第297話 料理には厳しいからの


 前書き:第296話の最後を少し変更しました。


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 ヨコヅナはアルとクレアに市場などを案内しつつ、王都冒険者組合所まで一緒に行きそこで二人とは分かれた。

 ラビスもセレンディバイト社の事務所へ寄ると言って別れた。ヨコヅナも事務所に顔を出そうかと思ったが、


「ヨコヅナ様が行くと長引いてしまうでしょうから、出社は明日の方がいいでしょう、今日は帰ってゆっくりお休みください」


 とラビスが言うので今日は帰る事にした。



「いきなり帰ったら迷惑に思われないだべかな…」

「住んでいるのに帰って迷惑に思われるわけなかろ」


 夕焼け色に染まるハイネの屋敷への帰路を歩きながら、ヨコヅナは少し浮かない顔をしていた。予定より早く帰ることになった為連絡が出来なかったことを気にしているのだ。


「…この時間だとまだハイネ様は屋敷にはいないだべかな」

「そうじゃな。…いつも通りならの」


 

 

 屋敷の前に着くと、


「お帰りなさいませ。ヨコヅナ様カルレイン様」


 守衛が迎えてくれる。だが急に帰って来たのにいつもの変わらない対応にヨコヅナは違和感を覚えた。


「さぁさぁ、お疲れでしょうから屋敷へお入りください」


 そして、何も聞かず寧ろせかすようにヨコヅナ達を屋敷に入らせようとする。


「もしかして、オラ達が帰って来るの知ってただか?」

「はい。東門のリーゼック所長の使い方が来て、ヨコヅナ様が昼頃に門と通られたと連絡がありました」

「わはは、気を回してくれたようじゃな」

「そうなんだべか……」


 

 ヨコヅナはそれを聞いて考えてしまう。

 連絡がいったのは屋敷にだけなのだろうかと、

 もし連絡がいってたとしても、軍で仕事中なのだから予定を変更して帰るなんて普通は出来ないだろう。変更出来たとしても、わざわざ出迎えの為に帰って来る必要などない。

 

 それでもヨコヅナは、開かれた扉のその先に、この屋敷の主人が出迎てくれることを期待し、


「おかえり、ヨコヅナ。無事でなによりだ」

「…ただいまだべ、ハイネ様」

 

 久しぶりに心からの笑顔で応えることが出来た。



「カルもお帰り」

「ただいまじゃ」

「二人はお腹空いているか?」

「空いてるだ。昼は軽くすまして、それから食べてないべから」

「我もペコペコじゃ」

「そうか、では荷物を置いて着替えたら、ダイニングに来てくれ」




 ダイニングのテーブルに座り食事を待つヨコヅナとカル。

 でも、何故かハイネはダイニングにいない。


「ヨコヅナ様の活躍は私もお聞きしました。なんでも冒険者になって半月も経たずバジリスクを討伐したとか」


 ハイネが居ない間を繋ぐように爺やがヨコヅナ達に話を振る。


「そうだべ。オラは手紙に書いたんだべがカルが……あれ?」

「む?考えてみればおかしいの。ヨコがバジリスクを討伐したのを誰から聞いたのじゃ」


 ラビスに言われた時は、カルレインが手紙を改竄した事に気を取られ、何故バジリスクの事を知っているのかまでは気が回らなかった二人。


「私はハイネ様からですが、ハイネ様はコフィーリア王女からお聞ききしたと言っておりました。銀髪の少女を肩に乗せた大柄な新人冒険者がバジリスクを素手で討伐したという噂があると」

