、それ以上にヨコヅナ殿が強くなっているからだよな」

「スモウ稽古に参加するようになってから軍では強くなってる実感もあるんだけど、ヨコヅナ殿との差が埋まらない」

「忘れそうになるがヨコヅナ殿はまだ未成年で伸び盛りだからな。当然と言えば当然だ」

「目の前の出来事を同僚に話ても信じてくれないかったりするよな」

「『閃光のハイネ』と真面に手合わせ出来る素人がいる、などと言ってもな」

「見た事なければ信じろと言う方が無理がある」

「現在進行形で見ている俺らも信じ難い光景だからな」

「あの女性が『閃光のハイネ』……」

「オルレオンは初見か。正真正銘ハイネ・フォン・ヘルシング、『閃光』の二つ名を持つ将軍だ」

「……確かに、本物と比べたら俺など蠅だな」

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