「その噂王都まで伝わっておるのか」

「王都で広まっているわけではなく、コフィーリア王女はバジリスクの皮を仕入れた商人から噂を聞いたそうです」

「凄い偶然だべな」


 噂の順序を追うと、

 冒険者組合の職員→仕入れた商人→コフィーリア→ハイネ→ラビスとピンポイントで伝わりヨコヅナ達に戻ってきたのだから凄すぎる偶然と言える。


「ヨコヅナ様は対人格闘戦が得意と思っていましたので、冒険者になると聞いた時は心配しましたが、とんだ杞憂でしたな」

「スモウは対人の格闘技だべから、間違ってはいないだよ」


 スモウは紛れもない対人格闘技。ただスモウに限らず格闘技で魔獣・魔モノを討伐出来るかどうかは使い手次第だ。


「5m越えのバジリスクを単独で討伐出来る者は中級冒険者でもそうはいないでしょう。ヨコヅナ様は既に中級以上の実力があると言えますな」

「ヨコは中級冒険者じゃぞ」

「そうなのですか!?ですかこんな短期間で中級に昇級は出来ないはずですが?」

「バジリスクとは別の話だべが、上級冒険者と知合いになって推薦されたから昇級審査に通っただよ」

「なるほど…とても興味深いですが、その話はハイネ様が来てからゆっくりと聞かせて頂きます」


 気にはなるが、ハイネが居ない場でヨコヅナの冒険譚を先に聞くわけにはいかない爺や。


「…ハイネ様は何処にいるだ?」

「ほほほ、もうすぐ来られますかと」



 爺やの言葉通り、


「夕食が出来たぞ」

「ホォホォ、お待たせいたしました」


 ハイネがダイニングに現れた、料理を運ぶと婆やと一緒に。

 テーブルに置かれた料理は、


「ちゃんこだべな……ひょっとして、ハイネ様が作ったんだべか?」

「そうだ!さすがヨコヅナ、見ただけで分かるか」


 ダイニングに居なかったのだから、ハイネが作ったの言う推測は容易に立つ。ヨコヅナが見ただけで婆やが作ったモノではないと見抜いたのも確かだが。


「ハイネは以前ヨコに厨房からつまみ出された事があったの…」


 建国祭で屋台を出す事が決まった時、ハイネが手伝うと言うのでヨコヅナが料理を腕前を試したことがある。

 素人なのに、包丁捌きは速い方がカッコいいからと食材を雑切り分ける。

 素人ゆえ、適量を分かってないのにカッコいいからと調味料を適当な目分量で入れる。

 素人だからか、食材に関係なくカッコいいからと常に強火で調理する。

 ハイネは料理を作る時に素人なのだ。

 その結果多くの食材を無駄にした。

 ヨコヅナからすれば遊んでるようにしか見えず、厨房からつまみ出す理由としては十分だった。


「お嬢様はここ十日間に特訓したのですよ。今日のちゃんこ鍋はお嬢様が一人で作りました。私は口出しもせず味見をしただけです」


 婆やはちゃんこをよそって二人に渡す。


「さぁ、食べてくれ」


 ヨコヅナとカルレインはゆっくりと味わうようにちゃんこを食す。


「……」

「……」

「……どうだ?」


 中々感想を言わないので、ハイネの方から聞くと、


「普通だべな」


 ヨコヅナが正直にそう言った。


「……それは、不味いけど気を遣って、普通と言ってるのか?」

「不味くはないだよ。オラは料理の感想で嘘は言わないだ、特にちゃんこは」

「うむ。不味いか美味いかの二択で言うなら美味いぞ」

「そうだべな」

「……なんか素直に喜べない言い方だな」

「十日で料理は上手くならないだよ」

「ヨコやヨルダックのちゃんこには遠く及ばないからの」

「むぅ~…」


 ヨコヅナとカルレインの感想に不満そうな顔になるハイネ。

 

「でも、頑張って作ってくれたのは分かるだ。お替りお願いするだ」

「我もお替りじゃ」

「…ああ、ドンドン食べてくれ!」


 ハッキリ美味しいとは言ってくれなかったが、それでも二人が自分の作ったちゃんこ鍋を手を止めずに食べてくれるのを見てハイネは笑顔になる。


「じゃが、どうして急に料理の…ちゃんこを作る特訓をしたのじゃ?」


 料理を作ってくれ出迎えてたのは嬉しいが、特訓してまでと聞くとカルレインには別の理由があるように思えた。


「あ~と、そのだな…、そうすればヨコヅナの思考が少しは分かるかと思ってな」


 言い辛そうに答えるハイネ。


「オラの思考?」

「少し前ヤズミと話す機会があってな「相手の得手を知ることで思考を知る事が出来る」と言っていたから試してみたんだ」


 ハイネは真剣な顔になり、


「色々な事情を聴いて私も、ヨコヅナが犯罪者の減刑を求めた考えを否定する気は無い」


 同郷の姉貴分を助けたいという気持ちが分からないわけではない。ロード会メンバーを減刑しなければ混血差別は激化する可能性が高いことも分かっている。無関係な混血の子供達の未来を守ることは正しいとも言える。なにより国が正式に減刑を認めたのだから否定など出来ない。

 

「でも、どうしても納得は出来なくてな。ヨコヅナの思考が分かったら違うかもと思ったんだ」

「それでちゃんこ鍋を作る特訓だべか…」

「…改めて言うと的外れな行動に思えるな」


 ちゃんこ鍋とロード会の麻薬密売はまるで繋がらない。


「それで、ヨコの得意料理のちゃんこを作って何か分かったのか?」

「ヨコヅナが、料理を作ること自体好きで一番の好物のちゃんこ鍋はいつも一生懸命作っていたということを、実感出来たな」

「……そうでなければ、ちゃんこ鍋屋など開店出来ておらんじゃろ」

「そうだな、特訓などしなくても分ってることだ。そして、あの時もヨコヅナはただ姉貴分を守る為に一生懸命だった。という元々分かっていた思考を行きついた」

「それがハイネ様が納得できない理由だべか?」

「いや、私も家族を助ける為なら一生懸命になる。父上が病気になった時の様にな、あの時は感情で行動して周りに迷惑もかけた」 


 ハイネもヨコヅナと同じで感情論で動くタイプだ。だが同じ感情論タイプだからそこ、本気で揉めて直ぐに仲直り出来なかったと言える。


「私とヨコヅナの違いは、罪を犯してでも、もっと言えば国に害となる行為を行ってでも親しい相手なら助けるか否かだ。もし、捕まえる前から減刑が出来ないと分かっていたら、ヨコヅナはどうした?」

「……多分、オリア姉達が遠くへ逃げれるように協力したと思うだ」


 これはロード会が麻薬密売に関与を知った時に、実際に提案された選択肢の一つだ。


「そう言うと思った」

「もちろんバレないようにだべ」

「バレるバレないなど関係なく、犯罪者の逃亡に協力するなど私からすればあり得ない。それが例え家族を助ける為であろうとな」


 もしハイネの家族が罪を犯したとすれば、ハイネは正規の方法で減刑する為の努力はしたかもしれない。だが逃亡は罪の上乗せだ、それどころか未来もっと大罪を犯し国の害となる可能性がある。


「結局、ヨコヅナの思考が分かっても納得出来ない事が分かった」

「二人は考え方の根本が違うからの。当然じゃな」

「納得は出来ないが、スッキリはした」


 その言葉が嘘はない。そして今まで聞けずにいた質問をする。


「ヨコヅナは家を買って、屋敷を出るつもりなのか?」

「まだ何も決めてないだよ」

「ならこれまで通り屋敷に住むが良い。せめて成人するまではな」

「…オラの思考は納得出来ないんじゃないだべか?」

「だからこそさ。国の害になる事も厭わないという考えは気に入らないな」


 スッキリしたのはハイネなりの結論が出たから、


「私が叩き直してやろう」


 ヨコヅナが思考に対して、ハイネもまた正直に自分の思考をぶつければ良いだけだと。

 ヨコヅナは目を見開き、


「……ははははっ!そうだべな。それがハイネ様の思考だったべな」

 

 大笑いしてヨコヅナはあえてハイネに言う。


「でも、オラの考えは叩いても直らないかもだべ?」


 事実今までハイネと幾度となく手合わせして、ヨコヅナが直接ハイネを殴った事は無い。


「成人しても自分の考えを貫くなら仕方ない。私は何も言わないさ。ヨコヅナがこの国の害となるなら私自ら捉えてやるがな」

「はははっ、それは怖いだな」

「ハハハっ、私に追われて逃げれると思うなよ」


 冗談を混ぜて笑いながら話をするヨコヅナとハイネの間には、前と同じ様に壁は見えてなくなっていた。



「この話はここまでにしようか」


 原因が三か月も前の話をお終いにし、


「それより、ヨコヅナとカルの冒険譚を聞かせてくれ」


 新鮮な話題へと切り替えるハイネ。


「そうだべな……、でも、ちゃんこのお替りはもうないだか?他の料理でも良いんだべが…」

「フフっ、手紙に書いてあった通り食欲も回復してきているようだな」

「我もまだまだ足らぬぞ」

「分かっているさ。婆や頼む」

「ホォホォ、畏まりました」



 その後、婆やの料理を食べながら冒険の話をして、久々に笑顔の絶えない食事となった。

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